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第二章

隠された悪意とオズのぬくもり

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「ん……ここは……」

 真っ暗。誰もいない。
 無の空間に、私の声だけが頼りなく響く。

「オズ様―!! まる子、カンタロォー!!」
 大声で呼んでみても返事はかえっては来ない。
 さっきまでの喧騒が考えられないほどの静けさが不気味だ。

 皆、どこに行ってしまったの?
 町の人達はどうなった?
 あの瞬間、傷が治ってきていたから大丈夫だとは思うけれど……。

 私、もしかして力を使い果たして死んだのかしら。
 痛み無く、楽に、綺麗に……。
 だけど……。

「私が望む、来世への生き方なんかじゃ、ない……」
私が望むものとは、同じようで違う。
「……オズ様……」

 私がぽつりとつぶやいたその時。
「!?」
 目の前に大きな映像が映し出された。
 そしてそこに映っていたのは──。

「──お母様と……私……?」

“また魚? もう食べ飽きたわ。肉に変更なさい!!”

“ご、ごめんなさいお母様!! もう今月のお金が少なくて……。残っているものだけでやりくりするには、少し節約を──”

“お黙りなさい!! うちは聖女を輩出した家なのよ!? 業者に言って安くさせるか献上でも何でもさせなさい!!”

“そんな無茶な──!!”

“”口答えする気!? この出涸らし風情が!!

 バチンッ!!

 あぁ、覚えてる。
 この時の頬の痛み。
 いつもならこの後水をかぶせられるか、鞭で打たれるのだけれど、確かこの時は──。

“お母様、そのくらいにしてあげて”

“ローゼリア”

 そう。お姉様が止めてくれたんだ。
 優しいローゼリアお姉様が……。

 そして今度は私のいない場面へと切り替わる──。

 お姉様とお母様とお父様だわ。
 さっきと同じドレス。
 じゃぁこれは、あの後の……?

“ローゼリア、あなたは優しすぎるわ。あんな出来損ないに情けをかけて……”

“そうだぞローゼリア。少しはわからせなければ。しつけは大切だからな”

“ふふ。あら駄目よお父様、お母様。私は聖女なのよ? 鞭で打つなんて、そんなことできないわ。たとえ─出来損ないの出涸らしちゃんでも、ね”

「……え…………?」
 今、なんて……?
 お姉……様?

“それにね、ちゃーんと上手に使ってあげれば長持ちするでしょう? 壊れちゃったら……便利な奴隷がいなくなっちゃうもの”

 どれ……い……?
 そんな……嘘よね……?
 お姉様はいつも私にやさしくしてくれた。
 いつも私をかばって──……。

“上手に使って”
 まさかずっと……そんな風に思っていたの?
 私を……ただの奴隷だと?

 呆然とする私の目の前で映像がパチリと消えた。
 再びその場を包み込む聖女区と暗闇。
 そこにあるのはただ一つの、絶望。
 もう、これ以上絶望することなんてないと、そう思っていたのに。

 こんな思いは、もう嫌だ。
 怖いのも、痛いのも、寂しいのも、悲しいのも──。

「オズ様……」
 一人その場で膝を抱え、思い浮かんだあの人の名をつぶやいた。その時──。

「セシリア」

 聞きなれた低い声が、私の名を呼んだ。

「オズ……様……?」
 私の目の前にすぅっと浮かび上がるように現れたのは、私が最も信じ、そばにいたいと感じる人の姿。

「大丈夫だ。君はもう、虐げられることはない。まる子が、カンタロウが、ドルトが、ルーシアがいる。もちろん、俺も。君は出涸らしじゃない。セシリアだ。だから負の感情に飲み込まれるな」

「オズ様……。何で……」

 何でここにいるの?
 はっ、まさか……!!

「まさかオズ様まで死んで……!?」
「勝手に殺すな。そもそも君は死んでない。力の使い過ぎで眠っているだけだ」
「眠っている、だけ?」

 死んだんじゃないの? 私。

「俺は今、まる子の精霊魔法で、君の意識の中に送ってもらっている。奴はケットシーだからな。人の意識や夢に干渉する力を持っているんだ」

 まる子……本当にケットシーだったんだ……。
 いつも愛らしい猫ちゃんだから、彼が幻の生物だってこと忘れてたわ。

「しばらくすれば君の魔力も回復し、目も覚めるだろう」
「……回復したら……また、皆に会えますか?」

 このままは嫌だ。
 まる子たちに、皆に会いたい。

「あぁ。すぐに会える。だから安心しろ。それまで俺がそばにいるから」
「オズ様……」
「君を一人にはしない。だから下を向くな。俺を見ていろ」

 ぎゅっとその長い両腕で抱きしめられると、冷え切りそうだった心が温まっていく。
 修行なんかじゃない、普通の抱擁。

 次第に色づいていく世界をバックに微笑むオズ様を見つめながら、私はあ彼のぬくもりを感じ続けるのだった。

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