その傷を舐めさせて

雪村こはる

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友達だろ?

06

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「水くらい買ってやるから大人しくしてろ」

「はーい」

 大股で自販機に向かう夜天の後ろをまた小走りでついていく。追いつく頃には少し息が切れる。自販機を見上げると、既に赤いランプが付いていた。

「好きなの選べ。さすがに届くだろ?」

「と、届きますよ! そこまで小さくありません!」

 むっと顔をしかめた夕映は、手を伸ばしてミネラルウォーターのボタンを押した。ガコンと大きく音を立てた。夜天は屈んでそれを取り出すと、夕映に手渡してやる。

「ありがとうございます……」

「ん……」

 再び歩き出した夜天の隣に並び、夕映はその長身を見上げた。

「先生は飲まないんですか?」

「ああ。元々水分はそんなに摂らない」

「え!? 脱水になっちゃいますよ!?」

「わかってるよ、医者なんだから」

 そう言って夜天は面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。14時から始まったコンサートが2時間程度で終了し、現在は夕方と呼べる時刻だというのにすっかり日は伸びてまだ昼間のように明るい。

「普段は忙しいから飲んでる暇がないだけなんじゃないんですか?」

「それもある。診察中は忙しくてトイレも行けないから、水分はなるべく摂らない」

「なるほど……高齢の患者さんみたいなこと言いますね」

 思いついたように言った夕映に「お前なぁ……」と呆れた様子の夜天。言いたい放題な夕映に振り回されながらも、なんとなくこんな休日も悪くないと思った。

「先生はいつもあんなオシャレなコンサートを見に行くんですか?」

 弾んだ声で夕映が言うと、やはりすれ違う人々が夜天を見上げる。

「先生って呼ぶなって言ってるだろ。目立つんだよ」

「もう十分目立ってますよ」

「おい。わかってんなら自重しろよ」

「じゃぁ……夜天さん?」

「うん」

「はい」

 こくんと頷いた夕映は、「夜天さん、夜天さん……」と小さな声で呼び方の練習を始めた。一々子供のような夕映に、自然と笑みがこぼれた。
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