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子爵様は悪戯好き

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 家庭教師とは奉公先では目立たぬよう、控えめに振るわなければならない。雇い主には礼儀正しく、常に愛想笑いを浮かべ、従順に。
 だが、イザベラはその真逆をいく。
 間違っていることにはずけずけ文句を言うし、ニコリともせず、いつも怒っているかのようにこめかみにつくくらい目が吊り上がっている。主人のやることなすこと口を出しては、やがてヒステリックな小言が延々と続くのだ。
「もう少しお父様に歩み寄れない? 」
 図書室に置いてある官能小説を広げてから、アリアは遠慮がちに聞いてきた。
「こんな本を堂々と図書室に置く方とは、歩み寄れそうにないわ」
 さっと本を横から取り上げると、イザベラは一番背の高い棚に戻す。
 先週には確かになかった。先週から今日までの間に購入し、アリアが手に取れる位置に狙って置いたのだ。
 官能小説といっても、表紙は愛らしい兎とアヒルが描かれて、一見すると絵本と間違いかねない。
 昔に比べて普及率が上がったといえど、まだまだ本は高級品だ。そんな価値の高いものを、しかもアリアがうっかり手に取りそうな類の表紙を選別し、購入するなんて。しかも、忙しい合間を縫って、こっそり棚に仕込んで。
「あの性悪男が」
 イザベラは口中で悪態をつく。
 ルミナスの目的は一つ。イザベラを困らせてやることなのだ。
 イザベラがアリアを清く正しく教育しようとすることを、とことん邪魔したいらしい。
「そんな言い方しないで、イザベラ」
 アリアは申し訳なさそうに口を挟んできた。
「私にとっては、優しくて頼もしいお父様なんだから」
「……確かにね」
 渋々とイザベラは認める。
「ただ、ちょっと、悪戯が過ぎる方なのよ」
「そうね。ちょっとどころじゃないけど」
 悪戯どころではない。
 あれは、イザベラを陥れようとしているのだ。


 アークライト子爵ルミナス・アレクシスと、その妻ミレディは、仲睦まじい夫婦として社交界では大層珍しがられたらしい。
 この国の貴族は浮気、不倫は当たり前。公然の秘密として愛人が社交の相手役として出席することは茶飯事だ。不貞は貴族の嗜みなどとうそぶく輩さえいる。
 しかしルミナス夫妻は違った。その絆は美しく固く、いつも互いを思い遣り、二人の仲は民衆にまで知れ渡っていた。
 イザベラもチラリと耳にしたことがあった。
 そんな関係が崩れたのは、ある嵐の夜。
 アリアが三歳を過ぎた頃、所用でルミナスの父ルドルフと、ミレディが馬車で隣国まで出かけたときだ。
 山道を走っていたとき、雷鳴に驚いた馬が暴走し、馬車は崖から転落。
 ルミナスは結婚三年目の妻と実父を、アリアは三歳で母親と祖父を亡くした。
 以来、ルミナスは、男で一つで娘を育てている。

 
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