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第六章 死神を斬る
53 六朗の告白
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まだ半信半疑のまま、みゆきは呆然と答える。
「あったのかも、しれません……」
「心当たりがあるようだな。てめえはそれだけ、貴を助けたいってことよ」
組長は顎を撫でながら、事もなげに言った。
こんな突飛な話になっても、この落ち着きぶりは我が親ながらものすごい。
修羅場に慣れているだけあるのだろうか、と思いつつ、そういえばみゆき自身も、こんなことになってもまだ、心は折れていなかった。
対して六朗はなかなか堪えているようで、うなだれながら言う。
「みゆき。答えはわかってるけど、最後にさ、聞いてもいいか?」
「六朗……なあに」
幼なじみが真剣なのを感じ取り、みゆきは元気づけるような気持ちで彼を見る。
六朗はしばらく黙りこんだのち、深呼吸をして、まくしたてた。
「貴明は、いい奴だ。だけど、助けたい、助けたいって手を差し伸べるあんたを振り払って、勝手に死にに行っちまうような男だ。オレならずーっとあんたの側に居て、あんたを幸せにするって誓えるよ。だからさ……」
真っ正面から、ばちん、と、六朗と目が合う。
真っ黒な目に、今は純真な光が散っている。
いつか、子どものときに三人で見上げた夜空みたいな目で、六朗は言う。
「みゆき。オレと一緒になっちゃくれねえか?」
(……そう、だったんだ)
貴明に告白される前後から、なんとなく気配を感じたことはあった。
そうなのかな、と思って、でも、そんなことを思うなんて自分の思い上がりだ、なんて思って打ち消してきた。
六朗は、みゆきのことが好きだったのだ。
ひとりの女として、好いてもらっていたのだ。
その思いは、胸を温めるべきものなのだろうけれど。
みゆきは少し、悲しい顔で六朗を見つめ返した。
「六朗。貴明さんは、まだ、生きてる。まだ、四日もあるの」
(そうだ、四日。この四日を、少しも無駄にはできない)
みゆきの心は一直線に貴明に向かっていて、よそ見をしている余裕なんか少しもない。
六朗もそれはわかっていたのだろう。
やっぱりね、とでも言いたげな顔で苦笑する。
「あんたは強いよ。念のため聞くけど……」
「四日のあとも、私は、貴明さんのもの。貴明さんが、どこにいても」
みゆきの返事は揺らぎない。
戦死電報をもらったときはどうしようもない気分だったけれど、今は……。
貴明の確かな激情を受け止めた今なら、今後何があろうと、一生心は貴明の妻でいられると思う。
悲しい自信に満ちたみゆきを眺め、六朗はまぶしそうに言う。
「うん。いい女だなあ、あんた」
「六朗。ごめんね。私、あなたに、酷いことを、したよね……?」
こわごわ聞いてみると、六朗は器用に片目だけを閉じて見せる。
「いっぱい御利益も、もらったぜ」
「……六朗って、いい男。絶対いい奥さん、見つかると思う」
「うっ。今その科白は、結構ひでぇな……」
「ご、ごめん! ごめんなさい……!」
必死に頭を下げるみゆきを見て、組長は小さく笑う。
そうして、すぐに腹から声を出した。
「みゆき。ここから先、どうするかは、てめえで決めな」
「はい!」
みゆきは跳ねるように顔を上げ、自分の気持ちを確かめる。
揺らぎない、自分の気持ち。
(後悔しないには、これしかない)
「……私に魔物を退けるほどの神通力があるというのなら、貴明さんのお役に立てるはず。貴明さんを追います。地の果てまでも追って、追いついて見せます」
みゆきはぐぐっと力をこめて宣言した。
六朗はそんなみゆきを見て感嘆のため息を吐き、組長はにやりと笑う。
「貴明の行方はもう探してる。そろそろ報告が上がってくるはずだ。行方がわかったら、若いもん、何人か連れてけ」
「できれば、事情をしっかり知っている六朗と二人で行くほうが、小回りが利いてありがたいです」
「いいだろう。荷物も用意させる」
「ありがとうございます……!」
打てば響くとはこのことか。
自分にはまだまだ味方がいる。むしろ、味方だらけだ。
そのことがじわじわと涙腺を緩ませる。
(でも、まだ、泣いている場合じゃない)
貴明を元気に取り戻したら、そのときは思い切り泣こう。
そう決めて、みゆきは自分に気合いを入れ直した。
「お願いできる? 六朗」
改めて六朗に聞くと、彼も覚悟を決めた様子で頷く。
「もちろんですぜ、奥さん」
「ありがとう。じゃあ、まずは……」
指示を出そうとした直後、ぐぅ……と、みゆきの腹が鳴った。
先の見通しが立ったところで、体が空腹を思い出したのだ。
気付けば、空腹も喉の渇きもかなりのものだ。
みゆきはよろめき、かすれ声で訴える。
「そ、その前に……何か、ごはん……」
六朗はみゆきを支えて、虚空に向かって威嚇するような歯がみをした。
「あー、やっぱ早く貴のことぶん殴りてえな!?」
「あったのかも、しれません……」
「心当たりがあるようだな。てめえはそれだけ、貴を助けたいってことよ」
組長は顎を撫でながら、事もなげに言った。
こんな突飛な話になっても、この落ち着きぶりは我が親ながらものすごい。
修羅場に慣れているだけあるのだろうか、と思いつつ、そういえばみゆき自身も、こんなことになってもまだ、心は折れていなかった。
対して六朗はなかなか堪えているようで、うなだれながら言う。
「みゆき。答えはわかってるけど、最後にさ、聞いてもいいか?」
「六朗……なあに」
幼なじみが真剣なのを感じ取り、みゆきは元気づけるような気持ちで彼を見る。
六朗はしばらく黙りこんだのち、深呼吸をして、まくしたてた。
「貴明は、いい奴だ。だけど、助けたい、助けたいって手を差し伸べるあんたを振り払って、勝手に死にに行っちまうような男だ。オレならずーっとあんたの側に居て、あんたを幸せにするって誓えるよ。だからさ……」
真っ正面から、ばちん、と、六朗と目が合う。
真っ黒な目に、今は純真な光が散っている。
いつか、子どものときに三人で見上げた夜空みたいな目で、六朗は言う。
「みゆき。オレと一緒になっちゃくれねえか?」
(……そう、だったんだ)
貴明に告白される前後から、なんとなく気配を感じたことはあった。
そうなのかな、と思って、でも、そんなことを思うなんて自分の思い上がりだ、なんて思って打ち消してきた。
六朗は、みゆきのことが好きだったのだ。
ひとりの女として、好いてもらっていたのだ。
その思いは、胸を温めるべきものなのだろうけれど。
みゆきは少し、悲しい顔で六朗を見つめ返した。
「六朗。貴明さんは、まだ、生きてる。まだ、四日もあるの」
(そうだ、四日。この四日を、少しも無駄にはできない)
みゆきの心は一直線に貴明に向かっていて、よそ見をしている余裕なんか少しもない。
六朗もそれはわかっていたのだろう。
やっぱりね、とでも言いたげな顔で苦笑する。
「あんたは強いよ。念のため聞くけど……」
「四日のあとも、私は、貴明さんのもの。貴明さんが、どこにいても」
みゆきの返事は揺らぎない。
戦死電報をもらったときはどうしようもない気分だったけれど、今は……。
貴明の確かな激情を受け止めた今なら、今後何があろうと、一生心は貴明の妻でいられると思う。
悲しい自信に満ちたみゆきを眺め、六朗はまぶしそうに言う。
「うん。いい女だなあ、あんた」
「六朗。ごめんね。私、あなたに、酷いことを、したよね……?」
こわごわ聞いてみると、六朗は器用に片目だけを閉じて見せる。
「いっぱい御利益も、もらったぜ」
「……六朗って、いい男。絶対いい奥さん、見つかると思う」
「うっ。今その科白は、結構ひでぇな……」
「ご、ごめん! ごめんなさい……!」
必死に頭を下げるみゆきを見て、組長は小さく笑う。
そうして、すぐに腹から声を出した。
「みゆき。ここから先、どうするかは、てめえで決めな」
「はい!」
みゆきは跳ねるように顔を上げ、自分の気持ちを確かめる。
揺らぎない、自分の気持ち。
(後悔しないには、これしかない)
「……私に魔物を退けるほどの神通力があるというのなら、貴明さんのお役に立てるはず。貴明さんを追います。地の果てまでも追って、追いついて見せます」
みゆきはぐぐっと力をこめて宣言した。
六朗はそんなみゆきを見て感嘆のため息を吐き、組長はにやりと笑う。
「貴明の行方はもう探してる。そろそろ報告が上がってくるはずだ。行方がわかったら、若いもん、何人か連れてけ」
「できれば、事情をしっかり知っている六朗と二人で行くほうが、小回りが利いてありがたいです」
「いいだろう。荷物も用意させる」
「ありがとうございます……!」
打てば響くとはこのことか。
自分にはまだまだ味方がいる。むしろ、味方だらけだ。
そのことがじわじわと涙腺を緩ませる。
(でも、まだ、泣いている場合じゃない)
貴明を元気に取り戻したら、そのときは思い切り泣こう。
そう決めて、みゆきは自分に気合いを入れ直した。
「お願いできる? 六朗」
改めて六朗に聞くと、彼も覚悟を決めた様子で頷く。
「もちろんですぜ、奥さん」
「ありがとう。じゃあ、まずは……」
指示を出そうとした直後、ぐぅ……と、みゆきの腹が鳴った。
先の見通しが立ったところで、体が空腹を思い出したのだ。
気付けば、空腹も喉の渇きもかなりのものだ。
みゆきはよろめき、かすれ声で訴える。
「そ、その前に……何か、ごはん……」
六朗はみゆきを支えて、虚空に向かって威嚇するような歯がみをした。
「あー、やっぱ早く貴のことぶん殴りてえな!?」
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