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◆3 突然の本性暴露と、魔獣が巣食う森
ミリアが気がついて目を開けると、森の樹々に囲まれた彼方に、赤い空が見えました。
夕暮れ時が迫っているようです。
そんな暮れの時刻に、彼女は森の中でただひとり残され、地面に横たわっていたのでした。
そして、朦朧とした意識の中で、必死に考えました。
(どれほどの時が経ったのかしら。
気を失っていたので、わからないわ。
相変わらず、身体は痺れて動けない……)
しばらくすると、変化が訪れました。
首も動かすことができない状況でも、耳が変化を捉えてくれました。
また馬車の蹄の音が、聞こえてきたのです。
(あぁ。王太子様が、きっとお医者様を呼んで来てくださったんだわ。助かった)
ミリアの体調が悪くなっていたことは、馬車から落ちる前に、ラモス王太子様とエイミーはじゅうぶん承知していました。
自分が何も言わなくとも、二人だったら察してくれているはずです。
ミリアは心底、ホッとしました。
目を開けると、侍女のエイミーの顔がそこにありました。
「エイミー、ありがとう。助けに来てくれたのね」
ミリアは侍女に向かって手を伸ばします。
が、馴染みの侍女は、彼女の手を取ってはくれませんでした。
代わりに、突然、ミリアの頬に痛みが走りました。
エイミーがミリアをいきなり平手打ちしたのです。
それも、二度も三度も。
なにが起きたのか、ミリアには、さっぱりわかりませんでした。
何度も叩かれて頬を赤く腫らしたあと、ようやく声を上げました。
「い、痛いわ、エイミー」
主人の涙声は、侍女を悦ばすものだったようです。
エイミーは口の端を綻ばせながら、吐き捨てました。
「うるさい、黙れ。
ーーふふふ。どうやら、毒が効いているようね。
ふん、いくら薬草に詳しいといっても、濃いめの紅茶にほんの少しずつ混ぜ込んだら気づかないようね」
侍女は懐から小型のナイフを取り出すと、両眼を怪しく輝かせます。
ナイフを凝視して、ミリア嬢は息を呑みました。
「な、なにを……?」
「こーしてやるのよ!」
エイミーは、いきなりミリアの大切なネックレスをナイフで切り裂いたのです。
大粒の真珠がパッとあたりに散らばりました。
そして真ん中のハートルビーの宝石だけを取って、エイミーは歓声をあげました。
「これよ、これ! これが欲しかったのよ」
と言って、夕陽に掲げて、赤い輝きにうっとりとしました。
そして、地面に横たわって動けない主人の方に、すぐに視線を向けました。
「それも、よこしなさい!」
エイミーはミリアの左手を手に取り、ルビーの婚約指輪を取ろうとしました。
ですが、なかなか取れません。
婚約指輪はミリアの指にちょうど良い大きさに調整されていたので、強引に他人が取り外しにくくなっていました。
それでも、エイミーは諦めません。
グイグイ、力任せに指輪を引っ張ります。
ミリアは悲鳴を上げました。
「痛い、痛い。やめて!」
「もう! だったら、イヤリングにするわよ!」
そう叫ぶと、エイミーはいきなり方針転換しました。
今度はミリアの右耳に向けて手を伸ばし、思い切りイヤリングを引っ張ったのです。
耳たぶごと引きちぎって、エイミーはイヤリングの片方を手に入れることができました。
「イヤアアアアア!」
血飛沫とともに、ミリアの右耳に激痛が走りました。
「ああ、うるさい、うるさい」
エイミーはほくそ笑みながら、自分の両耳を塞ぎます。
一方、ミリアは自分の右耳を手で押さえる気力もありません。
彼女の頭の中は、すっかり混乱していました。
「なんで……?
エイミー、なぜあなたは、こんなひどいことをするの」
侍女のエイミーは、足下に横たわる主人ミリアを見下ろして罵りました。
「ひどいことってーーこれは、あなたがワタシに毎日したことじゃない!
あなたは公爵家の長女、ワタシは子爵家の次女ーー。
それだけで、あなたはワタシより二つも年下なのにご主人様で、ワタシは侍女!
こんなに立場も待遇も、大きな違いになるなんて、納得いかないわ。
ワタシだって年頃の女の子よ。好きな男の子だって作りたい。
なのに、いつもあなたの小間使いをさせられて、恋する暇すらありゃしない。
そして、絶えずあなたを『美しい!』『素敵!』『お似合いです』と褒め続けなきゃいけない。
そんな些細な不平不満が、日々の暮らしの中で、埃が溜まるように、ワタシの心に積もっていったの。
あなたはいつだって、自分のお古をワタシにくれた。
『私の肌に合わないから、エイミー、あなた、使わない?』
と言って、使い古した化粧品をくれたり、もう飽きたドレスを、
『エイミー。あなたにだったら似合うわよ』
と言って下げ渡した。
それがどんなに屈辱で、腹が立つことか。
お嬢様のあなたには、わからないわよね。
でも公爵っていったって、そんなに大した違いはないって、ワタシはずっと思っていた。
でも、でもーーどうして?
どうして、いつまで経っても、幸せなのはあなただけなの?
あなただけ、なんで王太子様とご結婚なの?
ラモス王太子様は、本当はワタシのことが好きなのにって、ずっと思っていた」
まさか、噂になってる『王太子と付き合ってる謎の女性』ってーー。
ミリア嬢が両目を見開く。
すると、エイミーの背後に、ラモス王太子が姿を現わすのが見えました。
そして、彼は黙ってエイミーを抱き寄せたのです。
王太子様は若干、すまなさそうな顔をしていました。
が、その一方で、エイミーは完全に勝ち誇った顔をして、言い放ちました。
「悪いけど、王太子様と結婚するのはワタシ! ごめんねーー」
エイミーはこれ見よがしに、王太子とキスします。
口を離してから、ラモス王太子はエイミーに話しかけました。
「早く戻ろう。
これ以上、待たせたら、騎士団の連中が不審に思うだろう。
『ミリア嬢が勝手に森に分け入って、自分たちにはどうにもできなかった』
という体裁を保つには、騎士団とともに、この森から出来るだけ離れていないと」
エイミーは大きくうなずきながらも、視線をミリアから片時も外しませんでした。
「わかってる。
でもーーやっぱ、オソロだから、その婚約指輪もいただくわ!」
そう大声を上げると、エイミーは馬乗りになって、ナイフでミリア嬢の指を切り落としたのです!
エイミーは、豚や猪の屠殺の経験がありました。
ナイフ捌きはお手のものだったのです。
あっという間の出来事でした。
「いやああああ!」
血飛沫が上がると同時に、ミリアは絶叫しました。
そんな主人の姿を見て、口にルビーの指輪を咥え込んだ侍女が、笑みを浮かべました。
「いい気味。お嬢様は、そこで野垂れ死ぬのよ!」
そして、血飛沫を浴びた身体で、エイミーはラモス王太子にすがりつきます。
ラモス王太子は憐れむようにミリアを見下ろしました。
「お気に入りの〈薬草の森〉で死ねるんだ。良かったじゃないか」
そうつぶやくと、エイミーと共に背を向けました。
ミリアはまたも気を失ってしまいました。
◇◇◇
ミリアが目覚めたのは、気を失ってから数時間経たあとでした。
すでに視界は薄暗く、月夜の晩になっていました。
夜目が利かない人間には、森の中では、まるで勝手がわかりません。
ですが、何者かに頬に生臭い息を強く吐きつけられたから、目を覚ましたのです。
(きゃっ……!?)
ミリアは思わず息を呑みました。
月明りが雲間から射し込み、いきなり視界が開けたのです。
すると目の前で、大きな蛇の化け物が、涎を垂らして大口を開けていました。
鋭い牙が、何本も見えます。
森に棲息する大型魔獣でした。
ミリアの周りには、何体もの猛獣や魔獣の死骸が散乱していました。
無防備に横たわるミリアを巡って、ケダモノどもが争ったようです。
同族との戦いに勝利した蛇型魔獣が、屈むようにして、ミリアを上から覗き込んでいたのでした。
ミリアは美しい公爵令嬢ですが、特に鍛えておりませんし、魔法も使えません。
しかも、今も全身から痺れが抜け切っておらず、満足に起き上がることもできません。
(こんな形で人生が終わるだなんて。思っても見なかったわ……)
一冊の薬草本を抱え込んだまま、目を瞑ります。
ミリアは死ぬ覚悟をしたのでした。
でも、魔獣は彼女に噛みつこうとはしませんでした。
先端が二股に分かれた舌を伸ばすばかりで、鋭い牙でミリアの肉や骨を砕こうとはしません。
その代わりに、大口を開け、ひと呑みにされてしまいました。
ミリアは、薄れ行く意識の中で、痛い思いをしなくて済んだ、と安堵したものでした。
夕暮れ時が迫っているようです。
そんな暮れの時刻に、彼女は森の中でただひとり残され、地面に横たわっていたのでした。
そして、朦朧とした意識の中で、必死に考えました。
(どれほどの時が経ったのかしら。
気を失っていたので、わからないわ。
相変わらず、身体は痺れて動けない……)
しばらくすると、変化が訪れました。
首も動かすことができない状況でも、耳が変化を捉えてくれました。
また馬車の蹄の音が、聞こえてきたのです。
(あぁ。王太子様が、きっとお医者様を呼んで来てくださったんだわ。助かった)
ミリアの体調が悪くなっていたことは、馬車から落ちる前に、ラモス王太子様とエイミーはじゅうぶん承知していました。
自分が何も言わなくとも、二人だったら察してくれているはずです。
ミリアは心底、ホッとしました。
目を開けると、侍女のエイミーの顔がそこにありました。
「エイミー、ありがとう。助けに来てくれたのね」
ミリアは侍女に向かって手を伸ばします。
が、馴染みの侍女は、彼女の手を取ってはくれませんでした。
代わりに、突然、ミリアの頬に痛みが走りました。
エイミーがミリアをいきなり平手打ちしたのです。
それも、二度も三度も。
なにが起きたのか、ミリアには、さっぱりわかりませんでした。
何度も叩かれて頬を赤く腫らしたあと、ようやく声を上げました。
「い、痛いわ、エイミー」
主人の涙声は、侍女を悦ばすものだったようです。
エイミーは口の端を綻ばせながら、吐き捨てました。
「うるさい、黙れ。
ーーふふふ。どうやら、毒が効いているようね。
ふん、いくら薬草に詳しいといっても、濃いめの紅茶にほんの少しずつ混ぜ込んだら気づかないようね」
侍女は懐から小型のナイフを取り出すと、両眼を怪しく輝かせます。
ナイフを凝視して、ミリア嬢は息を呑みました。
「な、なにを……?」
「こーしてやるのよ!」
エイミーは、いきなりミリアの大切なネックレスをナイフで切り裂いたのです。
大粒の真珠がパッとあたりに散らばりました。
そして真ん中のハートルビーの宝石だけを取って、エイミーは歓声をあげました。
「これよ、これ! これが欲しかったのよ」
と言って、夕陽に掲げて、赤い輝きにうっとりとしました。
そして、地面に横たわって動けない主人の方に、すぐに視線を向けました。
「それも、よこしなさい!」
エイミーはミリアの左手を手に取り、ルビーの婚約指輪を取ろうとしました。
ですが、なかなか取れません。
婚約指輪はミリアの指にちょうど良い大きさに調整されていたので、強引に他人が取り外しにくくなっていました。
それでも、エイミーは諦めません。
グイグイ、力任せに指輪を引っ張ります。
ミリアは悲鳴を上げました。
「痛い、痛い。やめて!」
「もう! だったら、イヤリングにするわよ!」
そう叫ぶと、エイミーはいきなり方針転換しました。
今度はミリアの右耳に向けて手を伸ばし、思い切りイヤリングを引っ張ったのです。
耳たぶごと引きちぎって、エイミーはイヤリングの片方を手に入れることができました。
「イヤアアアアア!」
血飛沫とともに、ミリアの右耳に激痛が走りました。
「ああ、うるさい、うるさい」
エイミーはほくそ笑みながら、自分の両耳を塞ぎます。
一方、ミリアは自分の右耳を手で押さえる気力もありません。
彼女の頭の中は、すっかり混乱していました。
「なんで……?
エイミー、なぜあなたは、こんなひどいことをするの」
侍女のエイミーは、足下に横たわる主人ミリアを見下ろして罵りました。
「ひどいことってーーこれは、あなたがワタシに毎日したことじゃない!
あなたは公爵家の長女、ワタシは子爵家の次女ーー。
それだけで、あなたはワタシより二つも年下なのにご主人様で、ワタシは侍女!
こんなに立場も待遇も、大きな違いになるなんて、納得いかないわ。
ワタシだって年頃の女の子よ。好きな男の子だって作りたい。
なのに、いつもあなたの小間使いをさせられて、恋する暇すらありゃしない。
そして、絶えずあなたを『美しい!』『素敵!』『お似合いです』と褒め続けなきゃいけない。
そんな些細な不平不満が、日々の暮らしの中で、埃が溜まるように、ワタシの心に積もっていったの。
あなたはいつだって、自分のお古をワタシにくれた。
『私の肌に合わないから、エイミー、あなた、使わない?』
と言って、使い古した化粧品をくれたり、もう飽きたドレスを、
『エイミー。あなたにだったら似合うわよ』
と言って下げ渡した。
それがどんなに屈辱で、腹が立つことか。
お嬢様のあなたには、わからないわよね。
でも公爵っていったって、そんなに大した違いはないって、ワタシはずっと思っていた。
でも、でもーーどうして?
どうして、いつまで経っても、幸せなのはあなただけなの?
あなただけ、なんで王太子様とご結婚なの?
ラモス王太子様は、本当はワタシのことが好きなのにって、ずっと思っていた」
まさか、噂になってる『王太子と付き合ってる謎の女性』ってーー。
ミリア嬢が両目を見開く。
すると、エイミーの背後に、ラモス王太子が姿を現わすのが見えました。
そして、彼は黙ってエイミーを抱き寄せたのです。
王太子様は若干、すまなさそうな顔をしていました。
が、その一方で、エイミーは完全に勝ち誇った顔をして、言い放ちました。
「悪いけど、王太子様と結婚するのはワタシ! ごめんねーー」
エイミーはこれ見よがしに、王太子とキスします。
口を離してから、ラモス王太子はエイミーに話しかけました。
「早く戻ろう。
これ以上、待たせたら、騎士団の連中が不審に思うだろう。
『ミリア嬢が勝手に森に分け入って、自分たちにはどうにもできなかった』
という体裁を保つには、騎士団とともに、この森から出来るだけ離れていないと」
エイミーは大きくうなずきながらも、視線をミリアから片時も外しませんでした。
「わかってる。
でもーーやっぱ、オソロだから、その婚約指輪もいただくわ!」
そう大声を上げると、エイミーは馬乗りになって、ナイフでミリア嬢の指を切り落としたのです!
エイミーは、豚や猪の屠殺の経験がありました。
ナイフ捌きはお手のものだったのです。
あっという間の出来事でした。
「いやああああ!」
血飛沫が上がると同時に、ミリアは絶叫しました。
そんな主人の姿を見て、口にルビーの指輪を咥え込んだ侍女が、笑みを浮かべました。
「いい気味。お嬢様は、そこで野垂れ死ぬのよ!」
そして、血飛沫を浴びた身体で、エイミーはラモス王太子にすがりつきます。
ラモス王太子は憐れむようにミリアを見下ろしました。
「お気に入りの〈薬草の森〉で死ねるんだ。良かったじゃないか」
そうつぶやくと、エイミーと共に背を向けました。
ミリアはまたも気を失ってしまいました。
◇◇◇
ミリアが目覚めたのは、気を失ってから数時間経たあとでした。
すでに視界は薄暗く、月夜の晩になっていました。
夜目が利かない人間には、森の中では、まるで勝手がわかりません。
ですが、何者かに頬に生臭い息を強く吐きつけられたから、目を覚ましたのです。
(きゃっ……!?)
ミリアは思わず息を呑みました。
月明りが雲間から射し込み、いきなり視界が開けたのです。
すると目の前で、大きな蛇の化け物が、涎を垂らして大口を開けていました。
鋭い牙が、何本も見えます。
森に棲息する大型魔獣でした。
ミリアの周りには、何体もの猛獣や魔獣の死骸が散乱していました。
無防備に横たわるミリアを巡って、ケダモノどもが争ったようです。
同族との戦いに勝利した蛇型魔獣が、屈むようにして、ミリアを上から覗き込んでいたのでした。
ミリアは美しい公爵令嬢ですが、特に鍛えておりませんし、魔法も使えません。
しかも、今も全身から痺れが抜け切っておらず、満足に起き上がることもできません。
(こんな形で人生が終わるだなんて。思っても見なかったわ……)
一冊の薬草本を抱え込んだまま、目を瞑ります。
ミリアは死ぬ覚悟をしたのでした。
でも、魔獣は彼女に噛みつこうとはしませんでした。
先端が二股に分かれた舌を伸ばすばかりで、鋭い牙でミリアの肉や骨を砕こうとはしません。
その代わりに、大口を開け、ひと呑みにされてしまいました。
ミリアは、薄れ行く意識の中で、痛い思いをしなくて済んだ、と安堵したものでした。
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