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9.プール
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夏になってからも雨は続く。
咲凪が楽しそうならと思っていたが、さすがに暑いのは堪えるらしい。
再び室内で遊ぶ時期が戻ってきて、外へ連れ出すのに苦労する。
無理して連れ出すこともないかと、咲良が諦めてしまうこともよくあった。
それくらい、母子にとって夏は億劫な季節だ。
そんな中、幼稚園では楽しい季節がやってきた。
「プール見学会……ですか?」
こども園に迎えに行ったとき、聞かされた。
「はい。以前お知らせをお渡ししたはずなんですが……」
すっかり忘れていた。
確かにお知らせはもらったはずだ。
「すみません。参加の可否のお返事がない時点で、お声かけすればよかったですね」
「い、いえ。すみません……」
どうしよう。
もう来週の話だ。休めるだろうか。
「咲凪ちゃんのクラスでは、まだ水辺で遊ぶ程度ですが、咲凪ちゃんはいつも楽しそうに遊んでくれていて。よかったら、お母さんにもお見せしたかったんですけど」
「会社に相談して、可能な限り参加したいと思います」
咲良はそう返事し、娘とともに帰途に就いた。
翌日、咲凪はさっそく夏木に相談した。
「来週、有給を?」
「はい……。急なことで、本当に申し訳ございません」
「いや、普段から有給使ってないんだし、それくらいはいいと思うけど。何かあったのか?」
夏木の顔は心配そうだ。
確かに急な有給といえば、安心できる理由はそうそう思い浮かばない。
「娘の参観日がありまして」
「あぁ、そっか」
それを聞いて、夏木は安心したように笑う。
「わかった。休み、入れておくから」
「ありがとうございます」
こうして無事にプール見学会に参加できることが決まった。
こども園でプールが行われていることは知っていた。
そのために、咲凪には水色のかわいらしい水着を買ってあげた。
まさか見学会まであるとは思わなかったが。
当日を迎え、朝から咲凪をこども園に送っていく。
入道雲が立つ晴天。絶好のプール日和だ。
まだ時間が早いということで、近くのカフェで少し時間をつぶし、再びこども園に引き返した。
「あ、咲良ちゃん」
こども園の前で百合と会った。
「よかった。参加できたんだね」
「先週まで気づかなくて。先生に言われて慌てて有給取りました」
「うわぁ、悲惨。よく取れたね」
そんな話をしながら園庭のプールに向かう。
日傘を差した母親たちのグループや、夫婦そろってカメラを手にしている家族もある。
百合は旦那が仕事だからとひとりだったおかげで、咲良も浮かずに済んだ。
もちろん、他にもひとりで見にきている親たちはいるのだが。
やがて水着姿の子どもたちが入場してくる。
その中で、つつじに手を引かれて不安そうな表情の咲凪を見つけた。
親たちの集団の中をじっと見つめている。
探しているのだろうと、咲良が胸元で手を振る。
すると、咲凪の表情がほんの少しだけ緩んだ。
5歳児、4歳児クラスが綺麗な泳ぎを披露している横で、3歳児クラスは浅いプールでの宝探しゲームをした。
「じゃあ、赤いハートはどこかな~?」
先生の掛け声で、子どもたちが一斉にプールに駆けだす。
親たちがいるという非日常で張り切っている子が多い中、咲凪は圧倒されているのか動けなくなっていた。
「咲凪……」
胸の前でぎゅっと手を握り、娘の姿を見つめる。
いつもは見守るというスタンスの咲良も、こういう時は駆け寄ってあげたくなる。
「咲良ちゃん、大丈夫だよ」
隣から百合の声がした。
「咲凪ちゃんは、そんな弱い子じゃないから」
何かといつも遊んでくれるつつじの母親の言葉は、安心できる。
「なんてったって、うちの子のエネルギーに付き合える子だからね」
にかっという笑顔に、咲良もふっと微笑んだ。
もう一度プールに視線を移すと、つつじに手を引かれて輪の中に入っていく咲凪の姿を見つけた。
指名された宝物を見つけ、嬉しそうに掲げる姿。
咲良の目には、涙が浮かんでいた。
プールからの帰り道、咲凪は母の背中で眠っていた。
隣を歩く百合の背中にも、疲れて眠るつつじがいる。
「さすがにプールの後は疲れるよね」
給食まで起きていたのが奇跡だ。
給食のメニューも考えられていたのか、ハンバーグの中にいろんな形の野菜が入っていた。
それらを子どもたちは大はしゃぎで食べていた。
プールの疲れと、昼食後の満腹感で、咲凪は幸せそうに眠る。
「この後、どうする?お茶でもしていく?」
「いえ、今日は帰ります。咲凪も疲れてると思うので」
「そうだね。じゃ、お茶はまた今度」
そう言って百合と別れ、咲良はゆっくりと歩いていく。
咲凪は重い。
まだ3歳。なのに、ずっしりとした重さだ。
生まれたばかりの頃も、重いと、命はこんなにも重いものだと感じた。
しかし、今、その命は確実に成長している。
さらに重くなった命に、命の温かさに、咲良は感動する。
守っていかなければ。
誰も頼れない。
自分だけが、この子を守れるのだ。
そう思うだけで、咲良の心は励まされる。
かつての男に頼りたいという気持ちから、目を逸らすことができた。
咲凪が楽しそうならと思っていたが、さすがに暑いのは堪えるらしい。
再び室内で遊ぶ時期が戻ってきて、外へ連れ出すのに苦労する。
無理して連れ出すこともないかと、咲良が諦めてしまうこともよくあった。
それくらい、母子にとって夏は億劫な季節だ。
そんな中、幼稚園では楽しい季節がやってきた。
「プール見学会……ですか?」
こども園に迎えに行ったとき、聞かされた。
「はい。以前お知らせをお渡ししたはずなんですが……」
すっかり忘れていた。
確かにお知らせはもらったはずだ。
「すみません。参加の可否のお返事がない時点で、お声かけすればよかったですね」
「い、いえ。すみません……」
どうしよう。
もう来週の話だ。休めるだろうか。
「咲凪ちゃんのクラスでは、まだ水辺で遊ぶ程度ですが、咲凪ちゃんはいつも楽しそうに遊んでくれていて。よかったら、お母さんにもお見せしたかったんですけど」
「会社に相談して、可能な限り参加したいと思います」
咲良はそう返事し、娘とともに帰途に就いた。
翌日、咲凪はさっそく夏木に相談した。
「来週、有給を?」
「はい……。急なことで、本当に申し訳ございません」
「いや、普段から有給使ってないんだし、それくらいはいいと思うけど。何かあったのか?」
夏木の顔は心配そうだ。
確かに急な有給といえば、安心できる理由はそうそう思い浮かばない。
「娘の参観日がありまして」
「あぁ、そっか」
それを聞いて、夏木は安心したように笑う。
「わかった。休み、入れておくから」
「ありがとうございます」
こうして無事にプール見学会に参加できることが決まった。
こども園でプールが行われていることは知っていた。
そのために、咲凪には水色のかわいらしい水着を買ってあげた。
まさか見学会まであるとは思わなかったが。
当日を迎え、朝から咲凪をこども園に送っていく。
入道雲が立つ晴天。絶好のプール日和だ。
まだ時間が早いということで、近くのカフェで少し時間をつぶし、再びこども園に引き返した。
「あ、咲良ちゃん」
こども園の前で百合と会った。
「よかった。参加できたんだね」
「先週まで気づかなくて。先生に言われて慌てて有給取りました」
「うわぁ、悲惨。よく取れたね」
そんな話をしながら園庭のプールに向かう。
日傘を差した母親たちのグループや、夫婦そろってカメラを手にしている家族もある。
百合は旦那が仕事だからとひとりだったおかげで、咲良も浮かずに済んだ。
もちろん、他にもひとりで見にきている親たちはいるのだが。
やがて水着姿の子どもたちが入場してくる。
その中で、つつじに手を引かれて不安そうな表情の咲凪を見つけた。
親たちの集団の中をじっと見つめている。
探しているのだろうと、咲良が胸元で手を振る。
すると、咲凪の表情がほんの少しだけ緩んだ。
5歳児、4歳児クラスが綺麗な泳ぎを披露している横で、3歳児クラスは浅いプールでの宝探しゲームをした。
「じゃあ、赤いハートはどこかな~?」
先生の掛け声で、子どもたちが一斉にプールに駆けだす。
親たちがいるという非日常で張り切っている子が多い中、咲凪は圧倒されているのか動けなくなっていた。
「咲凪……」
胸の前でぎゅっと手を握り、娘の姿を見つめる。
いつもは見守るというスタンスの咲良も、こういう時は駆け寄ってあげたくなる。
「咲良ちゃん、大丈夫だよ」
隣から百合の声がした。
「咲凪ちゃんは、そんな弱い子じゃないから」
何かといつも遊んでくれるつつじの母親の言葉は、安心できる。
「なんてったって、うちの子のエネルギーに付き合える子だからね」
にかっという笑顔に、咲良もふっと微笑んだ。
もう一度プールに視線を移すと、つつじに手を引かれて輪の中に入っていく咲凪の姿を見つけた。
指名された宝物を見つけ、嬉しそうに掲げる姿。
咲良の目には、涙が浮かんでいた。
プールからの帰り道、咲凪は母の背中で眠っていた。
隣を歩く百合の背中にも、疲れて眠るつつじがいる。
「さすがにプールの後は疲れるよね」
給食まで起きていたのが奇跡だ。
給食のメニューも考えられていたのか、ハンバーグの中にいろんな形の野菜が入っていた。
それらを子どもたちは大はしゃぎで食べていた。
プールの疲れと、昼食後の満腹感で、咲凪は幸せそうに眠る。
「この後、どうする?お茶でもしていく?」
「いえ、今日は帰ります。咲凪も疲れてると思うので」
「そうだね。じゃ、お茶はまた今度」
そう言って百合と別れ、咲良はゆっくりと歩いていく。
咲凪は重い。
まだ3歳。なのに、ずっしりとした重さだ。
生まれたばかりの頃も、重いと、命はこんなにも重いものだと感じた。
しかし、今、その命は確実に成長している。
さらに重くなった命に、命の温かさに、咲良は感動する。
守っていかなければ。
誰も頼れない。
自分だけが、この子を守れるのだ。
そう思うだけで、咲良の心は励まされる。
かつての男に頼りたいという気持ちから、目を逸らすことができた。
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