【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

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ルーカスの不安

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 ルーカスは、マルゲリーターの部屋の前に立っている。
 何時もならば癇癪を起し、怒声が聞こえて来るのだが、恐ろしく静かであった。
 様子を伺っていたのだが、執事の報告にあった泣き声は聞こえて来ないので、寝ているのかと考えた。
 もしも寝ているのならば起こすのは可哀想かと思ったのだが、寝顔だけでも見ておこうと思い扉を叩くと、中からか細い声が聞こえて来たのだ。
 「………どうぞ」
 「!?」
 ルーカスは、この部屋の主が入れ替わったのかと思う程の衝撃を受けた。
 「マルゲリーター。僕だ、入っても構わないか」
 暫くすると扉が開き、顔を腫らしたマルゲリーターが立っていた。
 ルーカスは傍に控えていたメイドに医者を呼んで来る様に伝えると、マルゲリーターの部屋に入ったのだが、ただならぬ妹の態度と部屋の荒れ様に困惑していた。
 取り敢えず踏み入れてみたが、とてもソファーに腰かけてゆっくりと話せる様な場所ではなかったのである。
 「マルゲリーター、サロンへ行こう。お茶を飲みながら、話がしたい」
 「………はい」
 ルーカスはソファーに腰かける事を躊躇い、サロンへと移動をしたのだが、戻って来るまでに部屋の掃除をしておく様にと指示を出していた。
 先程はシルベスとエレインとお茶をしていた場所に、今はマルゲリーターと向かい合って座っている。
 何時もならば、矢継ぎ早に捲し立てて来るのだが、一向に口を開こうとしないので、ルーカスの方から声を掛けた。
 「食事をまともに摂っていないと聞いたが、何故食べない。少し痩せたのではないか」
 一週間振りと言うのもあるが、ふっくらとしていた身体が、一回り小さくなった様に見えたのだ。
 マルゲリーターは俯いたままで、やはり何も話そうとはしなかった。
 ふと手元を見ると、ハンカチを握りしめている。
 『あれは…祝賀会で、アルフレッドが最後の贈り物だと渡したハンカチか』
 ルーカスは、理解出来なかった。
 こんなに憔悴する程アルフレッドの事を思っていたのならば、何故隣に立つに相応しい令嬢になる為の努力をしなかったのか…
 そこで、気付いてしまったのだ。
 努力をしなかったのは事実だが、しなくても妃になれると信じ込まされていたのだろう。
 ルーカスが知るマルゲリーターは、初対面から横柄な態度で自分が一番だと思っていたのだ。
 そう育てられたのもあるが、六歳ならば幾らでも直す事は可能だった筈だ。
 しかしいくらアルフレッドが正そうとしても、シルベスとアマンダがそれを邪魔していた。
 アマンダはただ溺愛していただけだろうが、シルベスの思惑は初めから婚約を無かった事にしたかったのだから、マルゲリーターはある意味犠牲者ではないかと憐れに思ったのだ。
 出来の悪い娘程可愛いと聞くが、シルベスはエレインだけではなくマルゲリーターまで捨てたのだと思うと、何故かはらわたが煮えくり返る思いがした。
 今更アルフレッドの心を変える事は無理だが、この機会に自身を顧みてまともな令嬢になってくれるのならば、修道院へ放り込まなくても良いのではないかと考えた。
 果たして、癇癪持ちが治るとは思えないが、様子を見ても良いかもしれないとは思えたのである。
 何だかんだと言っても、やはりマルゲリーターもルーカスの妹に変わりはないのだ。
 ルーカスは、何も話さずに俯いたままのマルゲリーターの隣に座り直し、そっと肩を抱き寄せた。
 すると、結界が崩壊したように、泣き出したのだ。
 「アル様に、アル様に会いたいの。大好きなの」
 ひたすら泣きじゃくるマルゲリーターを、何も言わずにルーカスは抱きしめていた。
 あれ程憎いと思って見ていた妹だったが、今は可哀想に思っている事に、ルーカス自身も戸惑っている。
 そして、一抹の不安を感じたのだ。
 これ程思いを寄せていたアルフレッドの心を、意図してではないが結果的に奪ってしまったエレインと対面したら、何を仕出かすか分からない。
 アマンダの様に、部屋に閉じ込めてしまえば簡単なのだろうが、落ち込んでいる妹に対してそこまで残酷な事は出来なかったのである。
 当面は、警戒しながら様子を見る事にしようと思うのであった。
 一頻り泣いた事で、落ち着きを取り戻したマルゲリーターは、給仕が運んで来たスープを飲んでいる。
 真っ赤に泣き腫らした顔は、医師が処方した薬を塗って様子を見る事になったのだが、当分学園に通うのは無理だろうと判断した。
 執事がシルベスの代わりに病気欠席の連絡をしてくれていたので、無断欠席にはならなかったのだが、元より成績の悪いマルゲリーターが進級するのは難しいだろうと思うのだ。
 

 その頃アマンダは、やはり癇癪を起して屋根裏部屋で暴れていた。
 実兄と、実弟から来た手紙を読んで、憤慨していたのである。
 「冗談じゃないわ。どうして私が、実家から絶縁されないといけないのよ。何も悪い事なんてしていないじゃない。弟だって、散々贅沢をさせてやったと言うのに。泣き付いて来たって、助けてあげないんだから、こっちから願い下げだわ。あんな文官如きで、私に歯向かうなんて、何様なのよ」
 全く反省する事も無く、たった一脚しかない椅子を持ち上げて、床に何度も叩き付けていた。
 癇癪を起している時は何も考えてはいないのだが、落ち着いた時になって後悔するのは何時もの事である。
 後悔するならば壊さなければ良いと思うのだが、何故か自制が利かず物に八つ当たりをするのは、止められないらしい。
 何度も同じ個所に衝撃を与えていた事で、椅子の脚はとうとう折れてしまったのだ。
 古びた椅子ではあったが、公爵家がそれ相応の金額で買った物なのだが、アマンダにそれを考える知能はないのである。
 椅子が無くなってしまい、食事の時に座る事が出来なくなってしまったのだが、朝食が運ばれて来るまで気付く訳がない。
 今はひたすら暴言を吐き散らし、今度は折れた椅子の脚で窓ガラスを割っていた。
 物凄い音を立てて崩れていくガラスを見ていると、胸がすく思いがして楽しくなってしまったのだ。
 落ちたガラスの破片を踏みつけて、今度は空っぽになってしまったクローゼットを破壊し始めた。
 しかし思いの他丈夫に作られていたので、傷だらけにはなったが椅子の脚の方が折れてしまい、アマンダは漸く自分が仕出かした事に気付き顔を青褪めさせたのだ。
 もう日が傾きかけており、ガラスが無くなった窓からは、風が入って来る様になっていた。
 空を見上げると真っ黒い雲が落ちて来ており、今にも泣き出しそうな気配がする。
 慌てて人を呼ぶが、答える者はいなかった。
 外から声が聞こえたので見下ろすと、ガラスの割れる音を聞きつけて護衛騎士が駆け付けたらしく、屋根裏の下をうろついていた。
 声を掛けようと思わず窓枠を握ってしまったので、残っていたガラスの破片が刺さり、真っ赤な血が流れて来る。
 それを見たアマンダは、貧血を起こして倒れてしまったのだが、運悪く踏みつけたガラスの上だった。
 護衛騎士たちは屋根裏を見上げたが、窓ガラスが無かった事でアマンダが暴れた後だと思い、庭師を呼んで落ちていたガラスの破片を片付けるように告げたのだ。
 屋根裏部屋の窓ガラスが割れた事は直ぐにシルベスへ報告されたのだが、夕餉でエレインに取り入る事しか頭になかった為、ルーカスの耳に入ったのは翌日になってからだった。
 その日は夕方から曇り空となり、夜には激しい雨と風が吹き荒れていて、アマンダはずぶ濡れになった寒さで目が覚める事になったのだ。
 日が落ちて、真っ暗になった部屋に容赦なく雨風が吹き込んで来るのに驚いたアマンダは、起き上がろうと手を付いた場所がガラスの破片の上だった。
 「痛いっ」
 その瞬間、雷がなり一瞬光った事でガラスの破片が手に刺さっているのが見えてしまい、ショックで再び気を失うのであった。
 翌朝給仕のメイドが来るまでに、ガラスの上で何度も同じ事を繰り返したアマンダは、血だらけで高熱を出し倒れているところを発見される事になる。
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