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20、聖婚

〈玄牝〉

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 その、神秘的な奇妙な場所で、アデライードと恭親王は並んで座り、茫然と周囲を見回していた。

 丸い、ドームのようになった岩壁は、一面光る苔で覆われ、明かりをつけなくても暗くない。周囲はぐるりと地底湖に取り囲まれている。こんな場所がこの世にあるなんて、夢を見ているかのようだ。
 下は、柔らかい苔が生い茂り、ふわふわとしている。枢機卿らが布いていった白い敷布が滑らかに肌に滑る。

(……これが、回収するという、例の敷布……!)

 しかし、まさかこんな人外境のような場所で、アデライードを抱かされるとは思わなかった。だが、訳の分からない場所に二人っきりで閉じ込められているというのに、不思議と不安感はない。

 (しかし、こんな場所に連れてこられて、歴代の〈聖婚〉の皇子王女でパニックを起こして暴れるヤツとかいなかったのだろうか……)

 舟が一そう残されているのは、緊急時の為のものか。だが、今来た水路を二人きりで戻るくらいなら、ここで二人、一晩我慢した方がマシである。しかし、自分がもしか弱い女だったら取り乱すのではないかと思い、ちらりと横目でアデライードを見るが、彼女は珍しそうに口を半開きにして、さっきからひたすら頭上の光苔を眺めている。

「随分、胆が据わっているのだな。怖くないのか?」

 恭親王が頭上の苔鑑賞に余念のないアデライードをからかうように言うと、アデライードが言った。

「ここは……怖くないです。さっき、メイローズさんが、ここは〈玄牝げんぴん〉だと言っていましたが、だとしたら、お母様から聞いたことがあります。わたしたちの祖先は、此処から来たと」
「祖先……始祖女王、月の精靈ディアーヌか……」

 〈玄牝〉――万物の母。万物の根源。
 かつて、恭親王は『聖典』を繰り返し暗唱する中で、この〈玄牝〉の意味が分からなくて、教師に尋ねたことがある。その時の答えが「万物の根源」であった。

 だが、『聖典』によれば龍騎士は〈玄牝〉の門をくぐって陰陽の気を交え合ったと言う。昔は意味がさっぱりわからなかったが、後に、あれは性行為そのものを言っているのだと気づいた。要するに〈玄牝〉の門とは女陰のことだと。

 だが今、通ってきたあの細い通路を、メイローズが〈玄牝〉の門だと言い、この奇妙な場所を〈玄牝〉だと言う。そしてその真上には、聖山プルミンテルンがそびえる――。

(つまり、ここは万物の子宮、さっきの水路が膣で、泉が陰核ということか)

 泉で禊をして、〈玄牝〉の門を通り抜け、〈玄牝〉に至る。つまり龍騎士もまた、ディアーヌとともにここに至り、ディアーヌを抱いたのだ。では、ディアーヌはどこからきたのだ?

「ディアーヌは、どこからここへ来たのだ?」

 恭親王の問いに、アデライードは首を振る。

「ここで、生まれた、と」

 恭親王は沈黙した。こんな何もないところに、人が湧いて出たとでもいうのか。だが――。
 さきほど、何もないところから〈聖剣〉が湧いて出たのを見たばかりだ。 
 それ以上は問うてはならない。知ってはならない。考えてはならない。
 そういう問いが、世の中にはある。これも、その一つなのだ。

 恭親王はアデライードを抱き寄せた。
 もうすでに〈玄牝〉の門を通り過ぎた。あとは、為すべきことを為さねばならない。

「アデライード……。一生、大切にする。何があっても、絶対に離しはしない」
「……はい……殿、下」

 恭親王はアデライードの肩をぐっと抱き寄せると、右手でアデライードの顎を掴んで唇を合わせる。一気に、甘い〈王気〉が恭親王の中に流れ込み、頭が沸騰する。アデライードが恭親王の肩に腕を回し、縋りつく。舌を差し込み、互いに絡ませれば、アデライードも応えるように舌を延ばしてくる。水音が耳朶に響く。アデライードのうなじを右手で支え、ゆっくりと、敷布の布かれた苔の上に倒れ込んだ。

 圧し掛かるようにしてアデライードの咥内を蹂躙し、やがて首筋から耳、頬と唇を這わせる。軽い、ついばむようなキスを繰り返していると、どうにもならぬほどの熱情が押し寄せ、彼の分身が痛いほど昂ってきた。
 
「アデライード……愛している……」

 熱に浮かされたような掠れた声で囁き、耳朶を甘噛みして舌で嬲る。その刺激にアデライードがびくんと応じて声にならぬ溜息を漏らしたことで、男の理性は振り切れた。

 素早く帯を解いで恭親王は黒い単衣を脱ぎ捨てる。鍛え上げた固い身体をアデライードに晒し、じっと上から見下ろす。光る苔に覆われた狭いドームの中、アデライードは情欲に満ちた黒い瞳に見つめられ、本能的な恐怖で身を固くする。男の手が、赤い帯に伸びる。するするとそれを解いて、重なり合った衣紋に手をかけた。





「あ、……ま、……待って……」

 アデライードは思わず肌蹴ないように両手で襟を掴み、身を縮める。本能的な恐怖でぎゅっと目を閉じていると、両の頬を大きな掌が包み、上から覆いかぶさるようにして唇を奪われた。野獣が獲物を食らうように激しく唇を貪る。舌を吸い、絡ませ、上あごの下、歯の裏側と貪欲に口の中を犯し、アデライードが少しぐったりしたところで、もう一度アデライードが両手で押さえている麻の単衣を引きはがしにかかる。
 
「!!」

 アデライードは状況を悟ってさらに襟を握る両手に力を入れ、奪われまいとする。

「アデライード、逃げるな。無理矢理されたくなければ、力を抜け」

 アデライードが恐る恐る目を開くと、涙で滲んだ向こうに、恭親王の美しい顔が至近距離にあった。
 恭親王はアデライードの瞼や頬やこめかみや、耳朶、白い首筋に口づけを落としながら、少しずつ襟を寛げ、いつしかアデライードの白い肩までが露わになっていた。

 恭親王は両肘をアデライードの顔の脇につき、檻のようにアデライードを閉じ込めると、彼女の首筋から唇を滑らせ、両の肩口と浮き出た鎖骨に舌を這わせた。

「アデライード……拒むな。……乱暴なことはしない。なるべく痛みのないように、無茶はしないから……その手を緩めてくれないか……?あなたの身体が……見たい……」

 耳元で切なげに囁く言葉に、つい絆されてアデライードの両手が緩むと、その瞬間を待っていたように、するりと単衣を引きはがされ、どこかにぽいっと投げ捨てられた。アデライードは最後の抵抗の砦を奪われたことを知る。

 彼の眼に始めて曝された、白く汚れない身体の美しさに、恭親王が息を飲む。

「アデライード……愛しい人……ああやっと……手に入る……」

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