その傷を舐めさせて

雪村こはる

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友達、あげようか?

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「夜天」

「……え?」

「俺の名前」

「……やてん。あー!」

 杏奈が廊下で話している時に名前が出てきた人だ、と大声で指を差した。

「るせ……」

「私、知ってます。夜天先生!」

「知ってんじゃねぇかよ」

「いや、名前だけです」

「何で名前だけなんだよ」

「橘さんの会話に出てきました」

「橘? あぁ、あの頭の悪そうな女か」

 無表情で言った夜天の言葉を聞き、夕映は喉の奥でヒュッと高い音が鳴るのを感じた。

 口悪いなぁ……。夕映は自分でも頬が引きつっているのがわかった。

「まぁいいや。とりあえずスマホ出せ」

「……え?」

「連絡先教えろ」

 しれっとそんなことを言いながら、長い足を組んでスマートフォンを操作する夜天。その光景に夕映の目は点になる。いつもなら、診察室で2人きりで話すのは旭のはずだ。
 今日も帰り際に内分泌内科の外来に明かりがついているのを見つけて、旭に会いたい気持ちを抑えきれずに寄ってみたのだ。
 あっさりと診察室に通してくれたものの、特段話すこともなく軽い世間話と、現在これだけ嫌われている自分のせいで旭まで嫌なことを言われているんじゃないかと心配になり確認した次第だ。

 しかしそれをこの男に盗み聞きされた挙句、なぜか連絡先まで搾取されようとしている。まさかこれをネタに揺すりでもかけようとしているんじゃないかと更なる恐怖が襲った。

「な、何でですか? 私を脅したって何も手に入るものなんてありませんよ」

「あ?」

「お、お金もないし、美人でもないし……」

「うるせぇな。どっちみちお前も契約だろ? こっちも色々かかってるもんがあんだよ」

「かかってるもん……?」

「チケット。姉貴からそれ貰うためにお前の連絡先聞いてこいって言われてんだ。誰がお前みたいなガキの金や体に興味あるんだよ? さっさとしろ、クソガキ」

「はい?」

 突然そんなことを言われても当然思考は追いつかないし、ましてクソガキ呼ばわりされる覚えもない。チケットとはなにか。何がどうなっているのかと呆然とする。

「だから、お前が旭と契約してたようにこっちも希星と契約してんだよ。お前の話と連絡先を聞いて、友達になったらチケットやるってな」

「チケット……?」

「グレン・ブラウン」

「……誰ですか?」

「は!? お前、グレン・ブラウン知らねぇのかよ!? 世界的に有名なピアニストだぞ」

「……音楽はよくわかりません。そんなオシャレなピアノとか聴かないですし……」

「だから品もねぇんだよ。クラシック似合わねぇもん」

 平然とそう言うが、夕映は聴いている人間がこうなんだからクラシックを聴いたところで品なんか育つわけがないと目を細めた。
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