エミリオとアリエッタ

柴咲もも

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わたしの意地悪なご主人様

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 その冬、結局アリエッタは風邪を拗らせてしまって、エミリオとウルバーノが学校に戻る日まで碌に起き上がることもできなかった。
 ウルバーノに夜の奉仕を強要されずに済んだことはとても幸運とも言えたけれど、エミリオに謝ることができなかったことが、アリエッタには少し心残りだった。
 春になるのを待ち望みながら代わり映えのない毎日を過ごして。雪が溶ける頃にはアリエッタも背が伸びて、胸も少しふっくらして、年頃の少女らしくなっていた。

 そうして春になり、寄宿学校の春季休暇が訪れた。ウルバーノからの手紙で、帰省の日は事前に屋敷の者に知らされていた。
 その日、アリエッタは早朝から門前に立ち、エミリオの帰りを今か今かと待っていた。
 この屋敷の令息として子供扱いするのではなく、ウルバーノと同じようにひとりの紳士として扱えば、幼馴染としてではなく、家人と使用人として立場を弁えて接すれば、エミリオはきっと、昔のようにアリエッタに笑いかけてくれるに違いない。
 苛めっ子のままで良い。アリエッタはただ、昔のように「ごめん」と言って笑うエミリオが見たかった。

 石畳に舞い散る木の葉や花びらを箒で掃いていると、がたごとと音を立てて、一台の馬車が近付いてきた。アリエッタの表情がぱっと明るく輝いた。
 アリエッタが門を開くと、馬車はそのまま前庭を通り、屋敷の玄関前で停車した。急いで階段前に回り込むと、アリエッタは装いを正して出迎えに着いた。
 馬車から降りてきたのは、黒革の旅行鞄を抱え、黒い帽子を被ったウルバーノだった。

「ウルバーノ様、……お帰りなさいませ」
「ただいま、アリエッタ」

 にっこり笑うウルバーノに、アリエッタはおずおずと尋ねた。

「あの……おひとりですか? エミリオ様は……」
「ん、なんか、友達と寄宿舎に残るってさ。同年代の友達が出来て嬉しいんじゃないかな」
「そう……ですか」

 機嫌良く答えるウルバーノの言葉に、アリエッタは少ししゅんとする。
 学友と寄宿舎でのんびりと休みを過ごす。それはとても良いことだと思う。エミリオの遊び相手と言えば、今まではウルバーノかアリエッタだけだったから、年の近い同性の友達が出来たら嬉しいに決まっている。アリエッタにはそういう友達がいないから、羨ましいとさえ思えてしまう。
 エミリオにとって、それはとても喜ばしいことのはずなのに。アリエッタはほんの少し寂しいと思ってしまった。

「やだなぁ、そんなあからさまにがっかりしないでよ。なんなら久しぶりに今夜、どう?」

 アリエッタが俯いていると、ウルバーノは戯けた調子でアリエッタの肩に腕を回した。

「それだけは、ご容赦ください」

 すんでのところでその腕を潜り抜け、ぺこりと頭を下げて、アリエッタは逃げるように玄関へ向かう。玄関扉を潜ったところで、ウルバーノの声がホールに響き渡った。

「随分とはっきり断るんだね」

 良く通るその声に、アリエッタの身体は縛り付けられたように動かなくなった。全身を硬く強張らせたまま、アリエッタはなんとか声を絞り出した。

「……すみません、でも、私……」
「かまわないよ。エミリオに飽きたらいつでもおいで」

 身を縮こまらせて立ち竦むアリエッタの横を通り過ぎると、ウルバーノは手をひらひらさせながら自室への廊下を歩いて行った。
 その後もウルバーノは誘いの言葉こそかけるものの、アリエッタに夜の奉仕を強要しなくなった。

『アリエッタは俺のなんだから』

 エミリオのあの言葉があったからだろうか。あれ以来、ウルバーノにとってのアリエッタは弟の所有物になっていたのかもしれない。現実は所有物以前の問題で、エミリオは寄宿学校での生活が楽しくて、もうアリエッタのことなんて忘れているようだった。
 それでもアリエッタにとって、エミリオは憧れの人のままだった。本人の意思とは関係なく、エミリオはウルバーノの手からアリエッタを守ってくれていた。
 アリエッタはエミリオの帰りを待った。エミリオに会って、お礼を言いたかった。

 けれど、夏の長期休暇が過ぎて秋の収穫祭が終わっても、エミリオは屋敷に帰ってこなかった。

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