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10 春休みの思い出、草次郎にお礼が言いたいと思えたこと。

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午後、携帯をポケットに入れたまま、下でご飯を食べて、歯磨きしながらも髪をとかして、楽な服装でいいのか悩んで。

鏡越しにお母さんと目が合って笑われた。

昨日は痛み止めを飲まずに眠れた。
足の色は凄いけど、ちょっとづつ腫れも引いている。

良くなってる。


連絡が来て森友君が来た。

玄関まで迎えに行った。
だけどドアの鍵を開けるのに靴が履けず、結局お母さんが開けてくれた。

「お邪魔します。」

すぐに笑顔を見せてくれた後に、足を見られた。

「大分いいんだよ。腫れが少しいてるし、痛み止めも飲まなくても大丈夫になった。」

「良かった。でもまだまだだよね。」

「そうなの、一緒に散歩に送り出したいけど、まだまだ自宅からは出れないから、良かったら遊びに来てあげてね。じゃあ、お留守番よろしくね。」

そう言ったお母さんがバッグを持って出かけて行った。
どこまで行くんだろう?
スーパーにしてはバッグが普通のお出かけ用だった。

実は一人の時は外でランチしてたりする?
春休みだから私の世話で家にいるだけ?

ひょこひょことリビングに戻りながら、考えていた。

「お母さん、お出かけだったの?」

後ろから声がしてびっくりした。
つい、忘れていた。

「分からない。昨日も友達が来てる間は出かけてたから、どこか居心地がいい場所があるのかもしれない。」


「座って。あと飲み物は昨日の残りなんだけど、自分でお願いしてもいい?」

「うん、いただきます。」


お湯が静かにカップに注がれる音がする。


「ねえ、森友君、私はちゃんと返事をしたいと思って、だから来てもらったの。」

お湯を止めて、動きを止めた森友君。
満たされたカップからゆらりと湯気がのぼるのを見る。

「お母さんが素直になりなさいって。もうずっと一緒にいたから、いろんな言葉で言われた。」


「それに昨日みんなにも言われた。最後には伊那ちゃんがわざわざ戻ってきて言われたの。上手くいくよって。ゆめちゃんも知ってると思うって。」


返事をすると言いながら返事ではなかった、ただ周りから言われたことを並べただけだった。

「ずっと思ってたの。ゆめちゃんが望んだ隣にちゃっかり自分が居座って楽しんだから、だからケガしたんじゃないかって。森友君が好きな人がいるって言った時に、そうなんだ・・・・って思った。それは考えてなかったなあって、そうなんだあって。誰だかぼんやりした女の人を思い浮かべてた。そうしたら自然に納得出来た気がして、だから気がつかないふりで、気にしないふりしてたの。応援するなんて言っちゃったし。」


「これからも、大学生になってからも会いたいと思う。もし誰かにとられたらすごく悲しくて、寂しくて、泣いちゃうかも。お母さんがそう脅すし、週末に草次郎と散歩してる自分も簡単に想像できるから。良かったら、会いたい。」


「僕は美波さんがずっと好きだったんだけど、今でも大好きなんだけど、その返事でいいの?ナオとは違うよね、大学生の僕の成長ぶりに興味があるとかじゃないよね。いいんだよね。」

「私も好きだよ。ゆめちゃんに遠慮しなくてもいいなら、ずっと気になってたから。あの頃から、いつ聞かれてもいいように数学すごく頑張って解こうと思ってたから。」


「うれしい。ありがとう。」

そう言ってカップに口をつける森友君をずっと見ていた。

「森友君、森友君のお母さんはここにいるって知ってるの?」

そう言ったらすごく慌てた。

もしかしてバレてるの?

「いい子だねって。お母さんとのやり取りを見て、すごくいい子なんだろうって、お母さんもいい人なんだろうって、そう言ってた。いい出会いになればいいねって。」

真っ赤になって言った。
もっと違う言葉だったのかもしれない。
うちのお母さんも容赦ないから、もっと押せ押せな感じだったかも。
それともおっとりと言われたんだろうか?

「褒められたらうれしい。お母さんにも教える。」

喜ぶと思う。当たり前でしょうと言いながら喜ぶと思う。
そんなお母さんの声を想像して笑顔になる。

つい手を伸ばした。森友君の方へ。
だって、私は簡単に動けない。
斜めに座る森友君に伸ばしたその手は、握手しよう!なんて感じじゃなかった。

部屋にいて手をつなぎたい!ってそう言う感じの手の向きだった。

自分の方へ伸びてきた手にビックリしたと思う。じっと見られて、手が重なり、やっぱり部屋の中で精いっぱい伸ばした手をつなぐのは変!そう思った二人。

森友君がこっちに来て隣に座ってくれた。

変だった手もつながれた状態のまま。

真横で、直ぐ近くで見つめ合う。

お互い真っ赤になってると思う。
つないだ手も熱いくらいに。

軽く手をほどいて森友君の肩にもたれた。
くるっと向きを変えられて落ちそうになった顔は肩に手がかかって支えられた。

ゆっくり顔をあげた。

お母さんがいないタイミング。
いつ帰って来るかは分からない。
それでも私の部屋に簡単には行けない怪我人の私。


触れたのは本当に軽くだけ。

そのまま顔を伏せて抱きついた。
その瞬間は足の事も忘れてた。

どこにもぶつけないで動けて良かった。

言葉もなくくっついたまま。

「早く良くなりたい。」

正直に口をついた言葉はそれだった。
やっぱりデートできない。散歩できない。ここでしか会えない。
何て不便なの。
そうそうお母さんも出かけてばかりって訳にもいかないだろう。


お母さんが帰ってくる前に元の場所に戻った森友君。

少し離れた距離は元に戻ったのに、ちょっとだけぎこちない空気が漂った二人の間、しばらくして視線が合って、笑ってしまった。

「ごめん、ちょっと変だよね。」

「そうかな?」

「うん。何だか・・・・無理してる。」

「してないよ。全然自然だったと、僕は思ってる、思いたい。」

「うん、そうだけど、お母さんのことを気にしすぎてるし、すごくぎこちない。」

「だって、それはしょうがない。初めてだったし。」


私は何も言わなかった。

しばらくしたらこっちを見てるのに気がついた。

「何?」

「もしかして、初めてじゃなかった?」

びっくりした。

「初めてです!」

ちゃんと言った。

「良かった。」

そう言って笑った森友君。


「早く大学生になりたい。」

「うん、でもその前になんとか外に出れるようになりたい。」

二人で私の足を見る。
青から黄色へ、変な色に変わりそうな色。

「ごめんねは無しね。なんとなく良かったと思ってる。だから草次郎を褒めておいてね。」

微妙な顔をした森友君。


「大学生になったら何がしたいの?」

「もっとたくさん会いたい、もっとたくさん、キスもしたい。」

真っ赤な顔でもまっすぐにそう言われて、笑えない。

「じゃあ、あと少し待って。」


「たくさん、デートもしたい。」

「そうだね。」






「ねえ、もしゆめちゃんが何も行動しなかったら、どうなってた?」

「駅前で捕まえて、ちゃんと言ってた。だから同じだよ。」


そうかな。そうかも。
そうしたら私は瞳ちゃんの告白成功に刺激を受けて、自分から話しかけて・・・・でも告白はしてない。
偶然の駅前のときにもっと仲良くしてたくらい。



お母さんがちゃんとお父さんを見張ってなかったら、お父さんがふらふらと誘惑されてたら、私はいなかった。

だからちょっとでも何かがすれ違ったら未来は変わる。

大学生になって、どうなるのか分からないけど、手をつなげる距離にいれればいい。

気持ちが変わらない間は私の近くにいて欲しい。
そう思ったのに思い浮かんだのが草次郎の見上げた笑顔だった。

なんで?

だってまだまだ大学生にはなれてない。
想像が難しいのかもしれない。


「今日のことも委員長に報告するの?」

「まさか、言わないよ。」

「草次郎には?」

「言う、うれしくて自慢しちゃうと思う。」


「・・・・今のは冗談で言ったのに。」

「結構恋愛相談してたんだ。ナオよりいろいろ知ってる。誰にもばらさないから安心だよね。」

そりゃあ、そうだけど。



ドアの開く音がした。
玄関でお母さんの声がした。

「ただいま。もう帰ってきちゃった。」

「お帰りなさい。」

私の代わりに玄関に出迎えに行ってくれた森友君。
本当にスーパーの袋を両手に抱えて戻ってきた。
あっさりと荷物を森友君に渡したらしいお母さん、何考えてるの?

「ありがとう、慎之介君。やっぱり男の子は優しいなあ。」

「うちは父さんが義務のように買い物に付き合わされてますから。」

「あら、いい見本ね。美波はそんなお父さんの姿は見てないから、言わなきゃばれなかったのにね。」

本当にキッチンのテーブルの上に商品を広げて冷蔵、冷凍、常温と分けてくれている。
本当に手伝ってるのが分かる。
偉い。


「森友君、もういいわよ。ありがとう。楽しい時間を過ごせた?」

「・・・・はい。」

「良かった。席をはずした甲斐があるってことで。」

「お母さん。・・・・森友君、もういいよ。お母さんは放っとこう。」


「ごめんね、どうしても隠したいことがあるみたい。」

お母さんがこっそり森友君に言う。

本当にからかい過ぎる。




しばらくお母さんとも話をして、森友君が帰っていった。

玄関まで森友君の肩を借りて見送りに出た。


お母さんは奥から声をかけただけだった。


満足そうなお母さんの顔、この数日で本当によく見るようになった。
私が高校を卒業したから、それだけじゃないことも分かってる。

森友君を気に入ってるんだろうと思ってあげることにしてる。

なんだかこの怪我にまつわるいろいろな出来事が私の高校最後の思い出につながりそう。
そんな思い出が出来た春になった気がする。


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