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鳥籠編【塩期間編】(読まなくても問題ありません)
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肌寒いと感じて目が覚める。
傍らに人の気配を感じて目を覚ませば、昨日出会ったディートリヒという名の方がいらっしゃる。
ちょっと、淑女が寝ているところに勝手に入ってくるのは失礼ではなくて?
家族だって、遠慮する。恋人でも夫婦でも、侍従でも侍女でもない。そんな、関係なんて何もない相手にこうして勝手に、寝姿を見られるのは屈辱。
誰も入ってこないだろうから、薄手の下着一枚を寝間着代わりにきていたのを見られるなんて。
誰かに言いはしないでしょうが、女がそんな恰好で居ても顔色一つ変えない。
つまりは見慣れていらっしゃるのでしょうね。わたくしは恥ずかしい思いをしましたのに。
そして起きろと、言いたいことだけ言ってさっさと部屋を出ていく。
女の身支度は時間がかかるのよと思いつつも、あまりかけるとうるさそうだし。
それに身を整えるのを手伝ってくれる侍女もいないじゃない。
自分で適当なドレスを選んで、兄弟の前で髪をとかす。結い上げてまとめる事は上手にできませんからそのまま流すしかなく。あとでリボンでも持ってきてもらって軽く結わえて貰いましょう。
長い髪はそれだけで邪魔にもなるのだから。
着替えて、身を整えて。人前に出れる程度に準備できれば、侍従がわたくしを迎えにくる。
タイミングを見計らったような現れ方ね。
こちらにと案内されたのは日当たりの良いテラス。
そこにはあの方もいらっしゃる。向かい側の席に案内され、昨日と同じように向かい合う事に。
朝食の席を一緒にされるのは、お互いの牽制かしら。
それともあちらの、自制かしら。
「ご一緒してよろしいの?」
「別にする方が手間だろう」
「そうですわね」
それから会話は無く。
出されたものを口に運ぶ。スープもサラダもパンも美味しい。
きちんとした食事だわ。目の前にこの人がいるからかもしれないけれど。
「……今更なのですが、あなたはディートリヒ殿下で、よろしいのですよね?」
「……お前の思うディートリヒ殿下とやらが何人もいなければ、それだろうな」
「セルデスディアの、王太子」
口端をあげて笑う。きっと同じ年頃の令嬢でしたらきゃあきゃあ騒ぐところでしょう。
見目麗しく、地位もあり。そんな方に見初められたら幸せなお嬢さん達はたくさんいるでしょう。
わたくしはそうは思わないのですけれど。
美醜と、それからわたくしの好みで言えばわたくしの好きなお顔をされているのに。ときめいたりはまったくしない。
突然さらってきたりと印象が悪いからかしら。
そういえばこの方、伴侶を迎えねばならない立場でしょうにそういったお話はないのかしら。
他国ですから聞こえないだけかもしれませんけれど。
「いかにも、それが俺だ」
「女一人を攫って押し込めて。こんなことをされていてよろしいの?」
「必要なことだ、問題ない」
「あら、そうですの」
何が必要で、問題がないのでしょう。
そう思っていたことは顔にでていたのでしょう。
ディートリヒ殿下は笑って、お前の父には話を通してあると仰いました。
「お前を見初めて、口説きたいからしばらくその身を、内密に預からせてくれ、ということにしてある」
「お父様はお許しになりましたのね……」
他国の王太子にそう言われたら、お断りできませんわよね。
わたくしはなびくつもりもありませんし、この方はわたくしを口説く気などかけらもない。
それはわかります。
ということは、この方が納得すれば、わたくしは帰れるのでしょう。
「わたくしが、お父様にかどわかされて、酷い目にあったと言ったらどうしますの? お父様はお怒りになって、何かなさるかもしれませんわ」
「そもそも、お前が言わないだろう。そういう性格ではない。言ったとしても、俺相手にお前の父がどうこうできるとは思えない」
「それは、わかりませんわよ?」
「ない。利にならないことはしないだろう」
それは、確かにそう。
驚きも、困ったりも、何もしない。
この方、揺らがないわねとわたくしは思う。それは面白いようで、面白くない。
昨日は、感情が多少は見てとれたのに。今日は余裕ばかりが感じられてしまう。
「では、わたくしをちゃんとお返しくださるのね」
「ああ。俺が納得したらな」
「納得……」
その仰り方は卑怯でしょう。
それではわたくしの落としどころをどこにすればいいのかわからない。
ディートリヒ殿下の表情は昨日とは、先程の、朝とは違って穏やかなもの。その表情から感じるのは違和感。
うすら寒い恐ろしさがある。この表情と長く付き合っていればわたくしはきっと疲弊してしまうわ。
話が聞きたい、というのは理解できる。けれどそれで、わたくしをここに連れてくるまでする意味がない。
それはわたくしの家にでも赴いて、お話を聞けば良いことではなくて?
隔離するということは、多少なりともあちらに隠したいことややましい事をわたくしに言う、もしくはするという可能性もある。
命をとる、ということはさすがにないと思っていたけれど。
それすら、この方は簡単にどうにかできる方だと知ってしまった。
事故に見せかけて、なんてきっとお上手でしょうね。貴族を相手にしているような方がそういう手管に長けていないと、わたくしは思わないのですから。
しかし自分の力で脱出する、なんてもちろん無理ですし。
けれど逃げて、殺される? 命の危険を感じる? そんな場面に巡り合ったら、わたくしはきっと、今までに感じた事のない感情を得るでしょう。
その可能性には――心躍ってしまう。
しかし、今の所おとなしくしているのが一番良い選択でしょう。
わたくしは微笑んで、納得できるまでお付き合いしますわと告げました。
傍らに人の気配を感じて目を覚ませば、昨日出会ったディートリヒという名の方がいらっしゃる。
ちょっと、淑女が寝ているところに勝手に入ってくるのは失礼ではなくて?
家族だって、遠慮する。恋人でも夫婦でも、侍従でも侍女でもない。そんな、関係なんて何もない相手にこうして勝手に、寝姿を見られるのは屈辱。
誰も入ってこないだろうから、薄手の下着一枚を寝間着代わりにきていたのを見られるなんて。
誰かに言いはしないでしょうが、女がそんな恰好で居ても顔色一つ変えない。
つまりは見慣れていらっしゃるのでしょうね。わたくしは恥ずかしい思いをしましたのに。
そして起きろと、言いたいことだけ言ってさっさと部屋を出ていく。
女の身支度は時間がかかるのよと思いつつも、あまりかけるとうるさそうだし。
それに身を整えるのを手伝ってくれる侍女もいないじゃない。
自分で適当なドレスを選んで、兄弟の前で髪をとかす。結い上げてまとめる事は上手にできませんからそのまま流すしかなく。あとでリボンでも持ってきてもらって軽く結わえて貰いましょう。
長い髪はそれだけで邪魔にもなるのだから。
着替えて、身を整えて。人前に出れる程度に準備できれば、侍従がわたくしを迎えにくる。
タイミングを見計らったような現れ方ね。
こちらにと案内されたのは日当たりの良いテラス。
そこにはあの方もいらっしゃる。向かい側の席に案内され、昨日と同じように向かい合う事に。
朝食の席を一緒にされるのは、お互いの牽制かしら。
それともあちらの、自制かしら。
「ご一緒してよろしいの?」
「別にする方が手間だろう」
「そうですわね」
それから会話は無く。
出されたものを口に運ぶ。スープもサラダもパンも美味しい。
きちんとした食事だわ。目の前にこの人がいるからかもしれないけれど。
「……今更なのですが、あなたはディートリヒ殿下で、よろしいのですよね?」
「……お前の思うディートリヒ殿下とやらが何人もいなければ、それだろうな」
「セルデスディアの、王太子」
口端をあげて笑う。きっと同じ年頃の令嬢でしたらきゃあきゃあ騒ぐところでしょう。
見目麗しく、地位もあり。そんな方に見初められたら幸せなお嬢さん達はたくさんいるでしょう。
わたくしはそうは思わないのですけれど。
美醜と、それからわたくしの好みで言えばわたくしの好きなお顔をされているのに。ときめいたりはまったくしない。
突然さらってきたりと印象が悪いからかしら。
そういえばこの方、伴侶を迎えねばならない立場でしょうにそういったお話はないのかしら。
他国ですから聞こえないだけかもしれませんけれど。
「いかにも、それが俺だ」
「女一人を攫って押し込めて。こんなことをされていてよろしいの?」
「必要なことだ、問題ない」
「あら、そうですの」
何が必要で、問題がないのでしょう。
そう思っていたことは顔にでていたのでしょう。
ディートリヒ殿下は笑って、お前の父には話を通してあると仰いました。
「お前を見初めて、口説きたいからしばらくその身を、内密に預からせてくれ、ということにしてある」
「お父様はお許しになりましたのね……」
他国の王太子にそう言われたら、お断りできませんわよね。
わたくしはなびくつもりもありませんし、この方はわたくしを口説く気などかけらもない。
それはわかります。
ということは、この方が納得すれば、わたくしは帰れるのでしょう。
「わたくしが、お父様にかどわかされて、酷い目にあったと言ったらどうしますの? お父様はお怒りになって、何かなさるかもしれませんわ」
「そもそも、お前が言わないだろう。そういう性格ではない。言ったとしても、俺相手にお前の父がどうこうできるとは思えない」
「それは、わかりませんわよ?」
「ない。利にならないことはしないだろう」
それは、確かにそう。
驚きも、困ったりも、何もしない。
この方、揺らがないわねとわたくしは思う。それは面白いようで、面白くない。
昨日は、感情が多少は見てとれたのに。今日は余裕ばかりが感じられてしまう。
「では、わたくしをちゃんとお返しくださるのね」
「ああ。俺が納得したらな」
「納得……」
その仰り方は卑怯でしょう。
それではわたくしの落としどころをどこにすればいいのかわからない。
ディートリヒ殿下の表情は昨日とは、先程の、朝とは違って穏やかなもの。その表情から感じるのは違和感。
うすら寒い恐ろしさがある。この表情と長く付き合っていればわたくしはきっと疲弊してしまうわ。
話が聞きたい、というのは理解できる。けれどそれで、わたくしをここに連れてくるまでする意味がない。
それはわたくしの家にでも赴いて、お話を聞けば良いことではなくて?
隔離するということは、多少なりともあちらに隠したいことややましい事をわたくしに言う、もしくはするという可能性もある。
命をとる、ということはさすがにないと思っていたけれど。
それすら、この方は簡単にどうにかできる方だと知ってしまった。
事故に見せかけて、なんてきっとお上手でしょうね。貴族を相手にしているような方がそういう手管に長けていないと、わたくしは思わないのですから。
しかし自分の力で脱出する、なんてもちろん無理ですし。
けれど逃げて、殺される? 命の危険を感じる? そんな場面に巡り合ったら、わたくしはきっと、今までに感じた事のない感情を得るでしょう。
その可能性には――心躍ってしまう。
しかし、今の所おとなしくしているのが一番良い選択でしょう。
わたくしは微笑んで、納得できるまでお付き合いしますわと告げました。
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