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小結

夫婦の寝室

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 冗談ではなく、本当に恭親王は宴半ばでアデライードを連れて退出した。アデライードが疲れているから、とは退出の弁であるが、この後さらに疲れさせる気満々なのは、周囲にもまるわかりであった。
 恭親王は〈奥〉まで下がると、部屋で控えていたシャオトーズに命じて、蛇女を三人、ユリウスの客室に遣わすよう手配した。

 アデライードは自室で待っていたアンジェリカとリリアに助けられて衣服を脱ぎ、軽く湯あみして夜着に着替える。ガウンを羽織ってアンジェリカの淹れてくれたカモミールティーを飲み、真っ白な子猫を膝の上で撫でている。子猫は恭親王がアデライードのために、トルフィンに命じて用意しておいたのだ。すっかりアデライードにも慣れ、膝の上が定位置だとでもいうように、丸くなって気持ちよさそうに寝ている。

 昨日からの怒涛の二日間を思い出し、溜息をつく。

「明日からは新年のお披露目までは、姫様の予定は入っておりませんので、ゆっくりなさってくださいね」
「そう、ありがとう。さすがに疲れたわ」
「でも殿下がこの後、こちらにいらっしゃるそうですので、もう一仕事残っていますね。無茶しないように、あたしからも言っておきますよ」
「やだ、アンジー、あからさますぎるわよ」

 リリアが顔を赤らめる。

「でもあの方、手が早い割には朴念仁ぼくねんじんなところあるし、はっきり言わないとわからないわよ」
「誰が朴念仁だって?」

 背後から言われて、アンジェリカとリリアが飛び上がる。麻の生成りの夜着の上に黒い毛織のガウンを羽織った恭親王が立っていた。

「やだ、もう来たの? 早っ」
「殿下、女にはいろいろと準備があるのですから」

 二人に咎められて、恭親王はちょっとムッとしたような表情をする。

「いいじゃないか。早く会いたかったのだ。……前から思っていたが、アンジェリカは私に冷たいな。私は何か気に障ることをしたか?」

 あれだけのことをしておいて、自覚無しとは呆れるわ、とはさすがに口に出さず、アンジェリカは別の事を聞いた。

「殿下もお飲み物はどういたします?」

 恭親王は蒸留酒を所望した。

「こちらでアデライードが特にやらなければならないことは、何もないとは思うが、とりあえず、明日、身近な者たちには改めて紹介する。アンジェリカとリリアには、今後もアデライードを助けてやってほしい」
「もちろんです」
「殿下に頼まれなくたって、姫様のことは命懸けでお助けしますよ」

 どうにも余計な一言の多い、アンジェリカであった。

「それから……これはとても大事なことなのだが……。明日の朝以降も、寝台周辺のものには絶対に素手で触らないこと。私のリネン類を片づけるのは、専門の者がいるから。いいな、絶対、だ」

 二人は思わず顔を見合わせるが、リリアが先に頷いた。

「かしこまりました」
「……わかりました」

 イマイチ納得いかない表情の二人の侍女が子猫を抱いて下がり、寝室に二人きりになると、恭親王はさっそく寝台の上でアデライードを抱きしめた。

「ああ、やっと二人きりになれた。宴会の間中、イライラして気が狂いそうだった。早くあなたに触れたくて、我慢も限界だった」

 顔中にちゅ、ちゅと口づけされ、アデライードは真っ赤になって身を捩る。

「ちょ、……もう、疲れて眠いのですけれど……」
「つれないな。眠っている隙に犯してしまうぞ?」

 恭親王の発言の意味が理解できずにアデライードが眉を顰める。美少女は眉を顰めても可愛いのだな、と妙な発見に恭親王はついニヤニヤしてしまうが、彼女の次の言葉に顎が外れそうになった。

「え……もしかして、今夜もするのですか?……あれは、昨夜だけの特別な儀式では……」

 んなわけあるか!

 ……たしかに、昨夜のシチュエーションは異常過ぎて、二百年に一度の特別な儀式と言われても反論できないが、だからこそ、普通の寝台の上で普通に抱きたい。

「今夜どころか、毎晩するにきまっているだろう。夫婦なのだから」
「毎晩……夫婦……」
「結婚しただろう、私たち」

 何となく重い沈黙が二人の間に降りる。明らかにアデライードは戸惑っている。というか、あからさまにヤりたくないと思っている。やばい。何がまずかったのか。昨夜、十分アデライードを悦ばせてあげられたと思っていたが、何か不満があるのか。

「えっと……できれば、ああいうのは、あまり……後が辛くて……」
「……アデライード、昨夜は確かに、あんな訳の分からない場所で、半ば露天でヤるようなものだったかもしれないが、もうあんな異常な状況下ではヤらなくていいから。……今夜からは普通の夫婦と同じだ」
「普通の夫婦……」

 アデライードが浮かない顔で小首を傾げている。恭親王がとびっきりの笑顔を貼りつけて言った。

「アデライード、前に聞いたのを憶えているか。結婚するとはどういうことか、っと。その時、あなたがなんて答えたか」
「……一緒にいて、家族になる、と」

恭親王はアデライードの翡翠色の瞳を真っすぐに見つめた。瞳の中には、自分が映っている。

「その答えを聞いて、私はとても嬉しかった。……ずっと、家族と呼べる人はいなかった私が、あなたと結婚して、ようやく、家族になれる」

 実際には一度結婚しているが、それは記憶から抹消したい三年間だ。あんな女は家族ではない。

「アデライード……側にいて欲しい。毎晩、同じ寝台で眠って、目覚めて。そして身体を繋いで一つになって……私の子供を産んで欲しい。……あなたは私の、世界でただ一人のつがいなのだ」

 番、という言葉にアデライードが反応する。

「でも、毎晩しなくても……」
「陰陽の王家は龍種だ。龍は一度番った相手からは離れないし、性欲も旺盛だがら毎晩でも足りないな。……もう離さない。アデライード……」
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