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わたしの意地悪なご主人様
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思えば、あの頃からだったのかもしれない。
エミリオはアリエッタに冷たくなった。アリエッタの顔を見るたびに、苦々しく顔を歪めて、アリエッタから顔を背けるようになった。
アリエッタが大嫌いな幼虫や蚯蚓をチェンバーポットに忍ばせて、朝、アリエッタがポットの中身に悲鳴をあげるたびに、意地の悪い笑みを浮かべるようになった。掃除のバケツをわざとひっくり返したり、わざと泥水を跳ねかしたり。エミリオはそんな子供のような悪戯を繰り返しては、アリエッタを困らせた。
それでもアリエッタは、エミリオの身の回りの世話を進んで引き受けた。辞めようと思えば出来たのかもしれないけれど、アリエッタはエミリオの側にいることを選んだ。
エミリオの前ではウルバーノは優しい兄を演じていたし、何よりアリエッタは、エミリオのことが好きだったからだ。
そんなある日のことだった。その日もいつも通り、エミリオはチェンバーポットに蚯蚓を忍ばせていて、予想は出来ていたにも関わらず、やっぱりアリエッタは悲鳴をあげて逃げ惑っていた。
丁度そこに、長期休暇で帰郷していたウルバーノが顔を出して。諌める兄に向かって、エミリオは告げたのだ。「アリエッタは俺のなんだから」と。
それは、突然の告白のようにも聞こえた。
勿論、エミリオにそんな気がないことはアリエッタも理解していた。ただ少しだけ、意地悪ばかりするエミリオの想いを知れたような、そんな気がした。
◇
月日が経って、エミリオはウルバーノと同じ寄宿学校へ入学した。ふたりがいないお屋敷はどこか閑散としていて、いつもより少しだけ寂しい気がした。
変わらない毎日を繰り返すなかで、ちょっとした失敗をしたり、屋敷のどこかに虫が出るたびに、アリエッタはエミリオのことを思い出した。
エミリオが寄宿学校に入学して最初の冬、ウルバーノに連れられるようにしてエミリオが帰郷した。
三ヶ月ぶりに見た彼は少し背が伸びて、顔付きもどことなく大人びて見えた。最後に見送ったときはアリエッタのほうが少し背が高かったけれど、目線もちょうど同じ高さになっていた。柔らかな金髪には相変わらず少し寝癖が付いていて、アリエッタと目が合うと、エミリオはぷいと顔を背けてしまった。
「ウルバーノ様、エミリオ坊ちゃん、お帰りなさい」
アリエッタの声が無意識に弾む。頬が少し熱くなって、真っ直ぐに顔を見れなくて、アリエッタは少し顔を俯かせてエミリオの顔を伺い見た。澄んだ碧い瞳と視線が交わると、少しだけ目を丸くしたエミリオは、次の瞬間、かっと怒りを露わにして、足元の雪を蹴り上げた。
「わぷっ」
頭から冷たい雪を被ったアリエッタは、小さく悲鳴をあげて目を閉じた。頭と肩にかかった雪を慌てて手で払うと、アリエッタは瞬きを繰り返しながら、エミリオの顔を呆然とみつめた。
「なんだよ。文句あるのか?」
不機嫌を隠そうともせず、ざくざくと雪を踏みしめて、エミリオは屋敷の玄関に向かう。エミリオの少し広くなった背中をアリエッタがぼんやりと眺めていると、ふわりと肩に温もりがおりてきた。
身に纏っていた分厚いコートをアリエッタの肩に掛けながら、寒さで薄赤く色付いたアリエッタの耳に唇を寄せて、ウルバーノが囁いた。
「嫌になったらいつでも言いなよ」
生暖かい吐息に、アリエッタの全身がぞわぞわと粟立った。慌てて顔を伏せ、ぶんぶんと首を振ると、ウルバーノはさも愉快そうに「ははっ」と声をあげて笑った。
立ち去るウルバーノをちらりと振り返ると、ウルバーノの大きな背中の向こう側で、苛立ちを露わにしたエミリオが冷たい瞳でアリエッタを睨み付けていた。はっと息を飲んだその隙に、エミリオはウルバーノを玄関に通し、さっさと扉を閉めてしまった。
どうして怒られてしまったのだろう。エミリオが怒る理由が、アリエッタにはわからなかった。
散々頭を悩ませて導き出した結論は、「坊ちゃん」という呼び方が子供扱いのように聞こえて、彼の矜持を傷付けてしまったのではないかということだった。
珍しく頭を使ったせいか、頭から雪を被ったままぼんやりと雪掻きを続けたせいか、アリエッタはその夜熱を出した。
朦朧とする意識のなか、今夜はウルバーノに呼び出されずに済みそうだ、とアリエッタは安堵の息を吐いたのだった。
エミリオはアリエッタに冷たくなった。アリエッタの顔を見るたびに、苦々しく顔を歪めて、アリエッタから顔を背けるようになった。
アリエッタが大嫌いな幼虫や蚯蚓をチェンバーポットに忍ばせて、朝、アリエッタがポットの中身に悲鳴をあげるたびに、意地の悪い笑みを浮かべるようになった。掃除のバケツをわざとひっくり返したり、わざと泥水を跳ねかしたり。エミリオはそんな子供のような悪戯を繰り返しては、アリエッタを困らせた。
それでもアリエッタは、エミリオの身の回りの世話を進んで引き受けた。辞めようと思えば出来たのかもしれないけれど、アリエッタはエミリオの側にいることを選んだ。
エミリオの前ではウルバーノは優しい兄を演じていたし、何よりアリエッタは、エミリオのことが好きだったからだ。
そんなある日のことだった。その日もいつも通り、エミリオはチェンバーポットに蚯蚓を忍ばせていて、予想は出来ていたにも関わらず、やっぱりアリエッタは悲鳴をあげて逃げ惑っていた。
丁度そこに、長期休暇で帰郷していたウルバーノが顔を出して。諌める兄に向かって、エミリオは告げたのだ。「アリエッタは俺のなんだから」と。
それは、突然の告白のようにも聞こえた。
勿論、エミリオにそんな気がないことはアリエッタも理解していた。ただ少しだけ、意地悪ばかりするエミリオの想いを知れたような、そんな気がした。
◇
月日が経って、エミリオはウルバーノと同じ寄宿学校へ入学した。ふたりがいないお屋敷はどこか閑散としていて、いつもより少しだけ寂しい気がした。
変わらない毎日を繰り返すなかで、ちょっとした失敗をしたり、屋敷のどこかに虫が出るたびに、アリエッタはエミリオのことを思い出した。
エミリオが寄宿学校に入学して最初の冬、ウルバーノに連れられるようにしてエミリオが帰郷した。
三ヶ月ぶりに見た彼は少し背が伸びて、顔付きもどことなく大人びて見えた。最後に見送ったときはアリエッタのほうが少し背が高かったけれど、目線もちょうど同じ高さになっていた。柔らかな金髪には相変わらず少し寝癖が付いていて、アリエッタと目が合うと、エミリオはぷいと顔を背けてしまった。
「ウルバーノ様、エミリオ坊ちゃん、お帰りなさい」
アリエッタの声が無意識に弾む。頬が少し熱くなって、真っ直ぐに顔を見れなくて、アリエッタは少し顔を俯かせてエミリオの顔を伺い見た。澄んだ碧い瞳と視線が交わると、少しだけ目を丸くしたエミリオは、次の瞬間、かっと怒りを露わにして、足元の雪を蹴り上げた。
「わぷっ」
頭から冷たい雪を被ったアリエッタは、小さく悲鳴をあげて目を閉じた。頭と肩にかかった雪を慌てて手で払うと、アリエッタは瞬きを繰り返しながら、エミリオの顔を呆然とみつめた。
「なんだよ。文句あるのか?」
不機嫌を隠そうともせず、ざくざくと雪を踏みしめて、エミリオは屋敷の玄関に向かう。エミリオの少し広くなった背中をアリエッタがぼんやりと眺めていると、ふわりと肩に温もりがおりてきた。
身に纏っていた分厚いコートをアリエッタの肩に掛けながら、寒さで薄赤く色付いたアリエッタの耳に唇を寄せて、ウルバーノが囁いた。
「嫌になったらいつでも言いなよ」
生暖かい吐息に、アリエッタの全身がぞわぞわと粟立った。慌てて顔を伏せ、ぶんぶんと首を振ると、ウルバーノはさも愉快そうに「ははっ」と声をあげて笑った。
立ち去るウルバーノをちらりと振り返ると、ウルバーノの大きな背中の向こう側で、苛立ちを露わにしたエミリオが冷たい瞳でアリエッタを睨み付けていた。はっと息を飲んだその隙に、エミリオはウルバーノを玄関に通し、さっさと扉を閉めてしまった。
どうして怒られてしまったのだろう。エミリオが怒る理由が、アリエッタにはわからなかった。
散々頭を悩ませて導き出した結論は、「坊ちゃん」という呼び方が子供扱いのように聞こえて、彼の矜持を傷付けてしまったのではないかということだった。
珍しく頭を使ったせいか、頭から雪を被ったままぼんやりと雪掻きを続けたせいか、アリエッタはその夜熱を出した。
朦朧とする意識のなか、今夜はウルバーノに呼び出されずに済みそうだ、とアリエッタは安堵の息を吐いたのだった。
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