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第1章 異世界武者修行編
第36話 現実逃避(クラリス)
しおりを挟むクラリス・アルクインはマクベスの報告を受け現実逃避気味に異世界人の発明したお菓子――団子を頬張っていた。
現実逃避の原因はクラリスが最も恐れていたこと。即ち魔術師キョウヤ・クスノキがクラリス達冒険者組合を敵と見なしたことだ。
クラリスはロイドを通してマクベスに《聖騎士》が不用意な行動を起こさないよう監視を命じていた。その際にキョウヤが冒険者組合の敵にだけは回らないよう行動するよう厳命しておいたのだ。
しかしあっさりマクベスはこの命を破り事態は混沌化した。
マクベスは基本クラリスには忠実だ。今まで命令無視など一度たりともありはしない。だからクラリス達の指示を無視した理由は不明だ。
マクベスを問い詰めると《妖精の森》とそのギルドマスターであるキョウヤの実力を確かめたい。この一点張りだ。
きっとマクベスはキョウヤを単に強い魔法使い程度の認識しか持ち合わせていないのだ。
だが魔術師と魔法使いは全てが違う。勿論その最たるものが強さなのは間違いない。魔術師の扱う魔術とこのアリウスの魔法使いの扱う魔法は次元の異なるものだ。
クラリスの魔術の師は嘗てたった一つの魔術で魔物2000匹を殲滅して見せた。
師の発言が真実ならば魔術師の中でも師は最上位の魔術師らしく誰もがこの手の魔術を扱えるわけではないらしい。だが魔術師である限り可能性は零ではない。
それに魔術師と魔法使いでは考え方も全く異なる。魔法使いはある意味物欲的だ。出世欲、財産欲、性欲のために魔法を学ぶ。師はこれを心の底から侮蔑していた。魔術師は力と真理の探究を至上命題とし、それを求めるためなら財産も誇りも愛でさえも生贄にする生物だから。
だがクラリスは師のようには考えない。例え俗物的であろうと力と真理以外興味のない怪物よりかはまだまだ人間らしいから。
何よりその怪物が冒険者組合の敵に回ったのだ。近い将来冒険者組合と《妖精の森》の全面戦争になる可能性が高い。魔術師――キョウヤ・クスノキに襲われればクラリスも全力で応戦せざるを得ない。そうなれば、このグラムは死地となり、未だかつてない数の人が死ぬだろう。
それは今の帝国とエルフ国・獣王国の戦争が御飯事に思える程の規模のものになるはずだ。
このような危機的状況でも冒険者組合内の意思統一が図れていればまだ対処のしようがあった。
しかし事態はクラリスの思惑の斜め上を突き進む。
マクベスがたった今開かれた会議場でキョウヤ・クスノキは甘ちゃんで理想主義であり、ギルドゲームに出れば使い者にならないと発言したのだ。
ギルドゲームは仕掛けた方がルールを設定でき、圧倒的に有利な立場に立つのが特徴のゲーム。嫌ならば拒否すればよいというわけだ。
《聖騎士》はギルドマスター同士の戦いを提示し、ギルドゲームを仕掛けるはず。そしてこのまま組合が黙認すればどんな手を使ってでも受けさせるような状況を造り出すだろう。
《妖精の森》のギルドゲーム敗北濃厚とみた一部の幹部達からは冒険者組合は基本ギルド間の争いに介入すべきではないとの主張が相次ぐ。
これを別の言葉で言い換えれば《聖騎士》の行為を黙認してギルドを解体すべきということだ。
おそらく《妖精の森》の回復薬の利益に目がくらんだのだろう。あの回復薬は全部組合が売れば週に50億ジェリーにもなる。これは組合の紅石による売却など吹っ飛ぶ利益だ。
大方ギルドゲームに勝利した《聖騎士》から組合幹部個人数人が連帯して回復薬製造機を買い取る算段でもあるのだろう。
事情も知らず多方面から多額の借金がある《聖騎士》は2~3億ジェリーのはした金でも売却すると思われる。
この幹部達の意図を読んだロイドは烈火のごとく怒り狂っていたが利益に目がくらんだ阿呆共には馬の耳に念仏状態だった。
ロイドの言う通だ。阿呆共はわかっちゃいない。魔術師が甘ちゃんで理想主義者? そう見えるだけでその実は正反対。約50年近くクラリスは魔術師の妻として寄り添って生きたのだ。彼らがどれほど自己中心主義の権化で、自身の目的を遂げるためなら非情になれる存在かは十分すぎるほど理解している。
現に師はたった一度の少女からもらったパンの恩のために、人間に捕らわれたエルフの少女を助けた。ここまでならよくある英雄譚や美談だ。だがそのために師は駐屯基地1つの兵士を皆殺しにした。
彼らは甘いわけじゃない。理想主義者のわけでもない。ただ他者と異なる倫理観とルールで動いているだけだ。
おそらく今回のキョウヤも同じ。件の角の少年を助けるという目的ならこのグラムを死の街に変えるくらいは平然とやる。そう思えてしまう。
「クラ婆ちゃん。そう怒んなよ」
「うっさいわ!
途中まで順調に事が運んでたのに、お主が出て来てから無茶苦茶だ。会議場でなぜあんな発言をした?」
「そのうちわかるって。
……このままだと婆ちゃんが心労で倒れそうだから一言だけ。
《妖精の森》が冒険者組合に敵意を向けるこたぁ絶対ないぜ」
「それはどう言う――」
マクベスの意味深な言葉の意図を問いかけようとしたその時、幹部の一人が血相変えて組合長室まで駆け込んできた。
「きたか。時間までぴったりだ。クラ婆ちゃんのセリフまで、全部あのひとの言った通り……心底怖ぇ……震えがくる」
マクベスは壁時計を見ながら恍惚の表情で身を震わせている。
マクベスが敬意を払うのは師であるクラリスと親戚筋にあたるエイミスくらいだ。そのマクベスをして《あのひと》などと発言させる人物には大いに興味があったが、幹部の焦燥しきった姿を見ればそれどころではないことは一目瞭然だ。
「どうしました?」
普段の丁寧な口調に直して優しく問いかける。
「ス、《妖精の森》が《聖騎士》、《救世軍》、《血の同盟》の3ギルドに対しギルドゲームをしかけ、3者とも受託。
ギルドゲームです。ギルドゲームが開催されます!」
ギルドゲーム……。グラムで有名な業突張り3ギルドが受託したのだ。彼らにとってかなり有利な条件なのだろう。
おそらくステラ、アリスの両エルフは出場すまい。
「ゲームのルールと出場者は?」
「ルールはこのグラムの街を舞台にした戦闘で、相手の胸に付けたプレートを奪うこと。
日時は今日の18時開始。
出場者は《聖騎士》、《救世軍》、《血の同盟》の3ギルドが5人ずつ」
典型的なギルドゲームだ。午後18時というと開始まで後30分ほどしかない。
「《妖精の森》の出場メンバーは?」
「そ、それが……」
幹部の一人は言葉に詰まっているようだ。
ギルドマスター一人の出場ってところか……。15対1だ。普通に考えれば勝負は見えている。
この事件についてクラリスが《妖精の森》よりなのは周知の事実。それは彼らも口籠りもしよう。
「私に気を使う必要はありません。
ギルドゲームの開催を組合が正式に受理した以上、我らはただルールにのっとり対処するだけです」
それに魔術師であるギルマスターに《聖騎士》達が勝てるとも思わないし。
幹部はほっとした顔で言葉を紡ぐ。
「《妖精の森》は1名。キミ・ササキ。8歳の童女です」
「は?」
一瞬思考が完全停止した。
数十秒後、やっと頭が現実を認識する。8歳児? 流石にそれはないだろう。相手は仮にも中級ギルドの幹部達だぞ?
「きひひひひっはははは!!
こりゃあいい、傑作だ。実に最低のキャスト! このおぞましさ、あの人はホント素晴らしい!!」
マクベスが腹を抱えて笑い始めた。狂ったように笑うマクベスとは対照的にクラリスは猛烈に頭を抱えたくなる
一体、あのギルマスはどういう腹積もりなのだ? 彼には破滅願望でもあるのだろうか? 負ければギルド名も、名誉も、財も、仲間さえも失うというのに。
突然組合長室の扉がドンッと勢いよく開きエイミス以下、クラリスの側近たちが顔を上気させつつ入ってきた。ロイドまでいる。さっきまで怒り狂っていたのが嘘のように上機嫌だ。
マクベスといい、エイミスといいクラリスとの認識の差はかなりあるようだ。
エイミスの後ろに縦縞の黒服を着た黒髪の男を見たとき、クラリスにも大方のからくりが読めてきた。
この男の報告はロイドからすでに受けていたから。
ロイドは自身を《オモイカネ》と名乗る男を《妖精の森》の実質ナンバーツーだと評価していた。そして恐ろしく頭の切れる男であり、《妖精の森》のギルドマスター以上に敵に回していけない人物だとも。
十中八九、この人物がこの騒動のコーディネーター。全ての元凶だ。
確かにあの会議は不自然すぎた。
一部の幹部達の無法の意図など容易に察することができたはずのエイミスを初めとするクラリスの側近達が、会議で一言も言葉を発しなかったこと。
度重なるマクベスの言動。
そしてやけにキレ易かったロイド。
「《妖精の森》の参謀役――オモイカネと申します。どうぞお見知りおきを」
オモイカネはクラリスの前で右胸に手を当て軽く会釈をする。
「冒険者組合長のクラリス・アルクインです。
貴方の事はロイドから聞き及んでおります。
新しい《妖精の森》の幹部で大層賢い方だと」
「これは、これはお褒めいただき恐悦至極に存じます。
それではお近づきの印にどうぞこれを」
オモイカネはクラリスに真紅の指輪を渡してきた。
受け取った右手にピリリッと電気が走る。勿論錯覚だ。錯覚だが、この電気が走るイメージが湧くとき、大抵それはヤバイもの。
見るとエイミスを筆頭とする幹部達、さらにはロイドやマクベスまで似た指輪をしていた。
クラリスが手に取っても他の幹部が騒がないことからして、命に別状がある代物ではないのだろう。
恐る恐る指輪をするが何の変化もない。特別な魔術道具だと予想していたのだが違ったのだろうか。
「その指輪は視認したもののLV等の能力値を分析するものです。
さらに我が《妖精の森》と取引のある紅石、ポーション等の分析もできるようにしてあります。
お試しいただければ幸いです」
「クラ婆ちゃん。『調査』で分析できるぜぇ」
満面の笑みの弟子の言葉に従い、自身を『調査』してみる。
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ステータス
【クラリス・アルクイン】
★レベル:66
★能力値:HP5000/5000 MP15000/15000 筋力1511 耐久力1502 俊敏性2512 器用1504 魔力7507 魔力耐性6504
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(っ!!? 魔水晶の解析魔術を視認しただけで発動し得るようにしたもの?
口で言うほど簡単な魔術道具じゃない!
あの人でさえ魔法水晶の解析魔術を開発するので精一杯だったのに……)
クラリスの夫であり、師でもあった魔術師は数年におよぶ研究で魔力の籠った水晶に手を触れるとその物の能力値が浮かび上がる解析魔術を生み出した。
クラリスが後に冒険者組合に《解析部》を設置し、この部署に配属された職員に解析魔術を教授した。そして解析魔術を使用できるようになった職員を組合に常置したのである。
無論クラリスも長年解析魔術の改良の研究を続けていたが師の作成したこの水晶解析魔術を超えるものはできなかったのだ
それを視認しただけで解析が完了する指輪など、冗談にしか思えない。
「その指輪は今のところ数に限りがありますので幹部の方々にだけお渡ししております。どうぞご理解ください」
だから数がどうのという問題じゃない。これは途轍もない魔術道具だ。魔術の常識を根本から揺るがすほどの――。
次いでオモイカネがパチンッと指を鳴らすと、羽を生やした小人達が多数組合長室の扉から四角く平べったい装置を運んでくる。
物凄く嫌な予感がする。それはクラリスの常識が根底から覆される予感。
オモイカネが小型の黒色の長方形を右手に持ち、四角い装置に向けると装置にクラリスがよく知る風景が浮かび上がる。それはグラムの中区の風景。
部屋中に歓声が巻き起こる。
「それでは我が《妖精の森》主演の演舞を存分にお楽しみください」
オモイカネが右手を胸にあてて恭しく一礼すると、四角い板は中央区の広場にいる15人の大人と1人の少女を映し出す。
15人の大人は《聖騎士》、《救世軍》、《血の同盟》の幹部達。
1人の可愛らしい少女は《妖精の森》のギルドメンバー。
《聖騎士》15人はゲームの相手選手の幼さを見て勝利を確信したのか、ゲーム終了後の《妖精の森》の財産とステラとアリスの取り合いを始める始末だ。
だがこの解析の指輪をしているクラリス達にとっては実に滑稽な光景だった。
確かにこれは《妖精の森》主演の喜劇だ。実力差がありすぎて勝負にすらならない。
そう確信させるほどの少女と15人の大人たちの強さの間には深い溝があった。
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ステータス
【キミ・ササキ】
★レベル:72
★能力値:HP12600/12600 MP12600/12600 筋力3001 耐久力3006 俊敏性6200 器用4304 魔力4305 魔力耐性4200
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(レ、レベル72……この子私より強い。8歳で私以上の魔物を倒したってこと? いやそれは物理的にありえないか……。
とするとマクベス同様、LVが上昇しやすい特殊体質だと考えるべきね)
次いで参加3ギルドの幹部達の中で最も強力な者は意外にも《聖騎士》のギルドマスター――トレント・ジョイスだった。
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ステータス
【トレント・ジョイス】
★レベル:16
★能力値:HP500/500 MP400/400 筋力220 耐久力220 俊敏性160 器用160 魔力100 魔力耐性100
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このトレント・ジョイスという子も20代でLV16まで登りつめたのだ。才能があるし、相応の努力もしてきたはずだ。
目先の利益に目がくらまなければ、将来ランクSにすら到達しえたかもしれない。こんなところで消えることになるとは勿体ないとしか言いようがない。
《聖騎士》側最強のトレント・ジョイスとキミ・ササキは俊敏性で37倍もの差がある。
これはバッチの確保が目的であり、俊敏性がものをいうゲームだ。《聖騎士》側の敗北は100%決定している。
「婆ちゃん。始まるぞ」
マクベスに促され思考という名の深海から抜け出し、五感を眼前の映像に集中する。
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お読みいただきありがとうございます。
ついに総合評価が2万を超えました。読んでくださった皆様には感謝に耐えません。ありがとうございます!!
ここで出て来る解析の指輪はあくまで解析能力のある水晶と同等の事を視認で可能とするだけの劣化版です。従って、スキルや魔術は一切わかりませんし、物も特定のものしかできません。オモイカネさんが恭弥に不利になる事をするはずがないのでそこからへんは安心してお読みください。
応援ありがとうございます!
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