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僕は隣に座る兄様を盗み見た。
特に変わった様子はない。いつもの落ち着いた雰囲気の兄様だ。だが何故僕が兄様を盗み見ているのかって?…僕は見てはいけないものを見てしまった。
兄様がレシュノルティアに一礼した時に見えた兄様のうなじ…
そういうことに疎い僕にだってわかるくらいのモノだった。
兄様、貴方はいったいどれほど嫉妬深いご令嬢とお付き合いされているのですか!
石鹸の香りも、そういうことをなされた後だからですよね?
でも真面目な兄様が職務中にそんなことを?ありえない。
どこぞのご令嬢から強引に誘われて断れなかった…とか?
正直色恋の経験値0の僕が考えたところで、正解など導き出せるわけもない。
兄様のことだし、将来を考えている相手だろうから兄様から報告されるのを待った方が良いよね。

「兄様、本当に家に帰っても大丈夫なのですか?護衛のお仕事はよろしいのですか?」

「あぁ、丁度父上から一度戻るようにと手紙が届いていたんだ。ちゃんと許可を取っているから大丈夫だよ」

「そっか。安心しました。兄様、久々に家に戻られるのですから、今日は寝かせませんからね!覚悟してください!」

「楽しみにしている…と言いたいところだけど、明日レシュノルティア様が我が家にいらっしゃるのだろ?ちゃんと寝ないといけないから、程々にね」

そ、そういえば明日来るって言ってたな。じゃあ兄様も明日には帰っちゃうんだろうな。

「兄様、せめて月に一度で良いので定期的に帰省してください。僕は一人っ子じゃないんですから、淋しいです」

「わかったよ。でもサラ、多分だけど……」

兄様は言葉を止めて少し考えて、僕を見ると眉をハの字にした。

「いや、なんでもない。頑張って休みをもぎ取るようにするよ」

「はい!もぎ取ってください!」

何だか淋しそうな表情と声色の兄様が引っ掛かるが、兄様は約束を違える人ではないし、大丈夫!問題はレシュノルティアだけだ!

「兄様、もうすぐ着きますよ。母上も喜ぶでしょうね!」

馬車が止まり、扉を開けると、何だかソワソワした雰囲気を感じた。
メイドや執事がチラチラとこちらを見る。

「皆さんどうしたんですか?あ、今日はリンドウ兄様もお戻りなので、母上に伝えてもらえますか?父上はどちらにいらっしゃいます?」

「申し訳ございません、旦那様と奥様はただ今寝室でお休みになっておられます」

「えっ?病気ですか?」

「あ、いえ、そういうわけでは。お二人がお戻りになられたら、案内するように申し使っております」

ん?何だろう。今朝は特に何も言ってなかったけど。そういえば最近母上の姿が見えなかったけど、風邪でも引いてたのかな?

「父上は今朝元気そうでしたが、どうなさったのでしょうか?そういえば母上とはここ最近僕が入学でバタバタしてたから会話出来てなかったし…」

「サラ、とりあえず中に入ろうか」

「はい」

執事が両親の寝室のドアをノックして、入室確認をしてから僕と兄様は部屋に入った。
すると母上は青白い顔をしてベッドに寝ており、父上はベッドサイドの椅子に腰掛けていた。

「えっ?母上?ご病気ですか?大丈夫ですか?」

「父上、母上、お久しぶりです。ただ今戻りました」

「あぁ、リンドウ、丁度良い時に帰ってきてくれたな」

「父上!母上はどうされたのですか!?」

「サラ、静かにしない。今から説明するから、一度食堂へ行っていなさい」

母上は青白い顔のまま、手をヒラヒラと振って僕たちを見送った。僕はともかく久しぶりに兄様に会えたというのに、母上はとても体調が悪いのだろう。一言も発せられなかった。
でも父上はそこまで心配している様子でもないから、もしかしてもう治りかけなのかもしれない。


僕と兄様は食事をしながら小一時間父上を待った。せっかく一緒に晩餐が出来ると思ったのに、抵抗虚しくデザートが目の前に置かれてしまった。すると、やっと父上が食堂へ入ってきた。

「待たせたな。さっそく本題に入ろう」

父上は椅子に座るなり、テーブルに肘をついて両手で顔を覆った。えっ、マジなんなの。怖いんですけど。僕は持っていたスプーンを置くと、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「子供が…出来たんだ……」

父上がボソリと呟いたと同時に僕の脳がフル回転した。
母上は確か38歳…前世ならまだしも、今世で38歳はとてもじゃないが高齢出産だ。つまり母上が妊娠したとは考えにくい。となると……

「父上!!!!貴方って人は!!あんなに美しい母上がいらっしゃるというのに、不倫ですか!?酷い!!見損ないました!!クズだ!女の敵!!ヤリチン!!」

「ま、待て待て!!サラ、私は浮気などしておらん!愛しているのはイベリスだけだ!!に、妊娠したのはイベリスだ!」

「えっ?!父上は不倫をしていない…と?母上が妊娠された…と?そう仰るのですか?」

「あ、あぁ…私もこの年で子どもを授かるとは…」

父上は真っ赤な顔を手で覆いながら、嬉しそうな声でつぶやく。そりゃやることやってればできるでしょうよ。てか父上…いや、わかる。わかるよ。母上は美しい人だし、僕が学園に入学したことで子育ても一段落して、二人でイチャイチャしたんでしょうね。いやいや、今日妊娠が判ったのなら、もう数ヶ月前からイチャイチャしとったんかいっ!?
両親の仲が良いのは喜ばしいことだが、ちょっと想像してしまって恥ずかしくなった。

「とりあえずだ、イベリスは久しぶりの妊娠な上に年齢のことを考えると絶対安静になる」

父上は真剣な眼差しで僕と兄様を見た。うん、わかってる。大好きな母上を絶対守ります。

「心配ではありますが、まずはおめでとうございます。私の帰省を促すご連絡は母上のことでしたか?」

「あーいや、イベリスの妊娠は今日正式に知ったんだ。リンドウには別件でな」

「別件とは…?」

「そろそろ良い時期だと思ってな。同じ家格から縁談の申し入れがあった。リンドウ、お前にはまだ婚約者も居ないし、そろそろオブシディアン家を継ぐ準備をしてもらいたいと思ってる。サラの方が先に婚約するとは思ってなかったが…」

父上は僕をチラリと見てため息をついた。僕も男性の婚約者が出来るとは思ってなかったですよ。ですが、兄様に縁談!?僕は二人の顔を交互に見た。

「父上の意のままに。私はオブシディアン家に有益な縁繋ぎであれば、言うことありません」

兄様は表情を変えることなく言ったが、僕はモヤっとした。
兄様の首に痕をつけたご令嬢は?別れるの?そもそも付き合ってた?遊び?いや、兄様はそんな人じゃないし、一夜限りとか、遊びとか、絶対無いでしょ。だけど縁談話を受けるというなら…ん~…
僕はモヤモヤしながら兄様を見つめることしかできなかった。
兄様のお相手はいったい誰なんだろうか。兄様の縁談を知ったら…あんな痕つけるくらいだし、傷害事件とか起きないだろうか?
明日レシュノルティアに訊いてみようかな…いやいや、下手に相談して対価を求められても困るし。
レシュノルティアが来るならラフィオレピス様も来るに違いない。
ラフィオレピス様に対価を求められたら、労働で返すことにすれば、チェッカーベリー商会で働けるかもしれない。
しかし明日来るって言ってたけど、朝のお迎えのことだよね?授業あるし、サボるわけないよね?

「父上、明日レシュノルティア様が我が家にいらっしゃいますので、今後の公爵家での護衛任務についても一緒にお話いただいてもよろしいでしょうか?」

「そうだな、リンドウの後任についてレシュノルティア様と……ん?おい、リンドウ、明日来られると言ったか?レシュノルティア様が?」

「えぇ、明日いらっしゃいます」

「じゅ!準備をせねば!あ、いや、イベリスのことが先か…?いや、でも…どうすれば…」

「に、兄様、来られると言っても、今日の様にただのお迎えではないでしょうか?平日ですから学園もありますし」

「いや、明日はお休みされると仰っていたので、サラも明日は一日お休みする連絡は学園にいっているんじゃないかな」

何でだよっ!入学三日目にしてお休み!?講義についていけないじゃん!友達出来ないじゃん!僕関係ないじゃん!学校行かせてよ!そして何で事後報告なの!

「しかし困ったな…イベリスに無理をさせることは出来ないし…」

「父上、ご安心ください。レシュノルティア様のお相手はサラが居るので大丈夫かと」

「えっ、えっ、兄様、僕を売るのですか?」

「サラ、お前は婚約者だろう?お相手するのは当たり前だし、母上に無理をさせるつもりか?そもそも以前から学園に入学したら二人きりの時間が欲しいとグチグチ言われていたんだよ」

「兄様の今後のお話はどうされるのですか?」

「私の話は急ぎではないし、大丈夫だよ。下手にレシュノルティア様の邪魔をして不興を買うと困るじゃないか」

兄様…もう兄様はレシュノルティア側の人間…それならば父上…

「サラ、レシュノルティア様の対応はお前に任せた」

父上!!父上は僕の肩に手をポンと置くと、頑張れ!みたいな表情を向けた。
この家にはもう僕をレシュノルティアの毒牙から守ってくれる人は居ないのか…自衛しろとは言われましたが、僕、多分無理だと思う。
明日が来なければ良いのに…と思いながら父上と兄様を見てため息を吐いた。
その後、明日に絶望しながら母上のお見舞いに行き、おめでとうと伝えると、母上が極上の笑みを向けてくれたので、ちょびっとだけストレスが消えた。
母上、僕は妹が良いです。
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