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本編
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「は?」
俺は何が起きたのか分からず床に押さえつけられたままヘンダーソン公爵を見た。
「まだ分かりませんか?私がザックですよ。」
「う、嘘だ。ザックは死んだと・・・それに公爵家の跡継ぎは長男1人だったはずだ。」
「ザックが死んだと誰から聞いたんですか?」
「ヘンダーソン家の使用人から・・・ザックとは言っていなかったが、毒で死んだ使用人がいると・・・」
「へぇ、お兄さん、私のことを調べてくれたんですね。」
そう言いながらヘンダーソン公爵は俺を助け起こした。俺は公爵をまじまじと見る。確かに髪も目も顔立ちもザックに似ているが・・・俺はてっきり見たこともない長男がザックに似ているのだとばかり思っていた。それに何より、昔からは想像できないほどデカい。
「本当に、本当にザックなのか?」
「だからそうですってば。あ、ほら。これが証拠です。」
まだ信じられない気持ちでそう尋ねた俺に、公爵は昔俺がザックの手当てに使ったタイを取り出した。
「これは・・・」
「やっと信じてくれましたか?」
まだにわかには信じることができないが、これは紛れもなく俺がザックにあげたものだ。それに俺をお兄さんと呼ぶのも、名前を教えなかったことも、全てザックしか知らないことだ。
「うっ、ザック・・・本当に・・・?良かった・・・生きてたんだな・・・」
俺はまとまらない思考でザックを抱きしめた。もはや相手が公爵だということはすっかり頭から抜け落ちていた。
「私も、会いたかったです・・・。よかった、やっぱりお兄さんは私の大好きなお兄さんのままだ。」
「何が大好きだ、いなくなる前に連絡の一つもよこさなかったくせに・・・俺がどれだけ心配したと思ってんだ・・・」
「ふふ、ごめんなさい。でもそれにはちゃんと事情があったんです。説明しますから泣かないでください。」
「な、泣いてなんかない!」
「じゃあフードをとっても良いですよね。」
そう言ったザックは「えいっ!」と俺のフードを剥ぎ取った。
「あっ!」
俺は慌てて顔を隠すが時すでに遅し、ザックにばっちり見られてしまった。・・・ついでに、泣いていたのもバレてしまった。
「み、見るな!見せられないんだよ!」
俺は手遅れだと分かっていながら慌ててフードを被り直す。ザックはそんな俺の手を取って悲しそうな顔をした。
「もう隠さなくて良いんです。お兄さんがカインの双子の弟だということはもう知っていますから。」
「な、何でそれを・・・」
「全て話しますから、聞いてくれますか?」
そう言ってザックは俺をソファへと座り直させた。そしてなぜか真横にピッタリと座ったザックは、俺が逃げ出さないようにとでも言いたげに手を握ったまま話し始めた。
「・・・そうだったのか。よかった・・・本当に無事でよかったよ。」
俺はザックが今に至るまでの経緯を聞いた。毒殺されかけたと聞いた時には気が気ではなかった。本当に運が良かっただけで、一歩間違えればザックは死んでいたのだ。
「去る前に会いに行くことができなくてすいませんでした。」
「いや、仕方なかったんだろ。俺こそ、お前が死にかけてる時、何もしてやれなかった・・・」
「そんなことありません!そもそも僕がそこまで生きようと思えたのはお兄さんのおかげなんですから。」
「・・・大袈裟だな。」
「本当のことですよ。」
「そうか・・・少なからずお前の役に立ってたなら良かった。」
「・・・そんな程度じゃないのに。」
「ん?」
「いいえ、何でもありません。それで、私はあなたに会いたくてアーデン家に手紙を送ったんです。」
「そうだったのか・・・それは悪かったな。お前からの手紙が届いた時、てっきり前公爵の長男からかと・・・」
「いいえ、僕も何も言いませんでしたから。まさかあなたが居ないことになってるなんて知らなくて・・・」
「いや、それは俺も何も言わなかったし・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ふふっ、私たちは秘密が多すぎたみたいですね。」
「ああ、全くだな。おかげでお前が生きてたってことに気づくのに随分時間がかかった。」
「これからはもう隠し事は無しですよ?」
「まあ、そこまで知られてるならもう隠すことはないよ。」
「よかった!あ、せっかく名前も分かったことですし、これからはテイトって呼ばせてもらいますね。」
「あ、ああ。それは構わないんだが、俺は・・・」
そこでやっとザックが公爵だということを思い出す。俺も一応貴族とは言え、ほとんど籍がないような人間だし、ザックと呼び続けるのは・・・
「僕のことは昔のままザックと呼んで下さい。」
そんな考えを見透かしたように先手を打たれた。
「でも、お前は公爵で・・・」
「テイト。お願いですからザックと呼んでください。」
「わ、わかったよ。ザック・・・」
有無を言わさない態度に気圧される形で承諾すれば、ザックはにっこりと笑った。だがすぐに真剣な顔に戻ったザックが俺の手を握りなおす。
「それで話しは戻りますが、僕が婚約したかった相手はテイトなんです。」
「・・・なる、ほど?」
俺は頭が追いつかないまま適当な相槌を打つ。ザックは俺に婚約を申し込もうとしたが今はカインと婚約していて・・・
「悪い、やっぱりちょっとよくわからない。そもそもなんで俺に婚約なんか・・・」
「そんなの、テイトのことが好きだからに決まってるじゃないですか。」
「いや、お前の好きは多分あれだろ。家族とか、それこそ兄みたいな存在としての"好き"なんじゃ・・・」
「違います。」
「っ、そんなキッパリと言えるのか・・・」
「私はテイトのことが恋愛対象として好きです。だから、どうか私と付き合って下さい。」
「いや、でもお前はもうカインの婚約者で・・・」
「そこは申し訳ないですけど破棄させていただきますよ。カインも納得するはずです。」
まあカインは公爵をザックだと気付いて嘘をついていたらしいし、カインに非があるので納得はするかもしれないが・・・
「でも、俺はこんな体で表舞台には出られないし、ましてや公爵の婚約者なんて無理だ。」
「テイト。私はあなたの腕のことも体面も気にしません。私が公爵位を継いだのは、今度は私があなたの力になりたかったからです。」
「俺は何も・・・・・・」
「いいえ。テイトは間違いなく私に生きる目的をくれた人です。だから、今度は私がテイトを幸せにします。」
「っ!」
こんなことを言われたのは初めてで、どう反応すれば良いのか分からない。
ザックは1番辛かった時期に優しくした俺に愛情を感じてくれているのだろう。実際のところ俺なんてそんな価値のある人間ではないのに・・・
「やっぱり俺は・・・」
「テイト、急いで答えを出さなくても構いません。それに、間違ってしまったけれどどうか私にもう一度チャンスを下さい。」
そう言ったザックは真剣で、俺は断る言葉を飲み込んだ。
「わかった・・・考えるよ。それから、お前ももう一度よく考えろ。」
「私の考えは変わりませんよ?」
「どうだかな・・・俺はお前に好かれるような人間じゃない。」
「そんなことありません。」
「・・・ならそれを証明してくれ。そうだな・・・半年経ってもお前の考えが変わらなかったら俺も答えを出すよ。」
「・・・いいでしょう。半年も待つのは辛いですが、絶対に考えが変わらないということを証明してみます。」
「ははっ、そうか。半年後が楽しみだな。」
(どうせ変わるに決まってるのに。)
俺を婚約者に据えようなんていくら公爵とは言え、いやむしろ公爵だからこそハードルが高すぎる。きっとそのことがわかってくればザックも諦めるはずだ。
それに俺はザックに何をしてやれたわけでもない。今のザックならもっと彼を大切にしてくれる人たちと出会えるだろう。
・・・少し切なくも思うがザックにとってもそれが幸せだ。
「もう、テイトは私のことを全く信じていないんですね・・・」
俺の顔を覗き込んでいたザックが寂しそうにそんなことを言う。
「おっと、バレてたか?・・・でもまあ、ありがとうな。」
少なくとも、ザックに好きだと言われたことは嬉しかった。いつもお荷物にしかならなかった邪魔者の自分でも、幼少期の彼にとっては間違いなく救いになれていたとわかったから。
俺は、少し頑張って手を伸ばさないと届かないほどになったザックの頭を昔のように撫でた。
俺は何が起きたのか分からず床に押さえつけられたままヘンダーソン公爵を見た。
「まだ分かりませんか?私がザックですよ。」
「う、嘘だ。ザックは死んだと・・・それに公爵家の跡継ぎは長男1人だったはずだ。」
「ザックが死んだと誰から聞いたんですか?」
「ヘンダーソン家の使用人から・・・ザックとは言っていなかったが、毒で死んだ使用人がいると・・・」
「へぇ、お兄さん、私のことを調べてくれたんですね。」
そう言いながらヘンダーソン公爵は俺を助け起こした。俺は公爵をまじまじと見る。確かに髪も目も顔立ちもザックに似ているが・・・俺はてっきり見たこともない長男がザックに似ているのだとばかり思っていた。それに何より、昔からは想像できないほどデカい。
「本当に、本当にザックなのか?」
「だからそうですってば。あ、ほら。これが証拠です。」
まだ信じられない気持ちでそう尋ねた俺に、公爵は昔俺がザックの手当てに使ったタイを取り出した。
「これは・・・」
「やっと信じてくれましたか?」
まだにわかには信じることができないが、これは紛れもなく俺がザックにあげたものだ。それに俺をお兄さんと呼ぶのも、名前を教えなかったことも、全てザックしか知らないことだ。
「うっ、ザック・・・本当に・・・?良かった・・・生きてたんだな・・・」
俺はまとまらない思考でザックを抱きしめた。もはや相手が公爵だということはすっかり頭から抜け落ちていた。
「私も、会いたかったです・・・。よかった、やっぱりお兄さんは私の大好きなお兄さんのままだ。」
「何が大好きだ、いなくなる前に連絡の一つもよこさなかったくせに・・・俺がどれだけ心配したと思ってんだ・・・」
「ふふ、ごめんなさい。でもそれにはちゃんと事情があったんです。説明しますから泣かないでください。」
「な、泣いてなんかない!」
「じゃあフードをとっても良いですよね。」
そう言ったザックは「えいっ!」と俺のフードを剥ぎ取った。
「あっ!」
俺は慌てて顔を隠すが時すでに遅し、ザックにばっちり見られてしまった。・・・ついでに、泣いていたのもバレてしまった。
「み、見るな!見せられないんだよ!」
俺は手遅れだと分かっていながら慌ててフードを被り直す。ザックはそんな俺の手を取って悲しそうな顔をした。
「もう隠さなくて良いんです。お兄さんがカインの双子の弟だということはもう知っていますから。」
「な、何でそれを・・・」
「全て話しますから、聞いてくれますか?」
そう言ってザックは俺をソファへと座り直させた。そしてなぜか真横にピッタリと座ったザックは、俺が逃げ出さないようにとでも言いたげに手を握ったまま話し始めた。
「・・・そうだったのか。よかった・・・本当に無事でよかったよ。」
俺はザックが今に至るまでの経緯を聞いた。毒殺されかけたと聞いた時には気が気ではなかった。本当に運が良かっただけで、一歩間違えればザックは死んでいたのだ。
「去る前に会いに行くことができなくてすいませんでした。」
「いや、仕方なかったんだろ。俺こそ、お前が死にかけてる時、何もしてやれなかった・・・」
「そんなことありません!そもそも僕がそこまで生きようと思えたのはお兄さんのおかげなんですから。」
「・・・大袈裟だな。」
「本当のことですよ。」
「そうか・・・少なからずお前の役に立ってたなら良かった。」
「・・・そんな程度じゃないのに。」
「ん?」
「いいえ、何でもありません。それで、私はあなたに会いたくてアーデン家に手紙を送ったんです。」
「そうだったのか・・・それは悪かったな。お前からの手紙が届いた時、てっきり前公爵の長男からかと・・・」
「いいえ、僕も何も言いませんでしたから。まさかあなたが居ないことになってるなんて知らなくて・・・」
「いや、それは俺も何も言わなかったし・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ふふっ、私たちは秘密が多すぎたみたいですね。」
「ああ、全くだな。おかげでお前が生きてたってことに気づくのに随分時間がかかった。」
「これからはもう隠し事は無しですよ?」
「まあ、そこまで知られてるならもう隠すことはないよ。」
「よかった!あ、せっかく名前も分かったことですし、これからはテイトって呼ばせてもらいますね。」
「あ、ああ。それは構わないんだが、俺は・・・」
そこでやっとザックが公爵だということを思い出す。俺も一応貴族とは言え、ほとんど籍がないような人間だし、ザックと呼び続けるのは・・・
「僕のことは昔のままザックと呼んで下さい。」
そんな考えを見透かしたように先手を打たれた。
「でも、お前は公爵で・・・」
「テイト。お願いですからザックと呼んでください。」
「わ、わかったよ。ザック・・・」
有無を言わさない態度に気圧される形で承諾すれば、ザックはにっこりと笑った。だがすぐに真剣な顔に戻ったザックが俺の手を握りなおす。
「それで話しは戻りますが、僕が婚約したかった相手はテイトなんです。」
「・・・なる、ほど?」
俺は頭が追いつかないまま適当な相槌を打つ。ザックは俺に婚約を申し込もうとしたが今はカインと婚約していて・・・
「悪い、やっぱりちょっとよくわからない。そもそもなんで俺に婚約なんか・・・」
「そんなの、テイトのことが好きだからに決まってるじゃないですか。」
「いや、お前の好きは多分あれだろ。家族とか、それこそ兄みたいな存在としての"好き"なんじゃ・・・」
「違います。」
「っ、そんなキッパリと言えるのか・・・」
「私はテイトのことが恋愛対象として好きです。だから、どうか私と付き合って下さい。」
「いや、でもお前はもうカインの婚約者で・・・」
「そこは申し訳ないですけど破棄させていただきますよ。カインも納得するはずです。」
まあカインは公爵をザックだと気付いて嘘をついていたらしいし、カインに非があるので納得はするかもしれないが・・・
「でも、俺はこんな体で表舞台には出られないし、ましてや公爵の婚約者なんて無理だ。」
「テイト。私はあなたの腕のことも体面も気にしません。私が公爵位を継いだのは、今度は私があなたの力になりたかったからです。」
「俺は何も・・・・・・」
「いいえ。テイトは間違いなく私に生きる目的をくれた人です。だから、今度は私がテイトを幸せにします。」
「っ!」
こんなことを言われたのは初めてで、どう反応すれば良いのか分からない。
ザックは1番辛かった時期に優しくした俺に愛情を感じてくれているのだろう。実際のところ俺なんてそんな価値のある人間ではないのに・・・
「やっぱり俺は・・・」
「テイト、急いで答えを出さなくても構いません。それに、間違ってしまったけれどどうか私にもう一度チャンスを下さい。」
そう言ったザックは真剣で、俺は断る言葉を飲み込んだ。
「わかった・・・考えるよ。それから、お前ももう一度よく考えろ。」
「私の考えは変わりませんよ?」
「どうだかな・・・俺はお前に好かれるような人間じゃない。」
「そんなことありません。」
「・・・ならそれを証明してくれ。そうだな・・・半年経ってもお前の考えが変わらなかったら俺も答えを出すよ。」
「・・・いいでしょう。半年も待つのは辛いですが、絶対に考えが変わらないということを証明してみます。」
「ははっ、そうか。半年後が楽しみだな。」
(どうせ変わるに決まってるのに。)
俺を婚約者に据えようなんていくら公爵とは言え、いやむしろ公爵だからこそハードルが高すぎる。きっとそのことがわかってくればザックも諦めるはずだ。
それに俺はザックに何をしてやれたわけでもない。今のザックならもっと彼を大切にしてくれる人たちと出会えるだろう。
・・・少し切なくも思うがザックにとってもそれが幸せだ。
「もう、テイトは私のことを全く信じていないんですね・・・」
俺の顔を覗き込んでいたザックが寂しそうにそんなことを言う。
「おっと、バレてたか?・・・でもまあ、ありがとうな。」
少なくとも、ザックに好きだと言われたことは嬉しかった。いつもお荷物にしかならなかった邪魔者の自分でも、幼少期の彼にとっては間違いなく救いになれていたとわかったから。
俺は、少し頑張って手を伸ばさないと届かないほどになったザックの頭を昔のように撫でた。
応援ありがとうございます!
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