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魔法が解けるまで

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 静まり返る馬車の中、アリアはケイムの胸に寄り添いながら、規則的な鼓動に耳を澄ませていた。
 繋がりはいつまでも続かない。
 アリアの中で欲を吐き出したケイムは、呻きと共に勢いよく引き抜くと、避妊具を剥ぎ取った。
 未だに夢の中にいるアリアを整えてから、彼も身なりを正し、「ジョナサン卿」へと戻っていく。
 すっかり魔法が解けてしまう。
 だが、朦朧とするアリアを放置するほど、ケイムは非道ではない。
 ちゃんとアリアの望みを叶えてくれる。
 アリアはまだ回復しない。俺が屋敷まで送り届けるから。
 ルミナスにそう伝えるなり、アリアを引っ張って自分の馬車に乗せた。
 イザベラは今夜はパーティーには出席していない。急に発熱したレイモンドに付き添い、屋敷に残ったからだ。ルミナスもまだ商談が残っている。
 ケイムがアリアに寄り添う言い訳にしては、何ら違和感はなかった。
 父ルミナスの目を欺いている後ろめたさと、まるで恋人気分を味わっている高揚感。アリアはその二つの感情を行き来させながら、ケイムに身を預ける。
「ねえ、ケイムおじさま」
「ケイムだろ、今は」
「そうね。ケイムは、何だか他の貴族とは違うみたいね」
 何となくの呟きだが、ケイムはおや? と片眉を上げた。
「貴族なのに、会社のオーナーを務めたり。投資したり。柄も悪いし」
「最後は余計だろうが。だが、確かに爵位がある者が社長まで務めているのは、聞いたことがないな」
 ケイムはジョナサン男爵家の筆頭だ。
 貴族といえど、普通、爵位のない次男坊、三男坊が主に商売に関わるのが一般的だ。爵位のない貴族の息子は、名家に婿養子に入るか、会社を起こしたり投資をするか、はたまた軍の階級を金を積んで手に入れ、形ばかりの椅子に腰掛けるか。
「元々、うちは商家だったからな。商売が染み付いているんだよ」
 アリアはケイムを凝視した。初めて聞く話だ。
「俺の爺さんが、金で爵位を買ったんだよ。貴族を名乗るだけで、取引先の信用はぐっと上がるからな」
 貴族が金で社会的地位を買うように、庶民も貴族の地位を大金を出して手に入れる。世の中の闇の部分では、時折、そのような遣り取りがある。
「だから、俺は畏まったお貴族様の中で異端なんだ」
 彼の乱暴な口振りも、当然のように商売に手を出すところも、そんな理由が隠されていたのか。
「がっかりしたか? 」
「何故? 」
「俺が、お前のような正当な貴族じゃねえから」
 アリアは静かに首を横に振った。
「それなら、私も異端児だわ」
「え? 」
 ケイムはアリアの出自を知らない。
 アリアに流れる血は、なかなか複雑だ。
「私、ケイムに救われたの」
 アリアは五歳の頃を思い出していた。
「半泣きの私を、何も言わずに一緒に寝てくれたでしょ。あのとき抱きしめてくれなかったら、私、どうなっていたか」
 あのとき、温もりをくれたから、アリアは今を生きている。どうしようもない混沌の闇に引きずられそうなアリアを、ケイムはその力強い腕で引き寄せてくれたのだ。
「ずっと、このまま時間が止まれば良いのに」
 アリアは、叶わない願いを口にする。
 屋敷まで、間もなくだ。
 魔法の時間がもうすぐ終わる。
「俺もそう思うよ」
 ケイムが躊躇なく同意した。
 たとえ、この時間だけだろうと、恋人としてアリアを認識してくれている。
 アリアは泣き出してしまいそうになり、ぎゅっと目を閉じて涙を堪えた。
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