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1.お見合い話は突然に

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「ねぇ。ふゆちゃんって覚えてる?」

 蒸し暑い梅雨終盤の金曜日。

 騒がしい地元の居酒屋で飲んでいた私、やす千春ちはるに、唐突に尋ねたのは20年付き合いのある親友、安田やすだ夏帆かほ
 アンニュイなベリーショートの髪色はアッシュグレイ。耳には大きめのゴールドリングピアス。着ているダボっとした白いTシャツはカラフルなペンキで落書きしたような模様。ボトムは彼女のお気に入り、ブラックのダメージジーンズ。
 その格好を裏切らず、彼女はサマになる仕草で電子タバコを吸った。

 私は夏帆の質問に飲みかけのビールジョッキを持ったまま考える。

「って、誰?」
「やっぱ覚えてないか」
「やっぱってなんでよ?」

 ジョッキに残る温いビールを飲み干すとそれをテーブルに置く。それを見ていた店員さんに「もう一杯お持ちしましょうか?」と尋ねられ、私は素直に頷きジョッキを差し出した。

「相変わらずの酒豪っぷりだねぇ。向こうのテーブルの兄ちゃんたち目をまんまるにしてる」
「ほっといてよ」

 夏帆が口を窄めて笑うと隙間から紫煙が漏れ出ていた。
 たしかにしかたないとは思う。自分も夏帆みたいな格好なら思われなかったと思うが、今は仕事帰り。
 ネイビーの半袖ボウタイブラウスにベージュのタイトスカート。役員秘書という仕事柄、清楚な感じの服装を選んでいる。肩甲骨あたりまで伸びた髪は黒。それを今は淡いピンク色のシュシュで束ねていた。
 そんな格好なのに、頼んだ生ビールの中ジョッキはいまので4杯目だった。


「で、誰だっけ。ふゆちゃん?」
「そう。小学生の頃一緒だったじゃん。途中で転校したけど」

 夏帆と友だちになったのは小学1年生のとき。入学したての机の並び。安、と安田で前後になった私たちは、名前に季節が入っていることもあり仲良くなった。
 その、もうも前を思い起こしてみるけど、なんとなーく、そんな子がいたなぁ、くらいしか思い出せない。

「ごめん。思い出せないや。で、その子がどうかした?」

 またやってきたジョッキを持ち冷えたビールを流し込み尋ねる。

「ん~? ちょっと思い出しただけ。それよりさ……」

 夏帆はタバコの吸殻を灰皿に放り込むと身を乗り出した。

「今日呼んだのは、ちょっと頼みたいことがあって」

 呼んだもなにも、私たちは2週間に一回くらいの割合で会っている。今日も普段通りのストレス発散のつもりだった。

「な、なに? ちょっと怖いんだけど?」

 引き気味に答えると夏帆は頬杖をついてニッコリ笑う。

「怖くないって。ほら、ちょっといいホテルでお食事なんてどうかな? って」
「夏帆の奢り?」

 夏帆は残っていたカルピスサワーをグビッと飲み干すと、ずいっとこちらに顔を寄せる。

「私より凄い人が奢ってくれるから!」

 私より凄い人……? こう見えて社長令嬢の夏帆より凄い人なんて、心当たりはない。
 その夏帆は笑顔で言った。

「その代わりにお見合い行ってくんない?」
 


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