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身代わりの結婚

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「俺との結婚で、音羽になにかをあきらめさせたくはないんだ。君が無理していないか、気がかりだ」

「碧斗さん……」

 やっぱり彼は優しい人だ。

「大丈夫です。私、夢をあきらめて帰国するなんて少しも思っていないですから。新しいなにかを探すために、日本へ帰るんです。こちらでなにができるのかを考えるのも、楽しいじゃないですか」

 心配などいらないのだと知ってほしくて、あえて軽い調子で言うと、ようやく碧斗さんの顔に笑みが戻ってきた。

 帰りは、碧斗さんに自宅まで送り届けてもらった。
 帰国の日程が決まったらすぐに連絡する約束をして、彼とはしばらくのお別れだ。

 それからバタバタと落ち着かないままフランスへ戻り、こちらでの生活を完全に切り上げるべく調整をはじめた。


 とりあえずいくつかの連絡を済ませて、ひと息つこうとソファーに座り、はたと我に返る。

 結婚が決まったことで頭がいっぱいになっていた少し前の自分を、しっかりしろと一喝したい。

 小野寺家を訪れたとき、結婚式の日取りは決まっていると言っていたのをようやく思い出した。招待状の発送も、なんとか常識の範囲内だと聞いた気がする。

 新婦を私に変えて、けれど日程はそのままでと話はまとまった。
 緊張と混乱のあまりうっかり日付の確認を忘れていたと、遅ればせながら気がついて愕然とした。

 慌てて電話で母に尋ねたところ、その返答に絶句する。

「十二月って……」

 しかも上旬だ。
 残された時間は三カ月ほどしかない。

 新婦の変更に伴って、必要となる準備はなにがあるだろうか。
 親戚の結婚式に二回ほど出席した経験しかない私では、まるで見当もつかない。

 それに、十二月だなんて会社も忙しいときではないだろうか。私生活でもクリスマスや年末年始とイベントが続き、あまり歓迎されないかもしれない。

 どうしてこの時期を選んだのか理由はわからないが、今さら私がなにを言っても覆るものではないと、やるいせないため息をついた。

 それよりも、今回の騒動が式の準備も最終段階に入っていたさなかに起こったのだとあらためて知り、小野寺家への申し訳なさがぶり返す。

『まあ、知らなかったの? 一嘩と違って、あなたはどこか抜けてるのよ。小野寺家に迷惑をかけないように、しっかりしてくれないと困るわよ』

 母はそう言うが、日取りなどもうずっと前に決まっていたはずだ。親族なのだからもっと早くに知らせるべきではないのかと、だんだん恨めしくなってくる。

「教えてくれてありがとう。それじゃあ」

 母のお小言を聞くのも億劫で、早々に会話を切り上げた。

 きっと伝え忘れていたのだろう。もしくは、招待状で知らせればよいとでも思われていたのかもしれない。

 私がフリーターのようなフラフラとした生活をしていると決めつけている母には、急な話であってもいくらでも都合をつけられると考えている節がある。

 悔しいが、ここでうじうじ言っていても時間の無駄だ。とにかく今は、少しでも早く帰国できるようにしなければならない。
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