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イザベラの素顔
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「家庭教師~? なら平民じゃない」
金茶色の髪をした女が鼻白む。
この貴族上位社会では、至って普通の反応だ。
「あなた、平民の分際で貴族に意見する気? 」
アークライト子爵が例外であって、平民の家庭教師に好き勝手言わせるような貴族などいない。
「貴族だろうが誰であろうが、間違いは正さなければなりません! 」
「生意気な女~」
毅然とするイザベラに、金茶色の髪の女はますます鼻に皺を寄せた。
「あんまり揶揄ってやるな。フィオナ」
ルミナスに注意され、フィオナと呼ばれた金茶色の髪の女は頬を膨らませる。
ふと、何か閃いたと言わんばかりに、その目がギラリと光った。
女性に馴れ馴れしく膝枕させるルミナスにあんまり憤慨していたので、イザベラは反応が遅れた。
あっと思ったときには、眼鏡を掠め取られてしまっていた。
「な、何を! 」
「何だ、伊達眼鏡じゃないの」
「返しなさい! 」
「地味な格好は、少しでもお利口に見せるため? 」
ふざけたことを仕出かす割に、言動はなかなか鋭い。
ひょいひょいと交わすフィオナに、イザベラも負けじと手を伸ばしていたが、明らかに動きが鈍くなった。
「あらあ? 図星? 」
フィオナは下品にくっくと喉を鳴らす。
類は友を呼ぶとは、まさにこのことだ。ルミナスと同じような笑い方に、イザベラは歯軋りする。
不意にフィオナの手が伸びて、両頬を挟まれてしまった。そのまま力任せにぐいっと顔の向きを変えられてしまう。危うく首がもげそうになった。
「ねえ、アークライト様。ほらあ、あなた好みの顔じゃない~? 」
ルミナスはチラリと横目する。
その瞳がやや見開き、停止した。
顔のおよそ半分を覆っていた眼鏡は、イザベラの素肌の透明度、整った鼻梁、くっきりした二重の目すら隠していた。
いつもの分厚いレンズの下にあったイザベラの翠緑の双眸が、今は剥き出しで、窓から差し込む光に反射してより一層の輝きを放っている。
「……私の好みではない」
声を上擦らせて否定すると、ルミナスはぷいっとそっぽ向いた。もう興味なさそうに寝息をかき始めた。
「何だ、つまんないの」
宛てが外れたフィオナは唇を尖らせ、ぽんと一人がけのソファに飛び乗った。
イザベラはその隙に眼鏡を引っ手繰り、取り返しに成功する。
「と、とにかく! アリアの勉強の邪魔です! 騒ぐなら外へ! 」
眼鏡を装着。やっと本調子になった。素顔を隠していないと落ち着かない。
「あらあ、せっかく綺麗な顔をしてるのに。もったいない」
無邪気にフィオナが喉を鳴らした。
「ねえ、リーナもそう思うでしょ? 」
などと、ルミナスに膝枕をしている黒髪の女に同意を求める。
リーナと呼ばれた女は、漆黒の切れ長の目でイザベラの爪先から頭のてっぺんまでを値踏みするように行ききすると、黙って顔を背ける。一言も発しないから、その真っ赤な唇からどんな声が出てくるのか、わからない。
「ねえ、アークライト様。他所で飲み直しましょうよ? 」
リーナが答えないのはいつものことなのか。フィオナは全く気にした素振りも見せず、ルミナスに提案する。
「気が削がれた」
ルミナスは、眠そうにまたもや欠伸をする。だいぶ酒が回っているらしい。
「君達だけで行きたまえ」
「おい、アークライト。つまらないこと言うな。これから俺の屋敷で飲み直さないか? 」
「悪いが今日は遠慮しておく」
リーナの髪を名残惜しそうに撫でる。くすぐったそうにリーナが目を細めた。とろん、と彼女の目が蕩けている。
憎ったらしい男。
イザベラは、何故歴代の家庭教師が彼の尻を追いかけ回すのか、その理由に確信を持った。
金茶色の髪をした女が鼻白む。
この貴族上位社会では、至って普通の反応だ。
「あなた、平民の分際で貴族に意見する気? 」
アークライト子爵が例外であって、平民の家庭教師に好き勝手言わせるような貴族などいない。
「貴族だろうが誰であろうが、間違いは正さなければなりません! 」
「生意気な女~」
毅然とするイザベラに、金茶色の髪の女はますます鼻に皺を寄せた。
「あんまり揶揄ってやるな。フィオナ」
ルミナスに注意され、フィオナと呼ばれた金茶色の髪の女は頬を膨らませる。
ふと、何か閃いたと言わんばかりに、その目がギラリと光った。
女性に馴れ馴れしく膝枕させるルミナスにあんまり憤慨していたので、イザベラは反応が遅れた。
あっと思ったときには、眼鏡を掠め取られてしまっていた。
「な、何を! 」
「何だ、伊達眼鏡じゃないの」
「返しなさい! 」
「地味な格好は、少しでもお利口に見せるため? 」
ふざけたことを仕出かす割に、言動はなかなか鋭い。
ひょいひょいと交わすフィオナに、イザベラも負けじと手を伸ばしていたが、明らかに動きが鈍くなった。
「あらあ? 図星? 」
フィオナは下品にくっくと喉を鳴らす。
類は友を呼ぶとは、まさにこのことだ。ルミナスと同じような笑い方に、イザベラは歯軋りする。
不意にフィオナの手が伸びて、両頬を挟まれてしまった。そのまま力任せにぐいっと顔の向きを変えられてしまう。危うく首がもげそうになった。
「ねえ、アークライト様。ほらあ、あなた好みの顔じゃない~? 」
ルミナスはチラリと横目する。
その瞳がやや見開き、停止した。
顔のおよそ半分を覆っていた眼鏡は、イザベラの素肌の透明度、整った鼻梁、くっきりした二重の目すら隠していた。
いつもの分厚いレンズの下にあったイザベラの翠緑の双眸が、今は剥き出しで、窓から差し込む光に反射してより一層の輝きを放っている。
「……私の好みではない」
声を上擦らせて否定すると、ルミナスはぷいっとそっぽ向いた。もう興味なさそうに寝息をかき始めた。
「何だ、つまんないの」
宛てが外れたフィオナは唇を尖らせ、ぽんと一人がけのソファに飛び乗った。
イザベラはその隙に眼鏡を引っ手繰り、取り返しに成功する。
「と、とにかく! アリアの勉強の邪魔です! 騒ぐなら外へ! 」
眼鏡を装着。やっと本調子になった。素顔を隠していないと落ち着かない。
「あらあ、せっかく綺麗な顔をしてるのに。もったいない」
無邪気にフィオナが喉を鳴らした。
「ねえ、リーナもそう思うでしょ? 」
などと、ルミナスに膝枕をしている黒髪の女に同意を求める。
リーナと呼ばれた女は、漆黒の切れ長の目でイザベラの爪先から頭のてっぺんまでを値踏みするように行ききすると、黙って顔を背ける。一言も発しないから、その真っ赤な唇からどんな声が出てくるのか、わからない。
「ねえ、アークライト様。他所で飲み直しましょうよ? 」
リーナが答えないのはいつものことなのか。フィオナは全く気にした素振りも見せず、ルミナスに提案する。
「気が削がれた」
ルミナスは、眠そうにまたもや欠伸をする。だいぶ酒が回っているらしい。
「君達だけで行きたまえ」
「おい、アークライト。つまらないこと言うな。これから俺の屋敷で飲み直さないか? 」
「悪いが今日は遠慮しておく」
リーナの髪を名残惜しそうに撫でる。くすぐったそうにリーナが目を細めた。とろん、と彼女の目が蕩けている。
憎ったらしい男。
イザベラは、何故歴代の家庭教師が彼の尻を追いかけ回すのか、その理由に確信を持った。
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