嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap3.回る毒

31.奇怪な遣い

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「シグ! シグ! ここにいるんだろ!」

 けたたましいノックと怒鳴り声で、シグダードは目を覚ました。フィズと二人でベッドに入り、いつのまにか寝ていたらしい。
 フィズはまだ、シグダードの隣で寝息を立てている。このままでは、彼まで起こしてしまう。

 ベッドから起きあがり、扉を開けると、焦った様子のバルジッカが立っていた。

「なんだ? バル」
「なんだじゃねーよ! 使者が来てる!」
「ししゃ?」
「寝ぼけてんじゃねーよ! グラスからの使者だ!!」
「な……もうか?」
「ああ。早く来い!」
「……分かった」

 シグダードは、寝ているフィズを起こさないように部屋を出た。







 元老院の満場一致で、グラスからの使者を城に入れなければならなくなったシグダードは、不機嫌を押し殺しながら、王座で使者を迎えた。

「この度は、突然の訪問にもかかわらず、このようにもてなしていただき、心より感謝いたします」

 グラスの使者、キザラギ・ギアは恭しく謁見の間に膝をつく。

 彼とともに来た護衛や他の遣い達はすべて城門にとどまらせ、もっとも高位の彼だけが一人、衛兵達に囲まれながら、ここに通されている。そんな扱いに、彼は気を悪くした様子もなく、シグダードの前に平伏した。

 下手に出た態度がますます信じられないシグダードは、キザラギを睨みつけた。

「グラス王からの伝達とやらを聞こうか?」
「はい。我が国の王、チュスラス・グラスは御国との和平を望んでおります。建国の時より続いた無礼をどうかお許しいただきたい。我々は、チュスラス王の代を持って、雷魔族の血を受け継ぐ王は最後にする所存にございます」
「信じられるか。そんな話。グラスの新しい王はよほどのマヌケだな」

 シグダードが一蹴しても、キザラギは挑発に乗る様子もなく、淡々と続けた。

「お疑いになるのも、当然のこと。ですから、現王自ら、子をなせない処置を致しました」
「ばかな!?」
「現王には子がおりません。これでグラスの魔法の血は終わります」
「嘘だ! ならフィズはなんだ!? あの男は……なぜここに来たのだ!?」
「あの男は、前王に仕えていた男娼に過ぎません。国王の寵を失い、国を追われたところを、御国に迷い込んだのでしょう」
「ばかな……そんな話……」
「前王が考えも浅く捨てたものが、御国にご迷惑をおかけし、チュスラス王も心を痛めております。あれは、陛下の望まれるままに処分していただいて結構です」
「処分だと……?」
「突然の申し出です。お返事を催促する気は毛頭ございません。ただ、どうかご検討ください。両国の繁栄のために」

 そう言ってキザラギは、不気味な無表情を見せた。







 キザラギを客室に下げさせたシグダードは、一度頭を整理すると口実をつけて、謁見の間を出た。

 キザラギの話は信じがたいものだった。王族自ら血を絶つなど。もちろん、それが事実だという証拠はどこにもない。こちらの動揺を誘うための戯れ言と片付けてしまえばいい。そう思いながらも、胸の奥のわだかまりは消えなかった。

「陛下」

 呼ばれて振り向くと、そこには貧相な体に似合わない豪華な格好をした天敵が立っていた。貴族たちをすっかり味方につけてしまったイルジファルア・シイザ・イドライナは、シグダードに嘲るような目を向けてくる。

「先ほどの使者の話、どう思われますか?」
「…………にわかには信じがたいと……」
「そうでしょうな。あなたには」
「……私には?」

 棘のある言い方に聞き返すと、イルジファアは、厭な笑みを見せた。

「陛下、グラス国が雷魔族に忠誠を誓ったのは、いつのことかご存知ですか?」
「三百年前と聞いているが?」
「おや? ご存知でしたか! これはこれは。陛下の学の深さには私のような古株も頭が下がります」
「……」

 誰もが知っていることを大仰に誉めたてる様は、バカにしているとしか思えない。実際そうなのだろう。

「おっしゃる通り、三百年! そして、雷魔族はとうに滅んでいる。グラスとて、そんなものを敬う心など、欠片もございません。もう争う理由はないのです」
「だからなんだ……」
「時代遅れのかびの生えたものに縛られていては、人の繁栄はなせません」
「……何が言いたい……?」
「全く実りのない睨み合いを続けていたのでは、いずれわが国も滅んでしまいます。古ぼけた頭に操られていたのでは国を不幸にするだけです」
「その古ぼけた頭というのは私のことか」
「おやおやおや! これは異なことをおっしゃる! 古来より魔法の力を受け継いできた王族を古ぼけたなどと! 陛下の一国をも壊しかねない力には、私めも感服しております!」
「……」

 感服とはよく言ったものだ。王家の力など、ただ戦うための道具にすぎないと影で嘲笑っていることを知らないと思っているのだろうか。

 何か言ってやりたいが、下手なことを言えば、相手に攻め入る隙を与えることになる。

 シグダードが黙っていると、イルジファルアはさらに続けた。

「それにしても、グラスも思い切ったものです。魔法の力を捨て去るなど」
「あなたはあの話を信じているのか?」
「陛下はお疑いですか? 私には、グラスの気持ちがひしひしと分かります」
「……どういうことだ?」
「延々続く悪習のようなものなど、捨て去りたくもなります。廃れたものから脱却したくなるのは、人として当然でございます。まあ……陛下のような方には、我々のような無力な者の感情は、お分かりにならないかもしれませんが」
「……」
「そう言えば、陛下にもお子がいらっしゃいませんでしたなあ。わが国もそろそろかびだらけの血からは脱却してはどうでしょう? ははは。わが国の繁栄が見えるようですな! おや? 陛下? どちらへ?」

 あからさまな嫌みにも何も言えない。もしも自分が王でなかったら、もしもイルジファルアが最有力貴族などでなかったら、すぐさま剣を抜いたが、それもできない。

 もう口を開けば皮肉しかでてこない者の相手などしていられない。シグダードは後ろから聞こえる嘲笑の声から足早に遠ざかっていった。
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