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すれ違う二人

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「お父様。近頃、夜遊びは控えてらっしゃるのね」
 アリアは大好物のパンケーキを三枚ペロリと平らげてから、何の気なしに呟いた。
「何か心境の変化があって? 」
 口にしてから興味がむくむくと湧いたのか、前のめりになる。
 ルミナスに声はしっかり届いているはずだが、彼はワインを嗜み、聞こえない振りをしている。
「あなたもそう思うでしょ、イザベラ」
 回答を拒否され、アリアはイザベラに同意を求める。
 最近のイザベラはちっとも食が進まず、今朝もまたぐずぐずとパンケーキにナイフを入れていた。
 理由は自分でもわかっている。
 ルミナスとのキス以来、妙に意識してしまって、調子が出ないのだ。
 ルミナスは何事かを話そうと近寄ってきたが、イザベラが露骨な避け方をしているうちに、彼も距離を置くようになった。
 そんな大人達のぎこちなさを、察しの良いアリアは勘付いてはいる。
 アリアの眉が怪訝に吊り上がった。
「そういえば、イザベラもめっきりおとなしくなっちゃったわね」
「そ、そうかしら? 」
「ええ。毎朝、決まって、お父様と口喧嘩していたじゃない」
「口喧嘩じゃありません」
 一旦ナイフを置くと、断言するイザベラ。平静を装ったつもりだが、声が引っ繰り返ってしまった。
「口喧嘩じゃなかったら、何だい? 」
 その段になって、ようやくルミナスが発言する。
 今までなら、憎まれ口を叩こうとも、その目は優しく細められていた。しかし現在の彼には、凍りつくような厳しさしかない。
「私はアークライト卿の素行に注意を入れていただけです」
 その凍りついた眼差しに動揺すまいと、イザベラは早口で言い切る。
 一息にワインを煽ると、ルミナスは露骨な侮蔑の視線を仕向けた。
「ほう。生意気にも、主人に注意をするのか、君は」
「誰であろうと、間違いは正さなければいけません」
「成程ね」
 彼の目からは微塵も慈愛が感じられない。
「なら、私も正さなければならないな」
 給仕に食器を下げさせてから、ルミナスはテーブルに片肘をつくと、ギロリとイザベラを睨みつけた。彼女に、行儀の悪さを指摘する余地を与えないくらいのきつい目だ。 
「平気で人の心を弄ぶ君を」
「弄ぶですって? 」
 怯みはしたものの、聞き捨てならない台詞にイザベラはカッと頭に血を昇らせた。
「私がいつあなたを弄びましたか! 」
 ヒステリックに怒鳴る。
 ルミナスは酷薄な笑みを貼り付かせた。
「私を揶揄っただろう? 」
「私がいつ、あなたを揶揄いましたか? 」
「もう忘れたのか? 薄情な女だな」
「まあ! 何ですって! 」
 思わず椅子を倒して立ち上がる。
 ルミナスはそれすら全く反応せず、無表情だ。
「ど、どうしちゃったの? 二人とも」
 アリアはオロオロするばかりだ。
 その場にいる使用人も同様で、ハラハラと状況を見守るばかり。
「私を揶揄い、挙句にゲームだったと君は言ったね」
「そ、それは」
「ふざけるのも大概にしたまえ」
 イザベラは決してルミナスを揶揄ったわけでも、あのときのキスが恋愛ゲームの延長だったと思ったことも、これっぽっちもない。
 あのときは咄嗟に、何かとんでもないことを仕出かしかねなくて、適当に口走ってしまった。
 だが、一度吐き出してしまった言葉は、取り返しがきかない。
 ほんの些細な言葉が、今になって見る間に悪い方へと転がり落ちた。
 自業自得。
 イザベラは項垂れる。
「お父様、何か勘違いなさっているのじゃない? 」
 アリアはイザベラを庇い、恐る恐るルミナスに執りなす。
「勘違いだと? 」
 余計にルミナスの怒りに着火してしまった。
「どうなんだ? ミス・シュウェーター? 」 
 これ以上何か喋れば、状況はますます悪化してしまう。躊躇し、イザベラは俯くことしか出来ない。
「ミス・シュウェーターは私と話をすることを拒否しているよ、アリア」
「そ、そのようなつもりは」
 ようやく絞り出した言葉は、最早、ルミナスには響かない。
「まだ仕事を残しているからね。失礼する」
 イザベラを一瞥し、ルミナスは激しい足音を立てて出て行った。




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