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身代わりの結婚
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母によれば、式の細かい打ち合わせは、姉と碧斗さんとで行っていたようだ。その進捗状況を知りたくて、帰国時に教えてもらっていた碧斗さんの連絡先にメッセージを送ったところ、翌日に忙しい合間を縫って国際電話をかけてきてくれた。
「碧斗さん、すみません。私、結婚式の日取りがすっかり抜け落ちていて」
『ああ、大丈夫。あらかたの打ち合わせは、俺の方でしておいたから。まだ変えられる部分もあると思うが、両家の意見も取り入れているから無理なものもある。ただ、俺としてはできる限り音羽の意見を聞いてやりたいと思っているから』
「いえ。決まっているものはそのままでかまいません」
さすがにワガママを言える立場にないとわかっている。
それに結婚なんてまだ考えてもいなかったから、女性ならではの淡い憧れはあっても具体的な希望など思いつきもしない。
「とくに強いこだわりもないですし」
彼との結婚は政略的なものだ。会社のつながりが重要であって、優先されるのは私個人の意見ではない。
聞けば思った通り、会社関係の招待客が多くなると言う。そんな場に友人らを招いても、唐突過ぎるのもあって困らせてしまいかねない。
翔君はもともと親族枠で出席する予定だったから問題ないが、ほかの友人の招待は控えるつもりだ。事後報告の方が迷惑にならないだろう。
不義理を責められるかもしれないが、それで縁を切られるような柔な関係ではないと信じている。
後日お披露目を兼ねた食事会を設けられたらとチラッとよぎったが、忙しい碧斗さんにそれをお願いするのはためらわれる。ひとまず手紙で知らせるくらいになってしまうのも、仕方がないのだろう。
さすがに姉の招待客までは把握できないため、そこは母に任せておいた。
姉が結婚の話をどの程度周囲に漏らしていたかは知らないが、自身が望んだとはいえ、婚約破棄が社内での彼女の立場に影響が出るかもしれない。
本人の話が聞けない以上は、それもこれも覚悟の上での行動だったのだろうと信じるほかない。
『ドレスだけは一嘩さんと同じものというわけにはいかないから、早めに打ち合わせができるとありがたい』
スタイルのよい姉に合わせて用意したものは、体型が違う私では着こなせない。それに派手好きな彼女のことだから、きっと華やかなデザインを選んでいるはず。
姉とはまったく雰囲気が違うため、私には絶対に似合わないと見る前から想像できてしまった。
『音羽に似合うものを選びたいんだ』
スマホ越しの熱い声音に、ふるりと体が震える。
『フルオーダーは時間的に無理だが、確認したところ既製品に手を入れるくらいはギリギリ間に合わせてくれるそうだ。結婚式は一生に一度きりなんだし、音羽に似合う最高のドレスを俺も一緒に選びたい』
「一緒に?」
『ああ。だめか?』
彼の手を煩わせたくないとか、迷惑をかけたくないなんていうもっともな理由が浮かぶ。
その反面、母がドレス選びに付き合ってくれるとも思えないという懸念もある。たとえ母が協力してくれたとしても、ことあるごとに姉と比較されそうで気が進まない。
ただ、花嫁が急遽変更となれば、口にはされなくともいろいろと不審に思われるだろう。そんな中、たったひとりで打ち合わせに行くのはかなり勇気がいりそうだ。
試着した姿を碧斗さんに見られるのは気恥ずかしいが、彼が一緒にいてくれるのは心強い。
「迷惑じゃないですか?」
素直になれない私は、こんなふうに彼の本音を探ってしまう。
『迷惑なものか。楽しみなくらいだよ』
私に気を遣ってそう言ってくれるのだろう。そうわかってはいても、好きな人からかけられた言葉に心がときめいてしまう。
熱くなった顔を、必死に手であおいだ。
「で、できるだけ早く、日本に帰るように調整します。日程がはっきりしたら連絡しますね」
『ああ』
通話を終えた後も、交わしたばかりの彼とのやりとりを反芻してしばらく立ち尽くしていた。
「碧斗さん、すみません。私、結婚式の日取りがすっかり抜け落ちていて」
『ああ、大丈夫。あらかたの打ち合わせは、俺の方でしておいたから。まだ変えられる部分もあると思うが、両家の意見も取り入れているから無理なものもある。ただ、俺としてはできる限り音羽の意見を聞いてやりたいと思っているから』
「いえ。決まっているものはそのままでかまいません」
さすがにワガママを言える立場にないとわかっている。
それに結婚なんてまだ考えてもいなかったから、女性ならではの淡い憧れはあっても具体的な希望など思いつきもしない。
「とくに強いこだわりもないですし」
彼との結婚は政略的なものだ。会社のつながりが重要であって、優先されるのは私個人の意見ではない。
聞けば思った通り、会社関係の招待客が多くなると言う。そんな場に友人らを招いても、唐突過ぎるのもあって困らせてしまいかねない。
翔君はもともと親族枠で出席する予定だったから問題ないが、ほかの友人の招待は控えるつもりだ。事後報告の方が迷惑にならないだろう。
不義理を責められるかもしれないが、それで縁を切られるような柔な関係ではないと信じている。
後日お披露目を兼ねた食事会を設けられたらとチラッとよぎったが、忙しい碧斗さんにそれをお願いするのはためらわれる。ひとまず手紙で知らせるくらいになってしまうのも、仕方がないのだろう。
さすがに姉の招待客までは把握できないため、そこは母に任せておいた。
姉が結婚の話をどの程度周囲に漏らしていたかは知らないが、自身が望んだとはいえ、婚約破棄が社内での彼女の立場に影響が出るかもしれない。
本人の話が聞けない以上は、それもこれも覚悟の上での行動だったのだろうと信じるほかない。
『ドレスだけは一嘩さんと同じものというわけにはいかないから、早めに打ち合わせができるとありがたい』
スタイルのよい姉に合わせて用意したものは、体型が違う私では着こなせない。それに派手好きな彼女のことだから、きっと華やかなデザインを選んでいるはず。
姉とはまったく雰囲気が違うため、私には絶対に似合わないと見る前から想像できてしまった。
『音羽に似合うものを選びたいんだ』
スマホ越しの熱い声音に、ふるりと体が震える。
『フルオーダーは時間的に無理だが、確認したところ既製品に手を入れるくらいはギリギリ間に合わせてくれるそうだ。結婚式は一生に一度きりなんだし、音羽に似合う最高のドレスを俺も一緒に選びたい』
「一緒に?」
『ああ。だめか?』
彼の手を煩わせたくないとか、迷惑をかけたくないなんていうもっともな理由が浮かぶ。
その反面、母がドレス選びに付き合ってくれるとも思えないという懸念もある。たとえ母が協力してくれたとしても、ことあるごとに姉と比較されそうで気が進まない。
ただ、花嫁が急遽変更となれば、口にはされなくともいろいろと不審に思われるだろう。そんな中、たったひとりで打ち合わせに行くのはかなり勇気がいりそうだ。
試着した姿を碧斗さんに見られるのは気恥ずかしいが、彼が一緒にいてくれるのは心強い。
「迷惑じゃないですか?」
素直になれない私は、こんなふうに彼の本音を探ってしまう。
『迷惑なものか。楽しみなくらいだよ』
私に気を遣ってそう言ってくれるのだろう。そうわかってはいても、好きな人からかけられた言葉に心がときめいてしまう。
熱くなった顔を、必死に手であおいだ。
「で、できるだけ早く、日本に帰るように調整します。日程がはっきりしたら連絡しますね」
『ああ』
通話を終えた後も、交わしたばかりの彼とのやりとりを反芻してしばらく立ち尽くしていた。
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