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第一章 おかえりなさい、旦那様

6 いつかの告白

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『貴明さんは、どうして軍人さんになられたんです?』

 十五の娘になったみゆきは、入隊一年目の貴明に聞いたものだ。

 貴明が極道に向いていないのは、よくわかる。
 彼は正直で、穏やかで、賢くて、落ち着いていて、どこか生きるのが下手だった。
 窓辺でひとり静かに本を読んでいるのが、何より似合いの人だった。

 ――学校に行くならわかる。でも、軍隊だなんて。

 貴明に人など傷つけられるのだろうか。
 不安な気持ちで見上げるみゆきに、貴明は静かに返した。

『カタギの世界であなたを守るには、これが一番近道だったから』

『え? 私を……?』

 とくん、と心臓が軽く跳ね上がった。

 春だった。
 桜吹雪の舞い散る中で、貴明は長いまつげの下からじっとみゆきを見つめていた。
 生来の繊細さを無骨な軍服の中に封じこめ、それでも所作の端々から優しさのにじむ青年になっていた。

『いつか、俺と結婚してくれるかい』

『…………!』

 世界が止まった。
 桜の花びらは宙に留め置かれ、風は止み、音は消えた。
 ……そんなような、気がした。

 みゆきには貴明しか見えなくなった。
 この世に貴明しかいないように思えた。

『はい――私で、よいのでしたら……貴明さんのお嫁さんになります』

 自分の唇は、迷い無く言葉を吐いた。

 いつからだろう。最初からかもしれない。
 貴明と初めて会ったあの日から、みゆきは貴明と生きたかった。
 この美しいひとが壊れないよう、盾にも、杖にもなりたかった。

 青年になった貴明は細身とはいえ軍で鍛えられ、次々に功績を挙げてもいた。
 とうに、みゆきが助けなければいけないひとではなくなっていたのだと思う。

 それでも、みゆきの中の貴明は、あの日の木の下でうずくまっていた少年なのだ。
 凜とした涼気の中で、触れたら砕けてしまいそうな孤独の中にいたひとなのだ。

 貴明と一緒になる。
 一緒に生きる。
 みゆきがそう決めた、三年後。

 貴明二十四歳。みゆき、十八歳。
 唐突な貴明の帰宅から日を置かず、組長は二人の祝言を執り行うと決めた。

 貴明が以前と同じ貴明なのか。
 そんなことを疑う者は、誰もいない。
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