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23.失神
しおりを挟む彼からの連絡は途絶えた。
寂しいなんて思ってはいけない。
平気でいなければ。
そう思い込ませて日常の生活を送っていた。
「咲凪、すぐご飯にするね」
仕事から帰ってすぐ、そう言って、キッチンに入っていく。
園から帰ってきたばかりの咲凪は、さっそく本棚に行き絵本を広げる。
そんな娘を見守りながら、咲良はバッグからスマートフォンを取り出し、通知を確認する。
特に気にするものがないことを確認してから机の上に置いて、キッチンに入っていった。
冷蔵庫を開けた時だった。
後ろでバイブ音がする。着信だ。
そう思って振り返り、一歩踏み出した瞬間、ぐにゃりと視界が歪む。
思わず手をついた壁によりかかるように、ゆっくりと座った。
「ままぁ?」
咲凪が異変を察して駆け寄ってくる。
「さな……すまほ……」
何だろう。気分がものすごく悪い。
歪む視界の中、咲凪がスマートフォンを取りに行く姿が見える。
それを最後に、咲良は意識を失った。
暗い闇の中を、ふわふわ、ゆらゆらとゆりかごに揺られている感覚がする。
「佐山!」
力強い腕に引き上げられるように、力強い声で咲良は意識を取り戻した。
そこには、心配そうな夏木と咲凪の姿。
「……ぇ……?」
何が起きているのか、咲良にはわからなかった。
「大丈夫か?」
「はい……」
反射的な返事に、
「よかったぁ……」
と夏木が脱力した。
「あの……わたし、なんで……?」
「俺が聞きてぇよ」
「え?」
「電話かけたら咲凪ちゃんが出るし、心配で来てみたら倒れてるし……」
確かに夏木も驚いたことだろう。
「すみません……」
咲良は謝るしかなかった。
「とりあえず、明日ちゃんと病院に行けよ」
「大丈夫ですよ、これくらい」
「大丈夫そうに見えてたら言わないからな」
それはそうだ。
病院を勧めるくらいだから、相当悪く見えているのだろう。
仕事の様子まで見ている夏木が言うのだから。
「行かないなら連れていくからな」
「……わかりました。行きます」
咲良がそう言って体を起こすと、
「まぁま」
咲凪がしがみついてくる。
「咲凪も、ごめんね。心配させちゃったね」
「……んー」
咲凪は小さな声で唸った。
「最近思い詰めてるのって」
夏木が作ったご飯でお腹を膨らませた咲凪は、咲良のそばで眠ってしまった。
咲良も夏木に作ってもらったお粥を食べ、隣で眠る咲凪を見つめる。
その横で、夏木が話し出した。
「咲凪ちゃんの父親が原因?」
咲凪の頭を撫でながら、視線を合わせることもなく聞いてくる彼に、
「違いますよ」
咲良は口早に答えた。
「あたりだ」
夏木は苦笑いを浮かべる。
「わかりやすすぎんだよ、お前は」
咲凪にするように、くしゃりと頭を撫でられた。
「俺でよかったら、相談くらい乗るぞ?」
「……大丈夫、です」
どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう。
どうしてこんなにも瞼が熱くなってくるのだろう。
どうして声が詰まるのだろう。
咲良は夏木の視線から逃げたくて、俯く。
「あんまり聞いたことはなかったけど、気にならないわけじゃないからな?」
今まで聞かなったのは、夏木の優しさだったのだろうか。
「……アメリカで出会った人なんです」
その優しさに引き出されるように、咲良はポツポツと喋り出した。
「日本人なんですけど、本当に、優しくて……いい人で……」
「うん」
夏木も静かに聞いてくれた。
その静かさが、余計に咲良の言葉を引き出す。
「でも、その人には、婚約者がいて」
「そっか」
「……わたし……どうして……っ」
婚約者がいる人を好きになってしまったのか。
今まで誰にも言えなかった想いが、一気にあふれ出す。
「いろいろ気負いすぎなんだよ、お前は」
「そう、なんですかね……」
「そうだって。婚約者の件だって、佐山のことだから、誰かから聞いたのを信じてるんじゃないか?本人に確かめたのか?」
「……まだです」
まだ。
そんな恐ろしいことを、聞けるはずがない。
そうだと、お前とは遊びだと、そう言われてしまえば、咲良はどうすればいいのだろう。
こんなにも好きになってしまったのに。
「じゃあ一度はちゃんと相談するべきだ。佐山は知らなかったんだろ?その、彼?男に婚約者がいること」
「知らなかった、で済まされますか?」
「それを決めるのは少なくとも佐山じゃない」
確かにその通りだ。
「それに、もし佐山を騙してたなら、俺はそいつを許さない」
真っ直ぐな目でそう言われて、咲良はふっと笑った。
「許さないって。どうするつもりですか?」
「んー、とりあえず2発はなぐるかな。佐山の分と、咲凪ちゃんの分」
冗談なのか本気なのかわからない言葉に、咲良は笑顔を作った。
「無理して笑うなよ」
夏木が再び咲良の頭を撫でる。
「別に笑わなくても、佐山は佐山なんだから」
その言葉が耳に届いた瞬間、咲良の頬を綺麗な雫が滑り落ちた。
夏木は優しかった。
毎日のように咲凪の迎えに付き合い、その後は咲良たちの家で夕食をともにする。
咲凪を寝かしつけて咲良と少しだけお喋りを楽しみ、帰っていく。
そんな生活を数日続けると、咲良は夏木に気を許しはじめていた。
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