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「この温室は陛下がわたくしのために建ててくださったの」
「陛下は皇后様のことを心から愛していらっしゃるのですね」
「本当ですわ。聖女様の建物を取り崩して、こんなに素晴らしい温室を作るだなんて。陛下の皇后様への愛がないと出来ないことですわ」

 聖女役目を放棄して部屋に閉じこもっていた私は、皇后から呼び出されたかと思うと、皇后とその取り巻き達囲まれていた。

 つまらない会話に、つまらない人達。
 聖女の許可なくして聖女のための建物を壊したくせに、皇后を持ち上げる発言をする人達に呆れてしまう。

 何が愛よ。
 この温室は側室の妊娠に怒った皇后に皇帝が贈った温室だ。
 その時に妊娠した子供は結局流産して、残ったのは愛憎に染まった温室だけ……。

 そんな温室でお茶をするなんて、私には理解出来ない。
 
「ハル様?マナーをお教えしましたよね?下から食べていくと何度言えばーー」

 そう言って皇后は扇子で私の手を叩こうとした。
 私がその手を避けると、皇后は目が笑っていない微笑みを浮かべた。

「申し訳ございません。私の生まれ育った国ではそんなマナーはないんです」
「あなたは我が帝国の聖女で、行く行くは皇子の伴侶になって、皇后になるのですよ?これぐらい出来なくてどうするのですか?」
「そうですわ。皇后様が直々に教えてくださっているのに、それを無下にするだなんて……」
「平民のようにしたいようにするだけでは、聖女の役目は務まりませんわ」

 この世界に来た時は、私を責める言葉一つ一つに傷つき、この世界に馴染もうと努力していた。
 けれど、その努力は無駄になってしまった。

 口々に私を責める取り巻き達を見ているだけで、皇后は止めようともしない。

 取り巻き達を無視して、ティーカップを口元に運ぶ。
 つまらない話を聞いている間に、お茶は冷めきっていた。

 これぐらいなら火傷の心配はないわね。
 
 隣に座る皇后へと視線を向け、にっこりと微笑む。
 
「そうですね。これからは平民のように自分のしたいように生きます」

 ティーカップを持ちながら立ち上がると、不思議そうな顔で私を見る皇后の頭の上で、ティーカップをひっくり返した。

「「キャー」」

 温室に悲鳴が響き渡る。

 驚いた目で呆然と私を見る皇后。そして、真っ青な顔で私を見る取り巻き達。

 今までの私では考えられない、非常識なことをしているのに、私の心は不思議と高鳴っていた。

「あなた達のつまらない話も、私を責める言葉も、もう懲り懲りです」

 
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