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第六章 死神を斬る
51 父の使い
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「うー…………」
低いうめき声をあげて、みゆきは寝返りを打つ。
体が酷くだるい。空気の匂いからして、もう朝よりも昼に近い気がする。
(なんだろう……寝過ぎて、だるいのかも)
そこまで思ってから、みゆきははっとして目を見開いた。
「!? ね、寝坊!?」
掛け布団をはねのけて体を起こし、立ち上がろうとして思いっきり転んでしまった。
「い、いたたたた……え、ええー……足腰、がたがた……どうして……?」
板の間に這いつつ、みゆきは少々涙目になる。
疲労が残っているのはもちろんだが、足腰に妙に力が入らない。まるで長時間、無理な姿勢を取らされていたように関節は痛むし、何より、下腹部がぼんやりとうずく……。
(これは、ひょっとして)
きちんと着せられた浴衣の上から腹を押さえ、みゆきはおそるおそる顔を上げた。
目の前には、鏡がある。
薄明るくなった屋根裏に、きちんと立てかけられた姿見。
昨晩は、みゆきと貴明のみだらな姿を余さず映し出していた、姿見――。
(夢じゃ、なかった)
そう思った途端に夜の全てがどっと蘇ってきて、みゆきは青くなっていいのか、赤くなっていいのかわからなくなる。
そうだった。
昨日、自分の勝手な行動が貴明にすべてばれてしまって、罰を受けたのだ。
何度も何度も、比喩ではなく気絶するまで責められて、その後もまったく許してもらえず、最後あたりは完全に記憶がない。
(でも、それにしては……)
改めて自分を見下ろすが、着衣はまったく乱れていない。
浴衣はきちんと帯が結ばれているし、布団も目立つ汚れはないようだ。
貴明の姿は、屋根裏にはない。
代わりと言ってはなんだが、枕元に紙片があった。
みゆきは大急ぎで紙片を取り、折り目を開く。
ちょうどそのとき。
玄関が、どんどんどん! と叩かれた。
同時にいらだった若者の声が響く。
「おーい、貴! お嬢! ほんとにいねえのか!? マジで出てこねえようなら、ちょいと鍵壊すけど!?」
(六朗だ! そうか、私、この玄関を叩く音で起きたのかも)
「ま、待って、六朗!」
みゆきは急ぎ、屋根裏から玄関に向かって叫ぶ。
「おっ、お嬢! 出てこられます?」
六朗の声が丸くなったのを感じ、みゆきはおそるおそる屋根裏から抜け出した。
足も腰も他人のものになったみたいで、階段を降りるにも普段の三倍は時間がかかる。
よろよろと羽織を着込んで玄関を開けると、まばゆい三月の光が入ってきた。
「六朗……」
真昼近くの光を背に、六朗のくせっ毛が光って見える。
六朗はみゆきの姿をざっと見渡すと、少々不安げに言った。
「お嬢、寝起きです? なんかちょっとやつれてますけど……貴の奴、絞めときます?」
「六朗……今、何日?」
開口一番、そんなことを聞いてしまう。
普通に考えれば、実家に行った日の翌日が今日のはずだ。
だが、それにしてはあまりにも夜が長すぎたような気もする。
貴明にあやされるようにして、口に食べ物を突っこまれたような気もするし、一日余計に経っていても不思議ではない感覚がある。
六朗は面食らった様子だったが、すぐに指折り数えて答えてくれた。
「さ、三月の、十四日ですけど……お嬢、ほんとに大丈夫?」
心配してくれる彼の心が、虐められ尽くした体にじわじわと沁みてくる。
が、それ以上に、みゆきはその日付に驚愕していた。
「嘘……貴明さんに閉じこめられたのは、十一日だったのに……貴明さんに残された時間、あと四日しかないの……?」
「閉じこめられたって!? ちょっと、やっぱ貴出してくれねえかな!!」
六朗の目つきがきゅっと剣呑になったのを見て、みゆきは慌てて懐から紙片を取り出す。
さきほど、枕元にあった紙片だ。
「貴明さんは、いない! 刀もない。残っていたのは、これだけ」
開いて見せると、そこには神経質な美筆で、一行。
『死神を斬る』とだけ、あった。
六朗は目を丸くしてそれを見つめたのち、鋭い舌打ちをする。
「あの、クソ野郎が……」
六朗の殺気が本物になりつつあるのは感じたが、みゆきは正直それどころではない。
貴明はひとり、この場所を去ってしまった。
みゆきが死神と交渉しようとしているのを知り、それを阻止するために自分ひとりで死神に引導を渡しに行った。
今まで追い払うことはできたとしても、斬ることはできなかった死神を、今度こそ、斬る気だ。
(貴明さんのことだ、きっと、刺し違えてもいいと思っている。私を守ろうとしてるんだ)
考えれば考えるほど、焦る。
貴明が出て行ったのは、いつだろう?
今は、どこにいるのだろう?
自分には、何ができるだろう?
みゆきは淫靡な夜以前の記憶を、ひとつひとつ取り戻す。
(私は、死神と交渉しようとして、お父さまのところに行って。神社から御利益のある守り刀を取り寄せるから、それまで待てと言われたんだった)
だとしたら、今日六朗がこの家に来た理由もわかる。
組長は、守り刀を六朗に届けさせる、と言っていたのだ。
「六朗、お父様から刀を預かっていない?」
みゆきが勢いこんで聞くと、六朗の殺気が少々収まる。
彼はみゆきに向き直ると、両肩に手を置いて声を優しくした。
「……お嬢。落ち着いて聞いてください」
低いうめき声をあげて、みゆきは寝返りを打つ。
体が酷くだるい。空気の匂いからして、もう朝よりも昼に近い気がする。
(なんだろう……寝過ぎて、だるいのかも)
そこまで思ってから、みゆきははっとして目を見開いた。
「!? ね、寝坊!?」
掛け布団をはねのけて体を起こし、立ち上がろうとして思いっきり転んでしまった。
「い、いたたたた……え、ええー……足腰、がたがた……どうして……?」
板の間に這いつつ、みゆきは少々涙目になる。
疲労が残っているのはもちろんだが、足腰に妙に力が入らない。まるで長時間、無理な姿勢を取らされていたように関節は痛むし、何より、下腹部がぼんやりとうずく……。
(これは、ひょっとして)
きちんと着せられた浴衣の上から腹を押さえ、みゆきはおそるおそる顔を上げた。
目の前には、鏡がある。
薄明るくなった屋根裏に、きちんと立てかけられた姿見。
昨晩は、みゆきと貴明のみだらな姿を余さず映し出していた、姿見――。
(夢じゃ、なかった)
そう思った途端に夜の全てがどっと蘇ってきて、みゆきは青くなっていいのか、赤くなっていいのかわからなくなる。
そうだった。
昨日、自分の勝手な行動が貴明にすべてばれてしまって、罰を受けたのだ。
何度も何度も、比喩ではなく気絶するまで責められて、その後もまったく許してもらえず、最後あたりは完全に記憶がない。
(でも、それにしては……)
改めて自分を見下ろすが、着衣はまったく乱れていない。
浴衣はきちんと帯が結ばれているし、布団も目立つ汚れはないようだ。
貴明の姿は、屋根裏にはない。
代わりと言ってはなんだが、枕元に紙片があった。
みゆきは大急ぎで紙片を取り、折り目を開く。
ちょうどそのとき。
玄関が、どんどんどん! と叩かれた。
同時にいらだった若者の声が響く。
「おーい、貴! お嬢! ほんとにいねえのか!? マジで出てこねえようなら、ちょいと鍵壊すけど!?」
(六朗だ! そうか、私、この玄関を叩く音で起きたのかも)
「ま、待って、六朗!」
みゆきは急ぎ、屋根裏から玄関に向かって叫ぶ。
「おっ、お嬢! 出てこられます?」
六朗の声が丸くなったのを感じ、みゆきはおそるおそる屋根裏から抜け出した。
足も腰も他人のものになったみたいで、階段を降りるにも普段の三倍は時間がかかる。
よろよろと羽織を着込んで玄関を開けると、まばゆい三月の光が入ってきた。
「六朗……」
真昼近くの光を背に、六朗のくせっ毛が光って見える。
六朗はみゆきの姿をざっと見渡すと、少々不安げに言った。
「お嬢、寝起きです? なんかちょっとやつれてますけど……貴の奴、絞めときます?」
「六朗……今、何日?」
開口一番、そんなことを聞いてしまう。
普通に考えれば、実家に行った日の翌日が今日のはずだ。
だが、それにしてはあまりにも夜が長すぎたような気もする。
貴明にあやされるようにして、口に食べ物を突っこまれたような気もするし、一日余計に経っていても不思議ではない感覚がある。
六朗は面食らった様子だったが、すぐに指折り数えて答えてくれた。
「さ、三月の、十四日ですけど……お嬢、ほんとに大丈夫?」
心配してくれる彼の心が、虐められ尽くした体にじわじわと沁みてくる。
が、それ以上に、みゆきはその日付に驚愕していた。
「嘘……貴明さんに閉じこめられたのは、十一日だったのに……貴明さんに残された時間、あと四日しかないの……?」
「閉じこめられたって!? ちょっと、やっぱ貴出してくれねえかな!!」
六朗の目つきがきゅっと剣呑になったのを見て、みゆきは慌てて懐から紙片を取り出す。
さきほど、枕元にあった紙片だ。
「貴明さんは、いない! 刀もない。残っていたのは、これだけ」
開いて見せると、そこには神経質な美筆で、一行。
『死神を斬る』とだけ、あった。
六朗は目を丸くしてそれを見つめたのち、鋭い舌打ちをする。
「あの、クソ野郎が……」
六朗の殺気が本物になりつつあるのは感じたが、みゆきは正直それどころではない。
貴明はひとり、この場所を去ってしまった。
みゆきが死神と交渉しようとしているのを知り、それを阻止するために自分ひとりで死神に引導を渡しに行った。
今まで追い払うことはできたとしても、斬ることはできなかった死神を、今度こそ、斬る気だ。
(貴明さんのことだ、きっと、刺し違えてもいいと思っている。私を守ろうとしてるんだ)
考えれば考えるほど、焦る。
貴明が出て行ったのは、いつだろう?
今は、どこにいるのだろう?
自分には、何ができるだろう?
みゆきは淫靡な夜以前の記憶を、ひとつひとつ取り戻す。
(私は、死神と交渉しようとして、お父さまのところに行って。神社から御利益のある守り刀を取り寄せるから、それまで待てと言われたんだった)
だとしたら、今日六朗がこの家に来た理由もわかる。
組長は、守り刀を六朗に届けさせる、と言っていたのだ。
「六朗、お父様から刀を預かっていない?」
みゆきが勢いこんで聞くと、六朗の殺気が少々収まる。
彼はみゆきに向き直ると、両肩に手を置いて声を優しくした。
「……お嬢。落ち着いて聞いてください」
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