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フレットウェル社へ

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 読書は大きな娯楽の一つである。
 だが、本は高価でなかなか手に入りにくい。特に庶民にとっては、手の届かない代物。
 そこで人気を集めたのが、貸本屋だ。
 取り分け今、王都で人気なのは、とある男爵がオーナーを務めていると噂のフレットウェル社だ。
 元々は潰れかけの出版社を買取り、新オーナーは大胆な手腕を発揮したらしい。
 貸本屋も営んでいるが、主軸は出版社だ。
 オーナーはライバル関係にある出版社に声を掛けて、専属作家の貸し出しを提案した。
 勿論、そんなものは断られる。当然だ。大事な金のなる木をみすみす取られるわけにはいかないのだから。
 だが、男爵のあの手この手の口八丁で、大半の王都の出版社が彼と契約を結んだとか。
 これで、一社しか食い扶持のなかった作家も、裾野が広がり、あらゆるジャンルに挑戦出来る。
 読者も、贔屓の作家の別ジャンルに触れられて万々歳。
 とは、そのオーナーの談。
 貸本屋の方も盛況で、そこそこの年会費は取るものの、最新作が読めるということで、会員は二万を超える。
 大通りに面した五階建ての白亜の石造り。ガラスのドアの向こうには、何万冊、何十万冊という本が床から天井まで設えられた本棚に収まり、本好きにとっては夢のような空間だ。
「ミス・アリスン・プティング? 可愛らしいペンネームですね」
 上の階はアンティークや、外国の本が展示されたギャラリーとなっていたり、印刷部門や製本部門などがある。
 オーナーの事務室は最上階だ。
 オーナーの秘書だと名乗る男性に案内されるアリア。
 秘書はやや頬を赤らめてそんな感想を述べた。
「ミス・レイチェルお墨付きの作家だとお聞きしておりましたので。これほどお若い方とは」 
 出版業界の敏腕女社長自らが推す作家なので、どうやらいかめしい老紳士を想像していた口振りだ。
「原稿を拝見しましたが、なかなか情熱的な内容でしたね」
 鼻血がでるくらいの濃厚な性描写と、天使と見紛う美人とが、彼女を目の前にしても結びつかないらしい。
「きっと、社長も気に入ると思います」
 果たして気に入るのは原稿か。アリア本人か。
 秘書は扉を軽くノックする。
「社長。ミス・アリスン・プティングがお見えです」
「ああ。入ってくれ」
 執務机はマホガニー製の巨大な一枚板で、書棚や応接セット、帽子掛けに至るまで重厚な高級家具が使われている。
 壁に掛かっているのは、大胆な構図が用いられた静物画。
 ペルシャ織の絨毯は複雑な幾何学模様で、いかにも創作を生業とする会社らしい。
 社長と呼ばれた人物は、背の高さくらいまである書類が積み上げられた机から足早に回り込んで、アリアの前に現れた。


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