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第三章 恋文と怪文書

24 告白の決意

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 白髪の人物は相変わらず、唇に奇っ怪な笑みを浮かべていた。
 まるで三日月のような笑み。
 見ていると目がちかちかしてきて、真っ当にものが考えられなくなりそうだ。

 貴明が、戦場で何をしたのか。どうしてあんな冷たい目になったのか。
 知りたくないと言ったら、嘘。

(知りたい。貴明さんのことは、全部知りたい)

「知りたいのなら、わたしと、――をしましょう」

「何……?」

 肝心のところがよく聞こえず、みゆきは聞き返す。
 強い風が吹いて、神社のケヤキが煽られる。
 ぱらぱらと木の枝が打ち合う音がした。

 ますます音が聞きづらくて、みゆきは耳を澄ます。
 一歩、二歩、前に出る。
 白い人物が、手を伸ばしてくる。

 みゆきの額に向かって、真っ白な手が伸びる。
 みゆきは身を固くして、自分の胸元をぎゅっと握る。

「…………?」

 ふと、何かに気付いたように、白い人物の指が止まった。
 そして、みゆきの背後から、鋭い声が響く。

「みゆき!!」

「! たかあき、さん……!」

 振り返るよりも前に、貴明に強く腕を引かれる。
 貴明はみゆきを引き寄せて胸に抱くと、同時に軍刀を引き抜いた。
 青黒い刀身が、ひゅ、と、空気を裂く。

(…………!)

 みゆきは目を見張った。
 目の前にいた白髪の人物が、斬られた?
 いや――違う、消えた。目の前にも、左右にも、見渡す限り、白髪の人物の姿はない。
 あるのは、軍刀を構えた貴明の姿のみ。

(……あ)

 軍刀の柄に縛り付けられたお守りが、揺れているのが見える。

(貴明さんが出征されるときに渡した、私のお守り)

 取っておいてくれたんだ、と思うと、こんなときでも心がゆるむ。
 貴明は小さく息を吐くと、軍刀を鞘に納めた。

「みゆき。無事でよかった」

 染み入るような声で囁き、貴明が両腕でみゆきを抱きしめてくれる。

「貴明さん……ありがとうございます、来て下さって」

 みゆきも貴明を抱き返すが、その手はかすかに震えてしまった。
 貴明はそれに気付いたのだろう。
 すぐにみゆきを押し離し、じっと顔を見つめてくる。
 みゆきは逃げてしまいそうな視線をどうにか捕まえ、きゅっと唇を噛んで貴明を見上げた。

「――さっきの人物から、何か聞いたのだね?」

 問い詰めるようではなく、ただ静かに貴明が聞く。
 みゆきは何度か口を開き、何も言えずに閉じ、最後になんとか言葉にした。

「……はい。以前、同じ方から、手紙も、もらっております。私……貴明さんに、言えなくてっ……」

 そこまで言ったところで、貴明に強く抱きしめられる。
 いささか体が痛むほどの力だった。
 どこか悲痛なほどの、力だった。

「たか……」

 うめくように囁き、みゆきは貴明の背にしがみつく。

 溺れているような気分だった。
 呼吸がうまく出来ずに、自分がいまどこでどうしているのか、はっきりとはわからない。
 ひょっとしたら貴明も、同じような気持ちなのではないかと思った。

 貴明は、みゆきの耳元に告げる。

「すべて話す。すまなかった、みゆき。帰ってくるのが、遅すぎて」
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