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十八歳 冬~転機門出
5. 自宅警備
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謁見が終わり、自らを取りまく状況を説明されて以降、エリサは伯爵家から出ていない。
閉じ込めるようなことになって申し訳ないと謝られるが、そもそも今回の事態がなくとも閉じこもっている。しかも家の庭が、入場料を取って公開される庭園くらいはあるのだ。閉じ込められている感覚もない。
引きこもりっぽくて認めたくないが、家は安全で快適だ。
危険があるかもしれず、友人は招いていないので、訪れるのはジョフリーとミシェルだけだ。
「ねえエリサ、うわさの魔法陣、私にも見せてよ」
「そんなに大したものではありませんよ、ミシェル様」
「そうだったら、こんな厳重な警戒になってないから」
ミシェルは騎士なので、伯爵家に敷かれた防衛体制の厳重さが分かるらしい。
監視カメラがないので、護衛が随時巡回している。人海戦術にならざるを得ない。
もったいぶる必要もないので、ミシェルの前で魔法陣を展開すると、目を輝かせてしばらく目で追った後、感心するような表情をエリサに向けた。
「たしかに子どもは喜びそうだ。それにしても、陣を書くのが本当に上手だね。私も少しは自信があったんだけどな」
そう言って、空中に照明弾の陣を書いた。
魔力があまり均一でないために、威力が抑えられてはいるが、ちゃんと成立している。小さな光を出して、陣は消えた。
「これ、ご婦人に受けがいいんだよ」
「エリサ、これが騎士の中でも一番上手い腕前だ。貴女のようにすらすらといくつも書くことはできない」
「そうだったんですね」
なるほど、ミシェルは女性を口説くために誰よりも練習したんだな。だから騎士の中ではだれよりも上手なのだろう。そういう無駄な努力をする人は、嫌いじゃない。
マリーに紙を持ってきてもらい、エリサは魔法陣を書き起こした。
「これは光って回転するだけですが、女性に受けると思いますよ」
「おお、いいの?」
「魔法省にはすでに伝えてあります。移動の部分は苦戦していたので、そこは除きました」
光って回るだけの魔法陣をお手本に書くと、エリサとミシェルの間で明滅しながら自転を始めた。これはこれで、ホログラムみたいできれいだ。
騎士は、空中に陣を書くことは許可されているので、教えても問題にならない。
「私もほしいな」
「ジョフリー様もですか? これはまったく用をなさない陣ですよ?」
「エリサ、そういうのはまずジョフリーに渡さないと」
「……最初にセシル様に渡しました」
その返事に、ミシェルが笑いだした。
「ジョフリー、相変わらずセシルに負けているぞ」
「なかなか手強くてねえ」
セシルはエリサの後見であるエポワス侯爵夫人なのだ。渡すことに問題はない、はずだ。
「ちなみに、この魔法陣を開発した本当の理由は?」
「宴会芸ですよ。きれいでしょう?」
「たしかにね」
回転を続ける陣を見ながら、ミシェルが微笑んだ。今頃きっと女性を落とすために使う算段を立てているに違いない。
「必要は発明の母」というが、欲望のほうがもっと強い。もてたい、気に入ったものを極めたいなど、欲望は人を駆り立てる。こういうところはミシェルと似ているから、気が合うのだろう。
「一つ開発したい魔法陣があるのですが、ご意見を聞かせてください」
「どんなの?」
「人が立ち入ったら、警報が鳴る魔法陣です」
アラームがあれば、巡回ももう少し減らせると思うのだ。ただ、警護についている人がそこに入っても鳴ってしまうので、それは対策する必要がある。騎士ならどういう場面なら活用できるか、具体的なイメージがありそうだ。
「そんなことができるの?」
「分かりません。これから考えます」
人感センサーがないので、どうやって人が立ち入ったと判断するか、そこから考えなければならない。けれどもし有益なら考える価値はある。エリサの安全のためにも、エリサの警護をする人のためにもなりそうだ。
「もし魔物でも反応するなら、辺境の森と城の間に、壁のように設置したい」
「兵士には、ここには立ち入り禁止と目に見えるようにしておけば、魔物や動物だけが踏み入れるか」
「なるほど。薄い見えない壁のようにして、そこを通れば警報が鳴るようにするのですね」
スパイ映画でよくある赤外線が張り巡らされているところを通るようなものか。
人はみな大なり小なり魔力を持つので、魔力鑑定の魔法陣のように、魔法陣に魔力が込められた場合に音を出すという機構は簡単に作れる。けれどその場合、魔法陣に触れるほど近づく必要がある。魔法陣を敷き詰めるわけにもいかないので、他の方法で似たようなことができないか、探してみよう。
頭の中を整理して顔をあげると、ミシェルとジョフリーが見ていた。どうやら話を無視してしまったらしい。
「考えごとに熱中してしまいました。申し訳ございません」
「そうやって新しいものを生み出すんだね」
「今あるものを、少し形を変えるだけですよ」
「その魔法陣ができれば、また騒がしくなる。発表前に教えてほしい」
「もちろんです」
これ以上のトラブルはごめんだ。できた場合は発表するかどうかも含めて、判断を任せよう。
閉じ込めるようなことになって申し訳ないと謝られるが、そもそも今回の事態がなくとも閉じこもっている。しかも家の庭が、入場料を取って公開される庭園くらいはあるのだ。閉じ込められている感覚もない。
引きこもりっぽくて認めたくないが、家は安全で快適だ。
危険があるかもしれず、友人は招いていないので、訪れるのはジョフリーとミシェルだけだ。
「ねえエリサ、うわさの魔法陣、私にも見せてよ」
「そんなに大したものではありませんよ、ミシェル様」
「そうだったら、こんな厳重な警戒になってないから」
ミシェルは騎士なので、伯爵家に敷かれた防衛体制の厳重さが分かるらしい。
監視カメラがないので、護衛が随時巡回している。人海戦術にならざるを得ない。
もったいぶる必要もないので、ミシェルの前で魔法陣を展開すると、目を輝かせてしばらく目で追った後、感心するような表情をエリサに向けた。
「たしかに子どもは喜びそうだ。それにしても、陣を書くのが本当に上手だね。私も少しは自信があったんだけどな」
そう言って、空中に照明弾の陣を書いた。
魔力があまり均一でないために、威力が抑えられてはいるが、ちゃんと成立している。小さな光を出して、陣は消えた。
「これ、ご婦人に受けがいいんだよ」
「エリサ、これが騎士の中でも一番上手い腕前だ。貴女のようにすらすらといくつも書くことはできない」
「そうだったんですね」
なるほど、ミシェルは女性を口説くために誰よりも練習したんだな。だから騎士の中ではだれよりも上手なのだろう。そういう無駄な努力をする人は、嫌いじゃない。
マリーに紙を持ってきてもらい、エリサは魔法陣を書き起こした。
「これは光って回転するだけですが、女性に受けると思いますよ」
「おお、いいの?」
「魔法省にはすでに伝えてあります。移動の部分は苦戦していたので、そこは除きました」
光って回るだけの魔法陣をお手本に書くと、エリサとミシェルの間で明滅しながら自転を始めた。これはこれで、ホログラムみたいできれいだ。
騎士は、空中に陣を書くことは許可されているので、教えても問題にならない。
「私もほしいな」
「ジョフリー様もですか? これはまったく用をなさない陣ですよ?」
「エリサ、そういうのはまずジョフリーに渡さないと」
「……最初にセシル様に渡しました」
その返事に、ミシェルが笑いだした。
「ジョフリー、相変わらずセシルに負けているぞ」
「なかなか手強くてねえ」
セシルはエリサの後見であるエポワス侯爵夫人なのだ。渡すことに問題はない、はずだ。
「ちなみに、この魔法陣を開発した本当の理由は?」
「宴会芸ですよ。きれいでしょう?」
「たしかにね」
回転を続ける陣を見ながら、ミシェルが微笑んだ。今頃きっと女性を落とすために使う算段を立てているに違いない。
「必要は発明の母」というが、欲望のほうがもっと強い。もてたい、気に入ったものを極めたいなど、欲望は人を駆り立てる。こういうところはミシェルと似ているから、気が合うのだろう。
「一つ開発したい魔法陣があるのですが、ご意見を聞かせてください」
「どんなの?」
「人が立ち入ったら、警報が鳴る魔法陣です」
アラームがあれば、巡回ももう少し減らせると思うのだ。ただ、警護についている人がそこに入っても鳴ってしまうので、それは対策する必要がある。騎士ならどういう場面なら活用できるか、具体的なイメージがありそうだ。
「そんなことができるの?」
「分かりません。これから考えます」
人感センサーがないので、どうやって人が立ち入ったと判断するか、そこから考えなければならない。けれどもし有益なら考える価値はある。エリサの安全のためにも、エリサの警護をする人のためにもなりそうだ。
「もし魔物でも反応するなら、辺境の森と城の間に、壁のように設置したい」
「兵士には、ここには立ち入り禁止と目に見えるようにしておけば、魔物や動物だけが踏み入れるか」
「なるほど。薄い見えない壁のようにして、そこを通れば警報が鳴るようにするのですね」
スパイ映画でよくある赤外線が張り巡らされているところを通るようなものか。
人はみな大なり小なり魔力を持つので、魔力鑑定の魔法陣のように、魔法陣に魔力が込められた場合に音を出すという機構は簡単に作れる。けれどその場合、魔法陣に触れるほど近づく必要がある。魔法陣を敷き詰めるわけにもいかないので、他の方法で似たようなことができないか、探してみよう。
頭の中を整理して顔をあげると、ミシェルとジョフリーが見ていた。どうやら話を無視してしまったらしい。
「考えごとに熱中してしまいました。申し訳ございません」
「そうやって新しいものを生み出すんだね」
「今あるものを、少し形を変えるだけですよ」
「その魔法陣ができれば、また騒がしくなる。発表前に教えてほしい」
「もちろんです」
これ以上のトラブルはごめんだ。できた場合は発表するかどうかも含めて、判断を任せよう。
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