内緒にしていた視線の先にいる人。

羽月☆

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8 その失敗の結果を何と呼べばいいんでしょうか?

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次の日は買い物に行った。
お母さんも一緒に出かけて、一緒にご飯も食べた。

お母さんの大学生の頃の話を聞いたけど、きっと全然違うって言われた。
同じ大学に行く子がいないから友達は一から作り直す。
それはちょっとドキドキだ。

まだまだ先のことをしっかり決めれてるわけじゃない。
何がしたいのか、全然特技もないし、何が出来るかもわからない。

従兄弟の話をお母さんが教えてくれる。
漠然と会社員になりたいというだけじゃ済まないとは分かってる。

色んな仕事が世の中にはある。
好きを仕事にしても大変なことはあるらしい。
楽には生きて行けない。
『だから一緒に生きて行きたい人を探すのよ。』そう言われた。
お母さんにとってはそれがお父さんだったらしい。


瞳ちゃんもデートをしてるんだろうか?
あの子が春休みになったら、きっと色んなところに出かけるんだろう。
たくさん約束をして、たくさんの時間を一緒に過ごして。

ゆめちゃんもそうしたいと思ってただろう・・・・・・森友君と。
せめて遠くに行くまで、大切な思い出を作りたいって。
本当は草次郎と散歩してたのはゆめちゃんだったかもしれない。
そんな想像も思ったより簡単だった。

優しい笑顔の一人と一匹の隣だから・・・・・。


約束の日、もちろんいい天気だった。
前の日にも森友君から連絡があった。

『明日も晴れそうです。この間より一時間くらい早い時間だったら余裕かな?』

『天気はいいみたいだね。まっすぐお店に行けば余裕だよね。』

『一応その予定で、同じ場所で待ち合わせでもいいよね。』

『了解です。楽しみにしてる。』

『楽しみです。また明日の朝連絡します。』




そして約束通りと確認し合い出かけた。


「おはよう、森友君、草次郎。」

草次郎が覚えてくれたのか、立ち上がって鼻を伸ばしてくれた。
その顎と頭を撫でてあげる。

「じゃあ、行こうか。」

「うん、今日もよろしくね。」

草次郎にそう言って歩き出した。



昨日お母さんと買い物に行ったこと、将来のことを話したと言った。


「森友君は何になりたいの?」

「僕もぼんやりとしか決められてない。」

「委員長は決めてるのかな?」

「うん、きちんと決めてた。小さい頃から変わってないんだよ。」

「そうなの?さすがだね。」


「昨日会ってたんだ。」

「そうなんだ。毎日何してるのかな?」

「ゲームしてるみたい。ずっと一日1時間で我慢してたから、今思いっきりやっていいって言われてるみたい。ほとんど部屋から動かないって。」

「そうなんだ。」

そんなイメージはない。
でも委員長でもやっぱり何かを犠牲にして受験に向き合ったらしい。

さすがに早く着いて、ほとんど最初の数組目でレストランに入れた。
二種類を分け合うのは昨日と同じ。

「上手に分けれるかな?」

もともとお肉が分厚いし、野菜もふんわりとしていて、長いピックが刺さっている。
一番上のバンズは乗せられることなく横に置かれてる。

きれいに半分にするのは難しいので下のバンズからお肉を下ろして、半分にして交換するだけにした。

「美味しそうだね。」

笑顔で言い合う。
なんだか自然に笑顔になる。
 
昨日ゆめちゃんがこの場所にいたかもしれないって思ったのに、自然に、当たり前に、楽しんでいる自分。


「どうしたの?」

「ううん、すごくお腹いっぱいになりそうだなあって。」

「春休み、ゴロゴロしてたら本当に怠けそうだよね。」

「うん、太りそう。草次郎と毎日散歩しようかな。」

冗談でそう言ったら、森友君がビックリした。

「冗談です。」

小さく言った。

「大歓迎だよね、草次郎。」

そう言われたけど、草次郎はさっきから前足に顎を置いて休憩中だった。
お水も飲んで、おやつもカリカリ音を立てて食べて、満足したらしい。

だいたい毎日って、何でって、おかしいよね。


一口の大きさに切りながらのハンバーガーは結構時間がかかった。
作るのも大変だし、食べるのも大変だし。
やっぱりお昼には並んでる人がいて、がっかりしながら帰って行く人もいた。

お腹いっぱいで動けない・・・・・。


食べ終わってもそのまま席で話をしながら。


さすがに外の人の視線が気になり、お店を出て、背伸びをした。

この間は写真を撮ったけど、今日は一枚も撮ってない。

「ねえ、そういえばお母さんが草次郎の笑顔を見て可愛いって、癒されるねって言ってた。」

「ありがとう。撮ったのが汐さんだったからじゃないの?」


「あ、違う写真。私と草次郎の写真を見せたの。」


「じゃあ、僕が撮ったやつだ。」

「そう。」



「ねえ、委員長は私が草次郎の散歩に付き合ってるって知ってるの?」

そう聞いたら、ぼんやりとした顔を返された。

「どうして?」

「教えたのかなって思っただけ。この間残念だったって連絡が来た時には何も書かれてなかったから。」


「知ってるよ。教えたよ。この間と、今日も一緒に散歩をしてる事。」

「そうなんだ。」

「教えない方が良かった?」

「別にいいよ。」

「そうだよね。」

「うん。」


「帰る?」

「ちょっと草次郎をお願いしていい?トイレに行って来ていい?」

「うん、待ってる。」

リードを渡されたので、しっかり握って草次郎を預かった。別に気にしてない草次郎。
お座りをしたまま他の犬を見ている。

その横に座りこんだ。

「草次郎、毎日いい運動だね。春休みは長いよ。森友君と毎日一緒なんだね。」

春休みじゃなくても一緒だろうけど。
バイトを始めるまでは、高校よりは一緒にいる時間は長いかもしれない。
どうだろう。

ぽんぽんと頭を撫でて立ち上がった。

本当に犬を連れた人が多い。
ペットを飼えるマンションがあるんだろうか?
散歩もしやすいし、お店にも困らないし。


リリーは家から出たことはない。
それは当たり前だ。
ずっと部屋の中の水槽の中だ。

安全で安心で、代わりに退屈かもしれない。
どうなんだろう?
時々間延びした水越しのお父さんの顔が見えて、そのあと餌をもらえるって覚えてると思う。



草次郎にはどう見えてるんだろう?

色もあんまりはっきり識別できないと聞く。
草次郎は匂いで覚えてくれるかもしれない。
この間会った人ですねって、この先どこかですれ違っても、あの時の人ですねって覚えてくれてるんだろうか?

リードを持ってぼんやりして、草次郎を見下ろしていた。

後ろから草次郎の名前が呼ばれた。
もちろん呼んだのは森友君だった。

すぐに振り向いた草次郎が嬉しそうに走り出した。

真後ろにリードが伸びて、ぼんやりしてた私は動きについていけなかった。
そのまま引っ張られてよろめいた時に、足を変な風にひねったらしい。

痛い。

そう思った時にはリードを手放していた。

草次郎はもちろん森友君のところに駆けて行って、直ぐにリードは握られた。

でも私は立ち上がれなかった。

転んだ私を心配して走ってきてくれたのは森友君で、草次郎も当然ついてきた。


「汐さん、大丈夫?」

大丈夫と言いたいけど、立てない。
足が痛くて、そこから手を離せないし。

しゃがみこんだ森友君が心配してるのも分かる。
そして当然草次郎を怒った。

「ごめんね、僕がいきなり声をかけたから。」

「草次郎、一緒に謝って。」

そう言われても二人とも悪くない。
ぼんやりしてたのは私だから。

「ううん、ごめんね。お腹いっぱいでぼんやりしてたから、反応が遅れたの。」

「ううん、僕が悪いんだよ。」

「ごめんね、頼まれてたのに、リードを離しちゃった。」

「そんなのいいよ。足を捻挫した?立てる?歩けないよね。」

手を掴まれて、一緒に立ち上がった。
それでもちゃんと足をつけない。
片方上げたまま。
当然歩いて帰るなんて無理、電車でも無理なくらい。

お母さんに迎えに来てもらうしかない。

「ごめん、とりあえずタクシーを呼ぶから。草次郎がいるから僕は一緒に乗れないけど、急いで家に帰って、草次郎を家に連れて帰って、ちゃんと謝りに行く。ごめんね。」


そう言って走ってタクシーを止めに行ってくれたみたい。

何とかならないかと一度足をつけてみたけど、痛かった。
涙が出そうなくらい痛い。

どうしよう。タクシーで帰る?
お母さんも心配する。
シップを買って来てもらえば大丈夫だろうか?


森友君が帰ってきてくれた。
おんぶをすると言われたけどさすがに無理だと思う。
近くにいた大人の人が手伝ってくれて、森友君の肩も借りて、タクシーまでたどり着いた。

森友君がお金を渡してくれて、運転手さんに住所を聞かれて、そのままドアを閉められた。

「ごめんね。後で行くから。ごめんね。」

歩きながらも謝られた。
大丈夫だと何度も言ったのに。
全然大丈夫じゃないのは明らかだけど。


タクシーの中では痛みを我慢しなかった。

携帯でお母さんに電話した。
病院に行った方がいいと言われて、近くの病院で待ち合わせをした。
タクシーの運転手さんもすぐに了解してくれた。

「大丈夫?」

「・・・・はい。」

「友達が泣きそうだったよ。犬を連れて呼ばれたからなんだろうって思ったけど。必死で頼まれたよ。」

「はい。」
そうだろう。

だってあんなに離れて名前を呼ばなければ草次郎だって大人しく座って待ってたのに。
でもそう言っても仕方ない。
悲しいけど春休みは自宅にじっとしてることになりそうだ。
自分の部屋に行くのも疲れそう。

どのくらいで痛みが引くのだろうか?

友達と遠出しようと言っていた約束も無理だろう。
同じペースで歩くなんて絶対無理で、皆にずっと気を遣わせる。

病院で先生に聞いた後にすぐに連絡しよう。
日にちは私が治るまでは待てない。

引っ越しする子の予定に合わせてる。
そんなに暇な訳じゃないだろう。

しょうがない、しょうがないから、諦める。

きっと成人式の時には懐かしい昔話になるだろう。
そう思って、残念だけど諦めよう。

せめて入学式には何とか歩けるようになりたい。
シップ臭くてもいいから、何とか間に合わせたい。


「この辺りかな?」



運転手さんに聞かれた。

「すみません、そうです。その少し先、信号のちょっとだけ先です。」

料金メーターを見た。
三千円かかっていた。
森友君がたくさんお金を渡していたのを見てたし、おつりは私にって言ってた。


運転手さんがレシートとおつりを渡してくれた。
お礼を言って、タクシーから降りた。

名前を呼ばれて振り向いた。
お母さんも丁度着いたところだった。
肩を借りて病院に入った。

レントゲンを撮って、骨は大丈夫、軽い捻挫だとは言われた。

「大体痛いのは2週間くらいだね。その内腫れも引くから。しばらくはシップしてて。3日くらい経ったら冷やすより温めた方が直りが早いよ。」

そう言われてシップをたくさん出すと言われた。
ずっしりと袋に入ったシップをお母さんがもらって来てくれる間、一人で車で待っていた。
足を踏み外したとしか言ってない。



携帯に森友君から電話が来た。

『汐さん、本当にごめんなさい。どう?大丈夫?』

「うん、病院で見てもらった。軽い捻挫だって。お母さんが薬局でシップをもらってくる予定。大丈夫だよ。」

明るい声を出した。
すごく申し訳ないって顔が思い浮かぶ。
ワザとじゃないんだし。

『汐さん、慎之介の母です。この度は申し訳ありませんでした。せっかく草次郎の散歩に付き合ってくれたのに、怪我をさせてしまって。』

いきなりお母さんに代わってビックリした。

「あの、大丈夫です。私がぼんやりしてたからです。全然森友君は悪くないです。」

そう言った。

ドアの音がして、お母さんが帰って来た。

「美波、お待たせ。」

その声は森友君のお母さんにも聞こえただろう。

『申し訳ないですが、お母さんにもお詫びをさせていただいてもいいですか?』


「一緒に散歩してた友達のお母さんがお詫びしたいって。詳しくは家に帰ってから話をするから。」

お母さんにそう説明して、電話を代わった。

ビックリしただろう。
まず男の子と一緒に犬の散歩をしていたことに。
『怪我をさせてしまった。』そう言われて、よく分からないけど原因があるんだと言うことに。
勝手に踏み外したと言ったから、カルテにもそう書かれたと思う。

よく分からないって目で見られ、謝罪の言葉には『いえ、いえ、大丈夫です。』そう言って繰り返していたお母さん。

「はい。」

そう言って携帯を返された。
切れたのかと思ったけど、森友君の声がした。

『汐さん、ごめんなさい。今からちゃんとご家族に謝罪に行きます。住所を教えてもらってもいいですか?』

「そんな大丈夫だよ。」

『ううん、やっぱり怪我をしたから。せっかくの春休みなのに。ちゃんと謝らせてください。』

「ちょっと待って。」

お母さんにそう言った。
お母さんはきっと森友君のお母さんに聞いてたんだろう。
うなずかれた。

「大丈夫なのに・・・・・。」口パクでそう言った。

「そうしてもらいなさい。」

小さく言われた。

「本当に大丈夫だよ。元気だよ。でも森友君がそう言うならって、住所送るから。」

『ありがとう。面倒をかけます。1時間後に伺います。』

凄い丁寧な言葉だった。

「大丈夫だからね。」

最後にそう言ったけど、ずっと謝られた。


電話を切ってお母さんを見た。

「とりあえず帰りましょう。」

「はい。ごめんなさい。」

「大丈夫なんでしょう?」


そう言われた。


なんだか大事になったみたいだけど。
携帯で住所を送った。近くのコンビニも教えた。目印になる。

そして友達には連絡をした。

『ごめんなさい。足を捻挫して2週間は外に出れそうにないの。全然足をつけないから、約束楽しみにしてたのに、本当にごめんなさい。』

すぐに皆から心配するメッセージが届いた。
自分のドジで捻挫したと言った。
入学式には間に合うらしいとも書いた。

後は個人的にお別れが言えない子に連絡した。
その二人の内、一人はゆめちゃんだった。

なんだか・・・・罰が当たったのかもしれない・・・そう思ったりもした。

心の中で別な意味の『ごめんね』を付け加えて謝った。
それでも連休とか夏休みに帰ってきたら連絡するって約束をした。

『その時はみんなで会えるのを楽しみにしてる。』

そう返事した。



家に戻って、やっぱりお母さんの肩を借りながら玄関までたどり着いた。

家に上がる前にパンパンと服の汚れをもう一度払った。
芝生の上だったけど、少し汚れていた。
散歩用の恰好でジーンズだからいい。

「着替えを持ってくる?」

「うん、適当に楽な・・・、ううん、いい。このままでいい。」


スカートからシップが見えてるのも申し訳ない。
このままだったらスリッパを履けばそんなに、足元が隠れるくらいの方がいい。

リビングのソファでシップを貼った。
赤く腫れあがり、一部は既に青くなってる。
本当に一週間で足がつけるようになるんだろうか?

小さな保冷剤をもらって、足にはりつけた。

冷たい。でも気持ちいい。
やっぱり痛い。
森友君が来ても玄関に行けない。

お母さんが横に来て座った。

さあ、話しなさい、と目が言ってる。


「クラスの友達の一人。この間の委員長に誘われた食事の時に犬の話になって散歩に付き合って、この間美味しそうって言ったお店に入れなかったから、今日また行くことにしたの。トイレに行く間リードを頼まれてたのに、ぼんやりしてて。名前を呼ばれて振り返った草次郎が急に森友君の方に走って行ったのに私がついて行けなくて、転んだの。」

「そう。しょうがないわね。わざとじゃないんだし。」



「怪我をさせたと聞いて、喧嘩したのかと一瞬思ったけど、そんなんじゃなければいいわ。」

「当たり前だよ。そんなことしないよ。」


「さてと、お菓子の準備でもして待ちましょうか。どんな子か楽しみだこと。」

「お母さん、友達だよ。委員長と仲良しなの。」

「委員長は一緒じゃなかったの?」

「うん、受験までゲームを我慢してたから、今はずっとゲームしてるって言ってたよ。」

「そう。しばらくはリリーを可愛がりなさい。よそ様の犬ばっかり可愛がるからよ。」

「そんな・・・・、お母さんだって癒されるって言ったじゃない。」

「それはそれよ。それに昨日買い物しておいてよかったわね。他に準備するものはあるの?」

「今は別に思いつかない。」

「じゃあ、怪我が治ったら快気祝いでも一緒にしたら?」

「誰と?」


「草次郎と飼い主と。」

「なんで・・・・・。」

そう思ったけど、そう言う風に言われそうな気もしてきた。
元気なふりしても一緒に出掛けられない以上歩けないってバレちゃうし。
その間ずっと申し訳ないって思うかもしれない。

「なんだか逆に森友君に悪いことしたかもしれない。」

「その辺は二人で考えなさい。」

どう考えても心配されるのは一緒だと思う。
後は早くよくなるように祈るのみだ。
少しでも春休みを楽しみたいし。


携帯にもうすぐ着きますと連絡があった。
お母さんに伝えた。

玄関でピンポーンと音がした。

当然私は動けず。

お母さんの声が玄関でして、大人の声と森友君の声がした。

二人に上がってもらって、リビングに来てもらった。
私は場所を移動して、ソファの隅にいた。


入って来た二人が私を見て深くお辞儀をした。

「大丈夫です。」

もう何度目かのやり取り。

「座ってください。と言っても、ちょっと狭いですが。美波はこっちの椅子に。」

そう言われたけど、森友君に遮られて、その小さな椅子に座ったのは森友君だった。

「本当にすみませんでした。僕の不注意です。春休みを台無しにして申し訳ないです。」

「本当に申し訳ありませんでした。」

森友君のお母さんにも謝罪された。

「まあ、これで最後にしましょう。元気になったら美波に美味しいケーキをご馳走してください。」

お母さんが本当に森友君に言った。
私がたしなめるより先に森友君が元気に返事した。

「あ、タクシーのお金・・・・。」

指で自分のバッグを指してお母さんに取ってもらう。

「あれで足りたかな?」

「もちろん。おつりが来たし、運転手さんがいい人だったから。」

「良かった。」

「おつりももちろん返してもらわなくても大丈夫です。これは病院代とお見舞いです。ぜんぜんお金で解決できることじゃないですけど。」

森友君のお母さんが封筒をテーブルに置いた。

「そんな、シップをもらったくらいです。」

「骨折してないって聞いて安心しました。レントゲンも撮られましたか。」

「はい。大丈夫です。」

「じゃあ、やっぱり病院代もかかりましたよね。本当に受け取ってください。」

お母さんが先に答えた。

「じゃあ、これはお預かりします。二週間して歩けないようだったら受け取ります。それより先に元気になったら、森友君とこれでご飯を食べに行って来ればいいわね。快気祝いよ。早く元気になりなさい、美波。」

「はい。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」

親子の声が続いた。
森友君が心配そうに見る目は変らない。

「困ったことがあったら、僕が手伝います。」

「大丈夫よ。しばらくは家事手伝いの料理担当です。」

ええ~、そんな事言ってないじゃん。
でも大きな声じゃ言えない。
一番動く範囲が少ない家事だろうか?
お風呂掃除で滑ったら大変だし、あとは無理かも。

「それでもさすがに退屈しそうだから、一日くらいここに遊びに来てくれたらいいのにね。」

「はい、いつでも大丈夫です。」

「冗談だよ、森友君。大丈夫。料理とアイロン係になるし。」

「そうね、お父さんのワイシャツのアイロンがけもしてもらおう。あら、お母さんは楽が出来そう。その内リハビリでいろいろできることも増えるしね。」

「お母さん。」

調子に乗り過ぎ。

「本当に、何でも言いつけてください。どうせ慎之介は暇な春休みです。」

「大丈夫です。」

手を振って断る。

「じゃあ、あんまり長居するのも迷惑だから、そろそろ。本当に申し訳なかったです。お大事にしてください。」

「はい。わざわざありがとうございました。じっとしてれば痛みもないくらいですので。すぐに良くなります。」

お母さんが言う。
そんな事言っても玄関まで見送るのは無理そうだった。

「ごめんね。」

森友君にまた謝られた。

「じゃあ、ここで失礼いたします。ゆっくり休んでください。」

森友君のお母さんに言われて、そのままお辞儀だけした。
代りにお母さんに見送りをしてもらった。

「森友君、じゃあ、大丈夫だから。今日は見送りが出来ないけど、またね。」

そう言って笑顔で手を振った。


玄関が閉まって、お母さんが戻って来た。
お茶を片付けて、お見舞いにもらったお菓子を持って来てくれた。

美味しそうなお菓子がたくさん入っていた。
森友君、だから太るってば・・・・。

それでも美味しそうでお母さんと一個づつ食べた。

「お母さん、お父さんには踏み外したことにしてもらっていい?」

「何を隠したいの?」

「何をって、森友君にちょっとだけ責任がある事。」

「隠し事はしない主義なの。ちゃんと話すから。」

そう言われた。

「はい。」

「いい子みたいじゃない。」

「うん、いい人だよ。」

「じゃあ、早く元気になるしかないでしょう。二人の春休みがかかってるんだから。」

「はい。」

スリッパから足を出してみた。
やっぱりまだ腫れてる。

お風呂は無理かもしれない。
本当に転んだら大変だから諦めた。

動かなければ痛くないというのは本当だった。
ただ、動くと痛い。
寝てる間にも自分で足を蹴ったり、布団が巻き付いたり、寝返りをしただけで痛みに飛び起きたり、本当に泣きそうだった。
眠れない。

朝、お尻で階段を降りた。
その後はつかまれば何とかなる。

「おはよう、お母さん、お父さん。」

「大丈夫だった?悲鳴が聞こえてたけど。」

「痛くて何度も目が覚めた。辛い。すごい色になってるし。」

「小さい頃は勝手に転んでもむっくり起きてたのに、大きくなると不便になるものなのよ。お母さんとお父さんなんて転んだら骨折するかもしれない。」

お母さんの慰め方が分からない。

「今日は家事は免除でいいわよ。」

「はい。」

「暇だったら勉強でもしたら?」

「何で?せっかく解放感を味わいたいのに。」

「英語は大学でもあるかもよ。苦手でしょう?せっかくのチャンスだから克服すればいいのに。」

まさか頷けない。
漫画を読んで過ごすからいい。

お父さんを見送って、歯磨きをして二階に上がった。
結局お尻で後ろ向きに上がることにした。

あ~あ。

お母さんが面白そうに下から見てた。

「懐かしい。小さいころ一人で上がる時にはそうやってたわよ。」

多分うっすら覚えてる。
小さいときはやっぱり一人じゃ怖くて。

二階に上がったお母さんを追いかけて一人で上がる時にこうしてたと思う。

随分な冒険だった。
今はちょっとした運動だ。

やっぱり『元気』って大切。
お母さんとお父さんも元気でいて欲しい。
まだまだ若いよね。

森友君のお母さんも同じくらいだったと思う。

そして早速森友君から連絡が来た。
そして委員長にも教えたらしい、一緒に散歩したことも教えてたけど、今回のことも原因から結末まで知られたと分かった。

『慎之介に聞いたけど、大丈夫?すごく心配してしょんぼりしてる。揶揄うのも可哀想になるくらい。少し用事を言いつけたら喜ぶかもしれないよ。遠慮はいらないから、欲しい本とかおやつとか、何でも欲しいものを言えば買って飛んでいくと思うよ。』

そう言われても、変です。

『大丈夫、痛みは少しくらい。大人しく勉強しろって言われてるけど、勿論する気はないので漫画三昧です。』


友達からも連絡が来た。一緒に出掛けられないなら行ける子だけでもお見舞いに行くよと言われた。
確かに毎日家の中じゃあ退屈で。
来てもらえるのはうれしい。
いつでもいい、そう言ったら皆で集まった次の日にお土産を持って行くと決まった。


お母さんに連絡した。

『良かったわね。その日はお母さんは出かけるから、リビングで楽しく過ごしなさい。』

家の中だと、それはそれで楽しそう。
外じゃ迷惑にならないように、うるさくならないように少しは気にするから。

森友君にも連絡した。

『友達が来てくれることになったの。この間たくさんいただいたお菓子は皆で食べさせてもらいます。ちょっとはもう減ってるけど。美味しかった、ありがとう。委員長からも連絡が来たよ。私の失敗を教えたんだね。』

あえてそう書いた。
もうこうなったらしょうがない。
あれは私の失敗ですからと思うしかない。

『明日お見舞いに行ってもいい?』

なんで?この間来たのに。

『欲しい物ない?アイスでもお菓子でも本でも何でも。』

『じゃあ、アイス。』

断っても気にするだろう。委員長の言うように買い物をしてもらおう。
アイスをブランド指定で頼んだ。

『一緒に食べよう。もちろん奢ります。あとお母さんの分もお願い。』

『分かった。でもお見舞いだから僕が払います。』


まあ、そう言うよね。

一階にいるお母さんに連絡した。

『明日森友君が来てくれるらしい。アイスを頼んだ。お母さんの分もあるよ。』

『図々しい子になって来てない?ついでに太りそうじゃない?』

『動けるようになったら大掃除しよう。手伝う。』

『はいはい。』



せめて夜は眠れるくらいに痛みが取れるといいのに。
寝る前に痛み止めを飲むことにしよう。

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