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24.「たすけて」

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それは、久しぶりに咲良がひとりでお迎えに行った日のことだった。

「今日も絵本を読んでましたよ」

「ありがとうございます」

いつものように園での咲凪の様子を聞いていると、

「あら、咲良ちゃん?」

最初は、自分を呼ばれているのだとわからなかった。

『さくら』なんて名前、そこらじゅうにいる。

この園にそんな名前の子どもがいたところで、全然不思議ではない。

「佐山咲良ちゃんよね?」

その声に、咲良はハッと振り返った。

そこには、おそらく初めて見る高齢の女性。

「あら、斎藤先生、咲凪ちゃんのお母さんをご存知なんですか?」

そばにいた保育士が笑顔で聞いてくる。

「斎藤、先生……?」

その名前を聞いても、すぐには思い出せなかった。

「覚えてないわよねぇ」

彼女はコロコロと上品に笑い、

「あなたが小さい頃、担任をしていたのよ。4歳児さんのクラスだったかしら」

「4歳……」

咲良の記憶が全くない年齢の頃だ。

「覚えられていなくてすみません……」

「いいのよ。あなた、その後すぐ、園を辞めちゃったもの」

「そうなんですか?」

「ふふ……」

なぜだろう。もっと話を聞きたいと思った。

自分の知らない自分を、知りたかった。

「咲凪、もうちょっとだけ先生と待っててね」

そう言うと、斎藤先生はふっと笑って、そばの応接室に通してくれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

応接室のソファに座り、高齢の保育士と話をする。

「あなたが通っていた、松宮幼稚園のことは覚えているかしら?」

「それが、全然記憶になくて……。わたしは、そんな立派な幼稚園に通っていたんですか?」

咲良でも知っている名門の幼稚園。

施設育ちなら絶対に通えないところだろう。

自分のルーツが見える気がする。

今まで戸籍さえ確認にいかなかった咲良が、初めてルーツに興味を持った。

「えぇ。お父様がご立派な方だったもの」

「父が……?」

咲良の不自然な問いに、彼女は頷いて続けた。

「確か、ご両親が離婚される時に園を辞めることになって、あなたはお母様に引き取られたと聞いたわ。お母様はお元気かしら?」

「……わかりません」

明るい声での質問に、咲良は暗い声で答える。

「えぇ?」

「わからないんです……」

母なんて、自分にはいなかった。

父親の記憶もない。

「何かわかればいいと思って……」

「そう……。残念ながら、それ以上はわからないわね」

「そうですか……」

母のことを聞いてきた時点で、そうだろうとは思っていた。

「あぁ、でも、お父様はまだまだお元気よね」

「え、そうなんですか?」

「えぇ、たまにテレビに出ていらっしゃるもの」

「テレビ……」

そこで、彼女は初めて、父親の名前を知った。



まさか。

考えたこともなかった。

まさか自分の父親が……



「ままぁ」

ハッと現実に引き戻される。

「どうしたの?咲凪」

笑顔で尋ねると、

「ぱぱ、まら?」

咲凪は小石をコツンと蹴った。

「え?」

咲良は耳を疑った。

「あのねー、しゃあたん、ぱぱにあいちゃい」

「……そうだね」

会いたい。娘のその意見を無視するわけにもいかない。

かといって、まだ彼に連絡をする勇気もなかった。

「パパが来てくれるまで、待とうね」

「……ん」

咲凪は不満そうにうなずいた後、

「おいちゃんは?」

と聞いてくる。

「おじさん?夏木さん?」

「ん。きょー、いないの?」

「あ、そうだね。今日はお仕事なんだって」

「ふぅん……」

こちらも不満そう。

寂しいのだろう。

「明日また来てもらおうね」

咲良はそう言うしかなかった。



翌日、咲良は仕事を休んだ。

真実を確かめるために。

自分の父親は、そして母親は、今どうしているのか。

いったい誰なのか。

最初に向かったのは、市役所。

咲良が通っていたらしい幼稚園をもとに、自分が生まれた市役所を探し、戸籍を確かめにいった。

「すみません、戸籍を閲覧したいのですが」

「では、整理券をお取りになってお待ちください」

市役所は混んでいた。

しかし、そのおかげで少しだけ考える時間ができる。

その時間のおかげで、ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせられた。

「こちらが佐山咲良さんの戸籍になりますね~」

軽い口調で渡された、封筒に入る一枚の紙。

それは重かった。



市役所を出て、近くの公園のベンチに座る。

そこで、封筒に手を付けた。

ゆっくりと開き、紙を取り出す。

戸籍謄本。

ゆっくり、ゆっくり。

そして、見えてきた。

母の名前。

周防美和子。

父の名前。

周防景俊。

確かに斎藤先生から聞いた名前と一致していた。

父親は、咲良でも聞いたことのある名前。

大財閥周防家の主。

国際的にも有名な資産家。

知っているのはそれくらい。

そこでスマートフォンで検索してみる。

そこで出てきたのは、周防家が様々な企業を支えているということだった。

そんな大企業のトップが、自分の父親?

全くピンとこない。

様々な情報を詰め込まれた脳内が、悲鳴を上げる。

涙が浮かび、呼吸が荒くなる。

はぁー、はぁー、と長く息を吐きながら、それでもパニックは収まらない。

咲良は何も考えることなく、持っていたスマートフォンを耳にあてた。

「たすけて……っ」

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