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〈28〉それは、最も残酷な秘密

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 それは、王家が最も隠したがっている公然の秘密。


 今から遡ること17年前、この国にはひとりの王子がいた。名前はサリヴァン。歳は13歳になったばかりだ。金髪緑眼の美しい少年で手腕もあったがどうにも性格に難があった。自分が気に入ったモノはどんなことをしても手に入れたがる癖があり、それを邪魔されると酷く癇癪を起こすのだ。正妃の子だからと多少は許されていたがそれでも周りの大人が眉を顰めるような事を平然としてしまう彼を王太子にと推し進めるには躊躇する者も少なくなかった。

 それに王子はもうひとりいる。3歳違いの弟王子は側妃の子だ。穏やかな性格でわがままなどほとんど言わない。成績も優秀だ。しかし、“国を治めるには優しすぎる”。“国王となるには多少の傲慢さは必要だ”。“やはり血筋を太切にするべきだ”。と、第一王子を推す派閥が訴えたために第二王子を推す派閥との争いは絶えなかった。

 そこでどうしてもサリヴァンを王太子にしたかった王妃はサリヴァンの後ろ盾にするために、この国の貴族の中でもかなりの力を持つラファエ公爵の娘をサリヴァンの婚約者にすることにしたのだ。

 それが、ユリアーナ・ラファエ。ラファエ公爵家の令嬢で……産まれたばかりの赤ん坊だった。

 婚約者として初めて顔を合わせた時、彼女は母親の腕に抱かれスヤスヤと眠っていた。自分がこれからどんな運命に翻弄されるかも知らずに。

 眠るユリアーナを抱いた母親……それが父であるラファエ公爵が急死したことによりラファエ公爵家の後継者として弱冠19歳で女公爵となったエリアーナ・ラファエだ。エリアーナは公爵家を守る為に公爵の名を継ぎ、幼馴染みに婿に来てもらい翌年ユリアーナを産んだ。赤みを帯びたふんわりとした長い茶髪と、同じく赤茶の瞳をしたまだ幼さの陰を残す彼女は妊娠出産を経たとは思えない魅力を持っていた。ユリアーナも母親にそっくりでとても可愛らしく、きっと将来の姿がこのエリアーナなのだろうと想像できた。



「お初にお目にかかります。王子殿下」


「……へぇ」



 エリアーナはその時、サリヴァンがどんな欲を含めた目で自分を見ていたかなんて考えもしなかった。ただ自分の娘が王族の婚約者に選ばれた喜びと将来のことを心配していたのだ。だから、サリヴァンから不躾に呼び出されても理由をつけては体に触られても相手はまだ子供で思春期の少年だからと。彼だって赤ん坊を婚約者だと言われてどう接していいか悩んでいるのだろうと心配していた。だから、姉のように母のように接していれば、いつか娘も受け入れられるだろうと……。


 あの日、あんな事が起こるまでは。




 その日、いつものようにサリヴァンに呼び出されたエリアーナとユリアーナがなかなか帰ってこなかった。しかし公爵家は夜の帳が下りきってからやっと捜索隊を出したのだ。なぜそんな時間になるまで心配すらしなかったのか。それは王宮に行っているのはわかっているのだからそのうち王子やその遣いから連絡が来るだろうと待っていたからだ。だが、エリアーナの夫であるラファエ公爵は自身の判断を後悔するはめになる。

 翌朝エリアーナは発見された。

 長かった髪は千切られたかのよう無惨に切られ、身につけていたドレスもズタズタに切り裂かれていた。強いショックを受けたのか視線は定まらず、ブツブツと何かを呟いている。そして腕の中で泣く赤ん坊を必死に抱きしめて離そうとせず、ユリアーナの無事を確認するために無理矢理取り上げると奇声を上げて暴れたのだ。

「お願い返して!わたくしの子供を返して!!なんでもするからこれ以上傷付けないでぇ!!」

 そう叫ぶエリアーナをなんとか押さえつけて薬で眠らせ、公爵家に戻ったものの……医者の診断は残酷なものだった。


 エリアーナは体を暴かれ乱暴されていた。そしてユリアーナもその背中に赤ん坊の柔肌には酷すぎるような傷痕があり、命に別状はないもののその傷は完全に治るかはわからないと言われてしまう。

 ふたりを傷付けた犯人はすぐに発覚した。なぜならばその本人が自ら吹聴していたからだ。だが、その犯人は簡単には罰することの出来ない相手だった。

 第一王子であるサリヴァンその人が「女公爵はなかなか良い体をしていたぞ。娘の代わりに相手をしろと言ったら生意気にも俺を叱ってきたんだ。まぁ、ムカついたからちょっと激しくしてやったら良い声を出したがな」と自慢気に触れ回っていたのだ。それはまるで少年の武勇伝のように笑い話にされてしまっていた。エリアーナがショックで寝込んでしまい表に出てこれなかったせいもあっただろうが、王妃がサリヴァンを庇うようにエリアーナの有りもしない悪い噂を流したせいで周りからは「子供相手に本気で抵抗しなかった女が悪い」「我が子の婚約者に手を出すなどとんでもない母親だ」「サリヴァン王子を手玉に取ろうとした悪女。それでも子供には罪はないと娘との婚約は破棄しないとは、サリヴァン王子は心が広いな」と逆に責められてしまう始末だ。ちょうどその頃、弟王子が病で臥せっていたせいもあり第一王子派閥がサリヴァンと王妃のご機嫌を取るためにさらに嘘の噂を広めたのだとすぐに察した。

 そして、数ヶ月後。エリアーナは妊娠したことがわかると「産みたくない」と叫び続けた。だが子供は育ち……かなりの早産でエリアーナそっくりの男の子が産まれたのだ。この子供の父親が誰かはわかっているがそれを責めることは出来無いし子供に罪はないと、その子供に“エリオット”と名付け公爵家で育てようとした矢先ーーーー。



 エリアーナが自害をした。



 耐えきれなくなったラファエ公爵はせめて婚約を白紙に戻してくれと王家に願ったがその願いは聞き入れられず、さらには「母親が王家に泥を塗ったのだから、娘には責任を取らせて必ずサリヴァンの後ろ盾として結婚させなさい。それに、今からキズモノの体だと聞いたわ。サリヴァンと結婚してあの子を王太子にしないのならば、娘は二度と世間に出れないようにしてやるし公爵家に関わる者たちも公爵領の平民たちもみんな斬首刑にしてやるから」と王妃に脅された。

 愛しい妻を亡くし、可愛い我が子は人質同然にあんな王子に嫁がせねばならない。唯一残ったのはその妻を死に追いやった元凶の赤ん坊だけ。せめてエリオットがあの男に似ていたのならまだ恨めるのに、娘と同じく妻に瓜二つのエリオットを憎み切る事も出来なかった。だが、愛することも出来なかったのだ。

 しばらくしてエリオットは公爵家の親戚に預けられ、まるで腫れ物に触るかのような扱いをされて育つことになる。もしかしたら本当に王族の血を引いているかもしれない存在。血筋だけみれば王太子とラファエ女公爵の由緒正しき唯一の存在なのだ。だが、誰もその存在を祝福はしてくれなかった。もちろんこれまで王家がエリオットの存在を認める事も否定する事もなかったせいもあり、もしもの事を考えれば扱い方に困るのも致し方ないだろう。

 しかしいつ頃からかエリオットの言動が奇妙なものに変わった。自分の性別を間違えるような事があったり「ヒロインが、ヤンデレが」と訳の分からないことを言いながら怯えたりしだしたせいでみんなが「血が狂ったのでは」「呪われている」とエリオットに関わるのを嫌がりだしたのだ。そしてだんだんとエリオットが孤独を感じ始めた頃……唯一心を許していた乳母代わりの人間が「いつまで世話をしなくてはいけないのかしら。あんな子、生まれてこなければよかったのに」と言っていたのを聞いてしまった事が決定打となった。

 そしてエリオットは全てを悟ったように心を閉ざしたのだった。






 ***







「……その頃にはすっかりひねくれちゃっててさ。追い出すようにメルキューレ侯爵家に養子に出された時も、もし本当にヒロインがやって来てもエリオットルートさえ選ばせなければなんとかなるって思ってたんだ。それに他の攻略対象者の弱味を握ってヒロインを押し付けてやるとか。エリオットルートにさえならなければ裏設定が生かされることもないはずだし平和に生活出来るはずだって……。

 でも……ヒロインがエリオットルートを選んで何度か選択肢を進むと突然王家がエリオットを取り戻そうとするルートになるんだ。それにヒロインが巻き込まれるんだけど……バッドエンドなんだ……。さっきの王家からの招待状、あれが合図なんだよ……。

 ……王太子は最低の女好きで、でも現婚約者のユリアーナは母親の事を知って王太子を恨んでいて結婚を嫌がり体にも指一本触らせていないんだ。王太子にはなれたけれど公爵家との間に子供を作ることが国王になる条件だから王太子はこのままでは国王になれずいずれ失脚する。しかもユリアーナが弟王子と密かに想い合っているって知り焦ったんだろうね。もしこのままユリアーナに拒み続けられたら、いくら王妃が脅してきてたって国王陛下も弟王子とユリアーナを再婚約させようと考えるかもしれないから。王命なら王妃だって公爵家に手を出せない。弟王子は病弱だけどサリヴァンより信頼が厚いし、王太子が最低なのは周知の事実だもの。そこで僕の存在を思い出した。すでに自分には公爵家との間に出来た子供がいると発表して国王になる気なのさ。すっかり忘れてたくせに都合良く利用して、ついでにメルキューレ侯爵家の女侯爵を手に入れようとか……ほんとに反吐が出るよ」

「エリオット……」

「このままじゃ、無理矢理王家に連れ戻されてエリオットは監禁生活。ヒロインは王太子の慰み者。病んだエリオットは逃げ出した先で王太子とヒロインがそうゆう関係になってる場面に遭遇して……逆上したエリオットがヒロインを刺し殺して終わり。ね、すんごいバッドエンドでしょ?まさか、自分の手で1番嫌なエンドを引き当てちゃうなんて……ほんと、僕ってバカだよね……」

 無理に笑おうとしたのか、エリオットの顔が引きつる。だが体の震えは止まっていない。

「そんなバッドエンドがあったなんて……。でも自分で引き当てたって、そんなことないわよ!きっとこれもゲームの強制力のせ「ううん、僕のせいなんだ」え、なんで……」

「このルートはね、特殊なんだよ。だからこのルートにだけは絶対にいかないって自信あったんだ。だって……エリオットの王家ルートは、エリオットが純粋にヒロインに好意を寄せた時にだけ起こるんだ。ヒロインなんか好きになるはずないって思ってたのにーーーー僕が……おねーさまの事を好きになっちゃったから。……だから、僕のせいなんだよ」

 ポロッと、エリオットの瞳から涙が溢れる。怯えた顔で笑おうとしてもそれが笑顔になることはなかった。

「どうしよう……。怖いよ、おねーさま。だってまさか、恋愛の好きじゃなくても発動するなんて思わなくて……おねーさまのこと大好きなのに、僕のせいでおねーさままで巻き込んじゃう……!監禁されるのも、おねーさまを殺しちゃうのも嫌だよ……!」

 そうして泣き崩れたエリオットを、私はそっと抱きしめるしか出来なかった……。









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