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不穏な足音
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姉と碧斗さんがふたりで会っていたのを目撃して、三日が経った。
結局私は、姉について碧斗さんに聞けずにいる。そして、彼からもなにも言われていない。
碧斗さんの態度はいつも通りなのかもしれないが、あんな場面を目撃したせいでうがった見方をしてしまう。
これまでなら気遣いや優しさだと捉えていた彼の言動が、後ろめたさから配慮を見せているように感じられてならない。
私の思い過ごしかもしれないが、一度疑いだしたら止まらない。
これまでに比べて口数が少ないのは、私との距離を測りかねているからか。姉への想いをあらためて自覚して、彼は無意識に私を拒絶しているのかもしれない。
それとも、すでに離婚を切り出そうとタイミングを見計らっているのだろうか。
物事を悪い方へばかり考えてしまい、気分が沈みがちになる。
今夜は夕飯が不要だと言われて、ひとりで食卓に着いた。
こんなことは一緒に暮らしはじめてから何度もあり、慣れているつもりでいた。それに、フランスで暮らしていた頃は、ひとりで食事をとるのが当たり前だった。
でも今は、ひとりにされることが不安で仕方がない。
今夜の碧斗さんは、仕事が立て込んでいるのだろうか。
まさか、姉との約束があるのだろうか。
「はあ」
勝手に想像して、重いため息が漏れる。
食欲はないが、体調を崩して碧斗さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
とりあえず少しは口にしようと義務的に箸を動かし続けたものの、味なんてまったくわからなかった。
食器を片づけ終えて、リビングのソファーに腰を下ろす。
そうしてぼんやりと窓の外を眺めていたときに、思わぬ人物から電話がかかってきた。
「もしもし、翔君?」
『ああ。久しぶりだな、音羽。今、大丈夫か?』
信頼する友人の声に、なんだか大きく安堵する。
長い付き合いならでは気安い雰囲気がたまらなくうれしくて、頬が緩んだ。
「大丈夫だよ」
『そうか。あのさあ、フランスの話を聞きたいんだけど』
一時は翔君との友人関係もどうなるかと危ぶんでいたが、こうして友人関係が続けられている。そのありがたみを、密かに噛みしめた。
「なにかあったの?」
翔君は今、外資系の企業に就職している。仕事関係でなにかあるのだろうかと考えながら、かつて彼と交わした会話を思い出していた。
学生の頃の翔君は、自分も小野寺で働くべきかを迷っていた時期がある。
あるとき彼は、『社長になりたいとはまったく思わないんだけど、今の状況はなんでもかんでも兄貴に押しつけているようで』と、珍しく深刻な表情をしながら悩みを打ち明けてくれた。
お気楽な次男の立場を謳歌する反面、翔君はいつもそう気にかけていた。
おそらくそこには、結婚相手すら自分の意志で選べなかった碧斗さんへの気遣いも含まれていたのだろう。
そんな翔君に、自分の思うまま進めばいいと後押ししたのは、碧斗さん本人だった。
『小野寺を継ぐのは、ある意味押しつけからはじまったかもしれない。だがまったく後悔していないし、今では会社を大きくしていくことを楽しんでいるくらいだ。だから、俺に遠慮する必要はない。翔の好きなことをすればいい』
そんなふうに碧斗さんに言われたと、進路を決めたときに翔君が教えてくれた。
その言葉がどこまでが本心かなんて、碧斗さんにしかわからない。
でも、きっとそこには兄としての思いやりも含まれていたのだろうと、普段の碧斗さんを見ていれば容易に想像できた。
結局私は、姉について碧斗さんに聞けずにいる。そして、彼からもなにも言われていない。
碧斗さんの態度はいつも通りなのかもしれないが、あんな場面を目撃したせいでうがった見方をしてしまう。
これまでなら気遣いや優しさだと捉えていた彼の言動が、後ろめたさから配慮を見せているように感じられてならない。
私の思い過ごしかもしれないが、一度疑いだしたら止まらない。
これまでに比べて口数が少ないのは、私との距離を測りかねているからか。姉への想いをあらためて自覚して、彼は無意識に私を拒絶しているのかもしれない。
それとも、すでに離婚を切り出そうとタイミングを見計らっているのだろうか。
物事を悪い方へばかり考えてしまい、気分が沈みがちになる。
今夜は夕飯が不要だと言われて、ひとりで食卓に着いた。
こんなことは一緒に暮らしはじめてから何度もあり、慣れているつもりでいた。それに、フランスで暮らしていた頃は、ひとりで食事をとるのが当たり前だった。
でも今は、ひとりにされることが不安で仕方がない。
今夜の碧斗さんは、仕事が立て込んでいるのだろうか。
まさか、姉との約束があるのだろうか。
「はあ」
勝手に想像して、重いため息が漏れる。
食欲はないが、体調を崩して碧斗さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
とりあえず少しは口にしようと義務的に箸を動かし続けたものの、味なんてまったくわからなかった。
食器を片づけ終えて、リビングのソファーに腰を下ろす。
そうしてぼんやりと窓の外を眺めていたときに、思わぬ人物から電話がかかってきた。
「もしもし、翔君?」
『ああ。久しぶりだな、音羽。今、大丈夫か?』
信頼する友人の声に、なんだか大きく安堵する。
長い付き合いならでは気安い雰囲気がたまらなくうれしくて、頬が緩んだ。
「大丈夫だよ」
『そうか。あのさあ、フランスの話を聞きたいんだけど』
一時は翔君との友人関係もどうなるかと危ぶんでいたが、こうして友人関係が続けられている。そのありがたみを、密かに噛みしめた。
「なにかあったの?」
翔君は今、外資系の企業に就職している。仕事関係でなにかあるのだろうかと考えながら、かつて彼と交わした会話を思い出していた。
学生の頃の翔君は、自分も小野寺で働くべきかを迷っていた時期がある。
あるとき彼は、『社長になりたいとはまったく思わないんだけど、今の状況はなんでもかんでも兄貴に押しつけているようで』と、珍しく深刻な表情をしながら悩みを打ち明けてくれた。
お気楽な次男の立場を謳歌する反面、翔君はいつもそう気にかけていた。
おそらくそこには、結婚相手すら自分の意志で選べなかった碧斗さんへの気遣いも含まれていたのだろう。
そんな翔君に、自分の思うまま進めばいいと後押ししたのは、碧斗さん本人だった。
『小野寺を継ぐのは、ある意味押しつけからはじまったかもしれない。だがまったく後悔していないし、今では会社を大きくしていくことを楽しんでいるくらいだ。だから、俺に遠慮する必要はない。翔の好きなことをすればいい』
そんなふうに碧斗さんに言われたと、進路を決めたときに翔君が教えてくれた。
その言葉がどこまでが本心かなんて、碧斗さんにしかわからない。
でも、きっとそこには兄としての思いやりも含まれていたのだろうと、普段の碧斗さんを見ていれば容易に想像できた。
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