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〈24〉終わりよければなんとやらである

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「い、今、なんとおっしゃいましたか……?」

 珍しくリヒトが眉を顰めている。そんなに私の言動が以外だったのか予想外だったのか……まさかいけ好かない完璧執事がこんなに動揺するとは思わなかったが、それはそれでちょっぴり楽しかったりもした。まぁ、今はそんなことはどうでもいいんだけどね!

 私は力強くハッキリと口を開いた。



「だから!全ての決定権がある私が言っているんだからこれは決定事項なのよ!」




 あれから侯爵家に戻った3日後、私はリヒトを含む全ての使用人と侯爵家の人間たちの前で大体的に宣言したのだーーーー。






「聖女であるミリーナ・ブラームス男爵令嬢をお金で買い取ってきたわ!聖女には私の専属侍女になってもらい聖女を従者にするすごい女侯爵になることにしたの!ちなみに聖女の身柄はすでに私が預かっているわ!」

 ビシッ!と効果音がつきそうな勢いでジェンキンスたちを指差し「これは決定事項よ!」と宣言する。私の背後にはミリーナさんがいてエリオットが彼女を支えてくれていた。あの後、エリオットと相談してそのままミリーナさんを侯爵家に連れ帰ってきたのだ(もちろん男爵は説得済み)。この3日間はジェンキンスに気付かれないようにこっそり匿っていたのである。しかし、私のお願いを聞いてくれたら伯爵との婚約も借金もなんとかすると約束すると、気が緩んだのか一気に悪阻症状が出てきてしまったようで今のミリーナさんは真っ青な顔をしている。それを見たジェンキンスがなにをどう誤解したのか戸惑いと怒りで拳を震わせた。

「お、お前!何を考えている……?!彼女をどうするつもりだ!?まさか、この間の事を根に持って……?!」

 いや、ジェンキンスに対しては根に持っているがミリーナさんに対して何をどう根に持てというのか。悪いのは全部ジェンキンスだ!顔だけのヘタレドSになんか需要はないのよ!

 だが、私はそんなツッコミはしない。そう、これは全て演技だ。まさか本当にミリーナさんを侍女にするつもりなどないに決まっている。さぁ、私の中に眠る全演技力が目を覚ますときよ!

 私は「ふふふ」と笑いながら髪をかきあげた。イメージは悪役令嬢的なアレである。ちょっと緊張して右手と右足が同時に動いてしまったが誰にも気付かれていないだろう。

「ふふっフぅ(↑)。じぃぇっ、ジェンキンスお兄様、誤解しないでいただけるガッ……カシラ?私は聖女というお飾りがおっふ、ほしいだけ。ドぁ(↑)って、たかったかが男爵令嬢の彼女にそれ以外の価値があじっ、ありまして?せいぜい私が飽きるまでおもちゃにしてやりましますわ!おーほほほほ!ゲホッゴホッ」

 いけない!ちょっとむせちゃったわ。あら、でも私ったら結構上手くない?まさか名女優の素質があったなんて……「おねーさま、台詞棒読み過ぎ。そんで噛み過ぎ。顔引きつり過ぎ」ちょっと、エリオット!後ろから小声でため息つかないで?!


「「「エレナ様は何をしているんだろう……?」」」

 どうやら私の急な悪役令嬢路線に使用人たちはポカンとしているようだ。みんな不思議そうに首を傾げている。おっかしいなぁ。ここで使用人たちから非難の声が上がると思ったのに、これじゃジェンキンスが引っかからな「きっさまぁぁぁ!!」よし、引っかかったぁ!

「あら、どうかいたしましました?(噛んだ)」

「きさまは、自分が何を言っているのかわかってるのか?!人間を金で買っておもちゃにしようなんて、彼女を……ミリーナをどうするつもりだ!?」

「どうするもなにも……私が買ったんですから、どうしようとジェンキンスお兄様には関係ありませんわ。彼女の親とは話をつけてますし、婚約者がいたようですけれどまだ婚姻はしていないのですから侯爵家の力を持ってすればどうとでもできますもの。侯爵家の全ての決定権は私……。お兄様が口出すことではありませんわ。

 ふふふ、それとも婚約者とは解消ではなく婚約破棄させ男爵家とも絶縁。ついでに聖女の称号も剥奪してみようかしら?それからえーと……」

 悪女っぽい台詞も慣れたのかやっと噛まなくなってきたわ。あ、後ろでミリーナさんが立ち眩みを起こしてる……ほら、椅子に座ってお水飲んで……え、気持ち悪い?誰かエチケット袋を「おねーさま、僕がやるからそっちそっち」いやぁ、匿っている間はちょくちょく悪阻の介抱をしていたからなんか心配になっちゃって……頼んだわよ、エリオット!

「あ、そうそう。それで(借金を)無一文にして町外れの小屋(一軒家)にでも放り込むのも一興ですわね?全て(しがらみ)を無くしたらミリーナさんにどんな価値が残るのかしら?」

 おっと、何かを察し始めた使用人たちの何人かがこっちに来たと思ったらミリーナさんのお世話をしだしたわ。みんなにこんなに心配されるなんてさすが聖女ね!

「……いくらだ」

「何がですか?」

「ミリーナを買った金はいくらだと聞いている!俺が……俺がお前からミリーナを取り戻す!!」

 大興奮のジェンキンスに作戦の成功の予感がする。その横で冷たい視線を向けてくるルーファスが気にはなるが今は無視しよう。

「そうですわねぇ……。ジェンキンスお兄様が、侯爵家の相続権を全て放棄した位……かしら?」

「なっ!」

「もうわかってらっしゃると思うけれど、私はジェンキンスお兄様が邪魔なんです。あなたを伴侶に選ぶつもりはないし、寝首をかかれるのもごめんですもの。ですから、ジェンキンスお兄様の全てと交換なら、ミリーナさんを解放してあげてもよろしくてよ?」

 ジェンキンスが私の後方に視線を動かす。そこには使用人たちに介抱されているミリーナさんがいた。顔色を真っ青にして(悪阻で)ぐったりしたミリーナさんは今にも散ってしまいそうなほど儚げに見えた。そんなミリーナさんがジェンキンスを見てポロッと涙を零した。

「……ジェンキンス様……」

「ミリーナ…………」

 ほんの一瞬、ふたりの視線が重なり……その後、ジェンキンスは私に頭を下げたのだった。


「……俺は全てを放棄する。だから、ミリーナを解放してくれ……いや、解放して下さい!」

 あのプライドの塊でヘタレなドSのジェンキンスが頭を下げるなんて、それほどにミリーナさんへの想いは本物だったのだろう。いや、もっと早く決断していればミリーナさんをここまで追い詰めることもなかったのにやっぱり最低な男だと思う。でも……ミリーナさんの笑顔を見たらこれでよかったのだとも思えたのだ。










***








 その後、ジェンキンスはサインした書類を私に突き付けてきた。

「俺はこれから平民となる。これでお前の思惑ど「はい、じゃあ次はこっちにサインして!それから結婚式の準備と引っ越しもしなきゃ!忙しくなるわよ~っ」は?」

 あれからミリーナさんが自分の子を妊娠していると知ったジェンキンスはミリーナさんに結婚を申し込んだ。何もないただの男になるが、それでもいいかと。ミリーナさんの返事は聞かずともわかるだろう。どうやらジェンキンスは平民になってどこか田舎にいこうと思っていたようだがそうは問屋がおろさないのよ!

「これからジェンキンスには、メルキューレ侯爵家の分家の伯爵になってもらって領地を管理してもらうからよろしくね!あ、結婚式だけどミリーナさんには悪阻が落ち着いてからって伝えてあるからそれでいいわよね?その頃にはお腹が大きくなってて大変だろうけど、新しい伯爵夫妻のお披露目はしとかないといけないし……」

「ちょ、ちょっと待て!一体なにがなんだか……」

「あら、ジェンキンスお兄様ったら知らないの?お金で権力は潰せるけど、権力はお金で買えるのよ?」

 私がいじわるくにっこりと笑うと、ジェンキンスは未だに混乱した顔でその場にヘナヘナと座り込んだのだった。




 まず、私は男爵を説得しミリーナさんとカリスロ伯爵の婚約を白紙に戻すことにした。元々は借金の肩代わりのせいなので、カリスロ伯爵には肩代わりしてもらった金額にさらに上乗せして、ついでにエリオットの名前もちらつかせて(脅して)みたら案外すんなりと了承を得られたのだ。もっとごねるかと思ったけど、やっぱりエリオット効果?がすごかった。侯爵家の三男坊ってなんかすごいんだわ!

 それから爵位がお金で買えるとわかったので、伯爵位を購入。カリスロ伯爵がもしもなにか言ってきた時に下の爵位だと向こうが権力を振りかざしてくる可能性があるからだ。本当はもっと上の爵位が良かったんだけど、どうやらお金で買えるのは伯爵位までのようなので仕方がない。まぁ、メルキューレ侯爵家の分家扱いにしておけば立場上はこっちのほうが上になるだろう。実際親戚になるしね!

 そして、ミリーナさんにはそのまま聖女としてジェンキンスと結婚してもらうことにした。世間体には「孤児院出身の侯爵家の養女は聖女に異様な執着を持っていて、その聖女を取り込むために次男に政略結婚させた」という呈だ。これでジェンキンスとミリーナさんの結婚にいちゃもんをつけてくる奴らは侯爵家の私にケンカを売ることになるからだ。多少は牽制になるはずである。

 ふふふ、なんかヒロインというより悪役令嬢っぽい感じになったけどこっちのほうが性に合ってる気がするわ。

「おねーさま、お疲れ様。侍女たちがお茶とお菓子を持ってきてくれたよ。……ジェンキンスのやつ、なんかフラフラしながら出ていったけどなにショック受けてるんだか」

「あら、エリオット。ちょうど休憩したかったから嬉しいわ!うーん、気が抜けたんじゃない?どうやら本当に平民になって農作業する覚悟だったみたいよ?

 あ、私の好きなお茶だわ!……それにしても、もしかしたら使用人たちに嫌われるかもしれないって覚悟はしてたんだけど……」

 侍女から受け取ったお茶セットを準備しながら、エリオットが肩を竦めた。

「あれだけ聖女様に感謝されてるのみて、誰が誤解するってのさ。というか、最初からジェンキンス以外は誰も誤解なんかしてないよ。あんな下手くそな演技だったし……」

「ひ、酷い!そりゃちょっと噛んじゃったけど頑張ったのよ?!」

 あの後、リヒトには「お金の使い道はエレナ様の自由ですが、これだけの高額ならば事前にご相談して欲しかったところですね。事後処理はもちろんご自分でなさって下さいね?」なんて笑顔で嫌味を言われて山盛りの書類の処理に追われてるのに!

「ごめんごめん……。でも「ん?」なんでもないよ。ほら、お菓子食べよ!あーんして?」

 開きかけた口にお菓子を放り込まれなんだかうやむやにされてしまった気分だが、まぁ、お菓子が美味しいからいっか。








「……ヒロインが、おねーさまでよかったって思ったよ」



 エリオットがなにかポツリと呟いたが、新たな書類とにらめっこしていた私の耳にはその言葉は届いていなかったのだった。






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