【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一九話 水無月の狂乱

第一九話 一五

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(秋が行きそうなところは……)
 考えながらあかりは玄舞家を出て、西白道を目指して足早に歩いていた。少しでも早く秋之介のところにたどり着きたくて、大路のある表側は歩かず、最短経路にあたる北玄山側の裏道を通っていた。
 梅雨入りも間近なせいかここ最近の天気は優れない。雨の後にしっとりと濡れた木立からは草葉と土の濃密な匂いが立ち上っており、足場はぬかるんでいた。ときおり現れる水たまりを避けながら、あかりはそれでも速度を緩めなかった。
やがて西白道に入り、しばらく歩き続けたところであかりはようやく足を止めた。そして頭上に目を遣る。
どんよりした曇り空を背景にいっぱいに伸びた枝と鮮やかな緑の葉が広がっていて、その中にある目立った白にあかりは目を留めた。
「秋」
  太めの木の枝に腰かけた秋之介がゆっくりと視線を地面の方へ落とす。あかりに向けられた瞳は苛立ちのために剣呑な光を帯びていたが、どこかほっとしたようでもあった。
「あかりか」
「うん。……そっち行ってもいい?」
「……ああ」
  あかりはするすると秋之介の隣の樹に登り、彼に近い高さにある枝にひょいと座った。
「なんか、懐かしいな」
  あかりを視界の端に捉えながら、秋之介は遠景を眺めていた。あかりも秋之介の視線の先を追ってみると、西の地の町並みと無惨な焼け跡と化した白古家の邸跡があった。
「昔っから親父やお袋と言い合いになったり、あかりたちと喧嘩したりする度にこの辺に来てたっけな」
「そうだね」
「喧嘩した後にさ、あかりが俺のこと探しに来たのに俺が突っぱねたもんで大泣きして、その後に来た親父とお袋に俺だけ散々怒られたこともあったよな」
「うん。あれは秋が悪いよ」
「かもな。……あんな日々が、続けば良かった……」
  秋之介の言葉尻は震え、濡れていた。あかりは秋之介の方をあえて見ずに「うん」とだけ呟いた。
  戦いの日々は長く、辛いことだって幾度もあったが、自尊心の強い秋之介がこんな泣き方をするのをあかりが近くに感じることは初めてだった。けれどもそれをそれほど珍しいと思わないのは、秋之介の涙の温度をかつての自身の涙と重ね合わせているからだろう。
 しばらくの沈黙の後、あかりはそっと口を開いた。
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