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第2章
16話―レンくんには秘密がありました。『後編』
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『畏怖の象徴』
獣人はいつしかそのように呼ばれるようになっていた。
半分人間、半分魔獣。どちらの要素も併せ持つからだ。
人間だから知能が高く、獣だから身体能力が高い。
戦場で味方なら英雄だったが、敵方からすれば悪夢だ。
そして一歩外へ出れば脅威でしかない。
多くの獣人は、獣人というだけで恐れられ、差別され、嫌悪されてきた。
レンがその多くの悪意にさらされて来たであろう事は、「拒絶が怖かった」と言ったあの言葉で容易に想像出来た。
アルクがレンと出会ったのは三年程前。
他国の内乱を沈めるため派遣された戦場での事だった。
その時のレンは両手を血で真っ赤に染め、獣のような鋭い瞳をして子犬のように震えていた。
今思えば、迷い子なんかではなく、兵器として使われていたのだろう。
震える彼をどうしても見過ごせなくて声を掛けた。
家族はいないとそう言った彼を、当時の指揮官だったローガンに頼み込んで連れ帰ったのだ。
それからすぐに騎士団長に昇格し、レンの身元引き受け人となり、騎士見習いとして自分の隊へおいた。
めきめきと頭角を表した少年は、騎士見習いにして、第三師団筆頭隊士となった。
アルクさんがレンくんへ歩み寄る。
「よく話してくれたな。勇気のいる事だったろうに」
そう言って肩をポンっと叩いた。その瞳は穏やかで優しいものだった。
「……っ」
レンくんの瞳は心なしか潤んでいるように見える。
「獣人か……確かに戦力としては申し分ないな」
ハワード様は腕を組んで唸っている。
「小僧、何故肝心な事を言わぬのだ」
ソラの目がレンくんへと向けられた。
「肝心な事?」
レンくんの頭にはハテナが浮いている。
「……まさかと思うが、知らぬのか」
「何がだよ?」
「おぬしの先祖の話だ」
「オレの先祖なんか知らない。犬の獣人って事しか……」
「何と」
珍しくソラが驚いている。
「おぬしは『レイノルド』の末裔ぞ」
レイノルド?
どちら様でしょう?
と思ったら、レンくんが驚愕の表情で固まっている。
「……嘘、だろ……」
アルクさんとハワード様までフリーズしているではないか。
……どちら様でしょう?
「千年前、勇者『シャルナンド』と共に魔王を倒したとされる獣人だ。後に、当時の巫女と夫婦になったと聞いている」
アルクさんが教えてくれた。
当時の巫女って、勇者様に御守りを渡した異世界人とってこと!?
……それって、凄い人なんじゃ……
「その毛色、瞳、魔素の匂い、間違いなかろう」
「オレが……?」
「こんなことが……」
「これまた歴史に残る大ニュースだな……」
ハワード様がニヤリと人の悪い笑みを浮かべている。
この顔の時は怪しい。絶対ろくな事にならない。
「先祖の事が知りたくば、レーヴェを訪ねてみるが良い。一時期行動を共にしていたはずだ」
「レーヴェって?」
「四聖獣の一体だ。火の魔力を持つと言われている。会ったと言う奴を聞いたことが無いがな」
ハワード様が教えてくれる。
「さて、小僧は力を示した。王の息子よ、ぬしの答えは?」
ソラがハワード様へと視線をむける。
ハワード様はその視線を受け止めている。
「その前に一つ聞きたい。これは女神の意思か?」
「……さての。だが、この世には偶然も必然も存在する。小僧と領主の息子が出会ったのは偶然でも、その二人の元にえみが現れたのは必然やもしれぬ」
二人のやり取りをその場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。
「…覚悟は?」
ハワード様がレンくんを見据える。
「魔力が覚醒した時から出来てます。オレはオレ自身の力で大切だと思うものを守りたい」
先程とは違う、決意の光を宿した瞳がハワード様へ向けられた。
「……いいだろう。騎士昇格試験に合格出来たら、入隊を認めよう」
「!! …ありがとうございます!」
「ただし、必要とあらば君の正体を公表する。もちろん『レイノルドの子孫』と言うことも含めてだ。異論は?」
「ありません」
レンくんの表情に迷いは無かった。
「…本当にいいのか?」
そう聞いたのはアルクさんだ。きっとレンくんを心配しての発言だったと思う。
レンくんは一度、いまだ尻尾と戯れる私達の方を見て、再びアルクさんとハワード様へ視線を戻した。
「もう、大丈夫です。オレにはちゃんとオレを理解してくれる人がいるとわかったから」
「…そうか」
そう微笑んだアルクさんは、巣立ちを見守る親のような穏やかな表情をしていた。
夜、私はアルクさんの執務室の扉をノックした。
入室を許可する声が聞こえ、静かに扉を開けた。
「えみ、どうした?」
書類を持ったままこちらを見たアルクさんは、もうすでにいつでも眠れる格好になっている。
かくいう私もそうなのだが。
「お休みのところごめんなさい。明日の朝は早くに出られると聞いたので」
アルクさんの側へ寄ると、持ってきた包みを手渡す。
「試食用に作りました。アルクさんの隊の皆さんに食べてもらいたくて。味や食べやすさもそうですが、食べた後に起こる体の変化なんかも聞けたら今後の参考になります」
包みの中には、ファーストフードの定番であるハンバーガーやホットドッグが入っている。挟むものを変えて数種類作る予定だ。
アルクさんの隊に所属していた団員さん達は、若そうな人が多かった。
ファーストフードなら受けがいいのではないかと思ったのだ。
これなら訓練の合間でも手軽に試食して貰えるのではないかと思う。
「アルクさんに許可が貰えたら、たくさん作ってお届けしようと思って」
「へぇ。とてもいい匂いがするね。是非お願いするよ」
「わかりました! じゃぁ早速明日作って持って行きます! それと…あの、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるが、アルクさんは首を傾げている。
「何のお礼だろう?」
「ハインヘルトさんに聞きました。私を遠征に連れていかないよう、ハワード様に掛け合ってくださったと」
「……あいつめ……余計な事を……」
アルクさんはどこかバツの悪そうな様子だ。
「不謹慎ですが、アルクさんが怪我までして反対してくれたこと……嬉しかったです。だからちゃんとお礼が言いたくて……遅い時間にごめんなさい」
アルクさんがじっとこちらを見つめている。目が合うと、なんだか嫌な予感がした。
「え、と……お仕事の邪魔になるので、休みますね」
軽く会釈をして逃げ出そうと思ったのに、扉を開ける前に案の定捕まった。
嫌な予感がしたのは当たってしまったようだ。
扉の前に立った時、後ろから伸びて来た手が開くのを阻止した。
「こんな時間にそんな格好で男の部屋にのこのこやって来る悪い子には、指導が必要だな」
耳元で艶を含んだ声が聞こえて、体がぞくぞくした。
怖い意味ではない。
いやらしい意味で。
お腹にアルクさんの手が巻き付いて、背中全体に彼の温もりが触れている。
「ご、ごめんなさい…どうしてもお礼が言いたくて……」
一枚羽織っているとはいえ、いつもよりも薄い夜着が、生々しく体温を伝えてきて、驚く程心臓が鳴っている。
もうパニック!!
「えみにそのつもりが無くても、相手をそのつもりにさせてしまう状況だと、いい加減学んだ方がいい」
肩から腕を撫でられて、その後を追うように布越しに肩へキスが落ちてきた。
「……アルクさん、だから……」
全身真っ赤に染め上がっていることでしょう。その証拠に今とても熱い。
「信頼されているのは嬉しいが、逆にそれは私の事を煽っているのだとまだわからないのか?」
くるりと体を反転されられ、ソラよりも獰猛な眼差しが目の前にあった。
優しいだけの光ではないと思い知る。
あぁ…やってしまった
私はまたこの人に甘えてしまった……
「そういえば、ハインヘルトに邪魔されて、『続き』まだだったな」
そう言うとたちまち体が拘束され、容赦ないキスが落ちてきた。
ドキドキもパニックも後悔も最高潮だった私は、呆気なく落とされてしまった。
次の日の朝、目覚めたベッドが自分のもので無かった驚きと混乱と焦りと止まらない冷や汗に、私はいつまでもその場から動く事が出来なかった。
獣人はいつしかそのように呼ばれるようになっていた。
半分人間、半分魔獣。どちらの要素も併せ持つからだ。
人間だから知能が高く、獣だから身体能力が高い。
戦場で味方なら英雄だったが、敵方からすれば悪夢だ。
そして一歩外へ出れば脅威でしかない。
多くの獣人は、獣人というだけで恐れられ、差別され、嫌悪されてきた。
レンがその多くの悪意にさらされて来たであろう事は、「拒絶が怖かった」と言ったあの言葉で容易に想像出来た。
アルクがレンと出会ったのは三年程前。
他国の内乱を沈めるため派遣された戦場での事だった。
その時のレンは両手を血で真っ赤に染め、獣のような鋭い瞳をして子犬のように震えていた。
今思えば、迷い子なんかではなく、兵器として使われていたのだろう。
震える彼をどうしても見過ごせなくて声を掛けた。
家族はいないとそう言った彼を、当時の指揮官だったローガンに頼み込んで連れ帰ったのだ。
それからすぐに騎士団長に昇格し、レンの身元引き受け人となり、騎士見習いとして自分の隊へおいた。
めきめきと頭角を表した少年は、騎士見習いにして、第三師団筆頭隊士となった。
アルクさんがレンくんへ歩み寄る。
「よく話してくれたな。勇気のいる事だったろうに」
そう言って肩をポンっと叩いた。その瞳は穏やかで優しいものだった。
「……っ」
レンくんの瞳は心なしか潤んでいるように見える。
「獣人か……確かに戦力としては申し分ないな」
ハワード様は腕を組んで唸っている。
「小僧、何故肝心な事を言わぬのだ」
ソラの目がレンくんへと向けられた。
「肝心な事?」
レンくんの頭にはハテナが浮いている。
「……まさかと思うが、知らぬのか」
「何がだよ?」
「おぬしの先祖の話だ」
「オレの先祖なんか知らない。犬の獣人って事しか……」
「何と」
珍しくソラが驚いている。
「おぬしは『レイノルド』の末裔ぞ」
レイノルド?
どちら様でしょう?
と思ったら、レンくんが驚愕の表情で固まっている。
「……嘘、だろ……」
アルクさんとハワード様までフリーズしているではないか。
……どちら様でしょう?
「千年前、勇者『シャルナンド』と共に魔王を倒したとされる獣人だ。後に、当時の巫女と夫婦になったと聞いている」
アルクさんが教えてくれた。
当時の巫女って、勇者様に御守りを渡した異世界人とってこと!?
……それって、凄い人なんじゃ……
「その毛色、瞳、魔素の匂い、間違いなかろう」
「オレが……?」
「こんなことが……」
「これまた歴史に残る大ニュースだな……」
ハワード様がニヤリと人の悪い笑みを浮かべている。
この顔の時は怪しい。絶対ろくな事にならない。
「先祖の事が知りたくば、レーヴェを訪ねてみるが良い。一時期行動を共にしていたはずだ」
「レーヴェって?」
「四聖獣の一体だ。火の魔力を持つと言われている。会ったと言う奴を聞いたことが無いがな」
ハワード様が教えてくれる。
「さて、小僧は力を示した。王の息子よ、ぬしの答えは?」
ソラがハワード様へと視線をむける。
ハワード様はその視線を受け止めている。
「その前に一つ聞きたい。これは女神の意思か?」
「……さての。だが、この世には偶然も必然も存在する。小僧と領主の息子が出会ったのは偶然でも、その二人の元にえみが現れたのは必然やもしれぬ」
二人のやり取りをその場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。
「…覚悟は?」
ハワード様がレンくんを見据える。
「魔力が覚醒した時から出来てます。オレはオレ自身の力で大切だと思うものを守りたい」
先程とは違う、決意の光を宿した瞳がハワード様へ向けられた。
「……いいだろう。騎士昇格試験に合格出来たら、入隊を認めよう」
「!! …ありがとうございます!」
「ただし、必要とあらば君の正体を公表する。もちろん『レイノルドの子孫』と言うことも含めてだ。異論は?」
「ありません」
レンくんの表情に迷いは無かった。
「…本当にいいのか?」
そう聞いたのはアルクさんだ。きっとレンくんを心配しての発言だったと思う。
レンくんは一度、いまだ尻尾と戯れる私達の方を見て、再びアルクさんとハワード様へ視線を戻した。
「もう、大丈夫です。オレにはちゃんとオレを理解してくれる人がいるとわかったから」
「…そうか」
そう微笑んだアルクさんは、巣立ちを見守る親のような穏やかな表情をしていた。
夜、私はアルクさんの執務室の扉をノックした。
入室を許可する声が聞こえ、静かに扉を開けた。
「えみ、どうした?」
書類を持ったままこちらを見たアルクさんは、もうすでにいつでも眠れる格好になっている。
かくいう私もそうなのだが。
「お休みのところごめんなさい。明日の朝は早くに出られると聞いたので」
アルクさんの側へ寄ると、持ってきた包みを手渡す。
「試食用に作りました。アルクさんの隊の皆さんに食べてもらいたくて。味や食べやすさもそうですが、食べた後に起こる体の変化なんかも聞けたら今後の参考になります」
包みの中には、ファーストフードの定番であるハンバーガーやホットドッグが入っている。挟むものを変えて数種類作る予定だ。
アルクさんの隊に所属していた団員さん達は、若そうな人が多かった。
ファーストフードなら受けがいいのではないかと思ったのだ。
これなら訓練の合間でも手軽に試食して貰えるのではないかと思う。
「アルクさんに許可が貰えたら、たくさん作ってお届けしようと思って」
「へぇ。とてもいい匂いがするね。是非お願いするよ」
「わかりました! じゃぁ早速明日作って持って行きます! それと…あの、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるが、アルクさんは首を傾げている。
「何のお礼だろう?」
「ハインヘルトさんに聞きました。私を遠征に連れていかないよう、ハワード様に掛け合ってくださったと」
「……あいつめ……余計な事を……」
アルクさんはどこかバツの悪そうな様子だ。
「不謹慎ですが、アルクさんが怪我までして反対してくれたこと……嬉しかったです。だからちゃんとお礼が言いたくて……遅い時間にごめんなさい」
アルクさんがじっとこちらを見つめている。目が合うと、なんだか嫌な予感がした。
「え、と……お仕事の邪魔になるので、休みますね」
軽く会釈をして逃げ出そうと思ったのに、扉を開ける前に案の定捕まった。
嫌な予感がしたのは当たってしまったようだ。
扉の前に立った時、後ろから伸びて来た手が開くのを阻止した。
「こんな時間にそんな格好で男の部屋にのこのこやって来る悪い子には、指導が必要だな」
耳元で艶を含んだ声が聞こえて、体がぞくぞくした。
怖い意味ではない。
いやらしい意味で。
お腹にアルクさんの手が巻き付いて、背中全体に彼の温もりが触れている。
「ご、ごめんなさい…どうしてもお礼が言いたくて……」
一枚羽織っているとはいえ、いつもよりも薄い夜着が、生々しく体温を伝えてきて、驚く程心臓が鳴っている。
もうパニック!!
「えみにそのつもりが無くても、相手をそのつもりにさせてしまう状況だと、いい加減学んだ方がいい」
肩から腕を撫でられて、その後を追うように布越しに肩へキスが落ちてきた。
「……アルクさん、だから……」
全身真っ赤に染め上がっていることでしょう。その証拠に今とても熱い。
「信頼されているのは嬉しいが、逆にそれは私の事を煽っているのだとまだわからないのか?」
くるりと体を反転されられ、ソラよりも獰猛な眼差しが目の前にあった。
優しいだけの光ではないと思い知る。
あぁ…やってしまった
私はまたこの人に甘えてしまった……
「そういえば、ハインヘルトに邪魔されて、『続き』まだだったな」
そう言うとたちまち体が拘束され、容赦ないキスが落ちてきた。
ドキドキもパニックも後悔も最高潮だった私は、呆気なく落とされてしまった。
次の日の朝、目覚めたベッドが自分のもので無かった驚きと混乱と焦りと止まらない冷や汗に、私はいつまでもその場から動く事が出来なかった。
応援ありがとうございます!
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