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第九章【間章】『ゴムの実』奇譚(若き日の追憶)

第188話 色街戦争には勝ったようだけど…

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 競合店の攻勢に焦ったコンカツから何か良い対抗策は無いかと懇願されたにっぽん爺。
 仕方がないので、一つ画期的なオプションサービスを提案したらしい。
 やりたくないスタッフには絶対強要するなと、今まで以上に強く釘を刺したうえで。

 タロウがいつも言っている『異世界知識チート』って奴なのかな。
 とにかくそれは、この世界には無いサービスだったらしいの。
 それを聞くと、あのワルのコンカツでさえ目を丸くしていたみたいだよ。
 「そんなサービス出来るのですか?」と尋ね返して来たそうだから。 

 で、どんなサービスかと言うと…。
 にっぽん爺はおいらの顔を見て。

「これは流石に、マロンのいる前では口にする事は出来んな…。
 タロウ君には今度一緒に酒を飲んだ時にでも話してあげよう。
 マロンは、日本の知識を活かした今までにないサービスだと思っておいてくれ。」

 何やら、おいらに教えると差し障りがあるみたいで誤魔化したよ。きっといかがわしいことだね。

「なんだよ、爺さん、気になるじゃないか。
 今、こそっと教えろよ。」
 
 そんなにっぽん爺に、堪え性のないタロウが今教えろとせがんだの。
 にっぽん爺は仕方なさそうな顔をして、タロウにこそっと耳打ちしたんだ。

「ええーーーっ、爺さん、それは無茶だろう。
 日本だってそれが好きなのは少数派だと思うぞ。
 少なくとも、俺はしたいとは思わねえ。
 一線を越えるより、そっちの方が抵抗があるだろうが。」

 なんか、タロウも凄く驚いていたよ。
 驚きで目を見開くタロウに向かって、にっぽん爺はこともなげに言ったんだ。

「何を言っているのだ、タロウ君は。
 日本では戦国の昔からポピュラーなモノではないか。
 織田信長と森蘭丸は歴史上の事実だぞ。
 男女で出来ない事ではあるまいに。」

 それを聞いたタロウは本当に目を丸くしていたよ。
 織田信長、森蘭丸…、誰、それ?

 もちろん、おいらには何の事かさっぱりだった…。
 ただし、にっぽん爺の話を聞いて行くうちに幾つか分かったこともあったよ。
 新しいサービスでは、『純潔の証』を失う事は無いし、赤ちゃんが出来ることもない。
 そして、もしマネをする競合店があれば、特大の罠が仕掛けられていると言うことが…。

 にっぽん爺は、新しいオプションサービスを始める前に、『エステ』で働く娘さんを全員集めたんだって。
 全員の前で、サービスの内容を詳しく説明した上で、したくない娘さんには絶対強要しないと約束したそうだよ。
 サービスの内容を聞いて不安そうな顔をする娘さんが沢山いたそうだけど、強要しないと聞いて安心したみたい。
 既にその頃には、にっぽん爺は絶対に嘘をつかないと、働く娘さん達から信頼されていたから。

 オプション料は銀貨五十枚で、全額スタッフの娘さんの取り分だと説明した上で希望者に手を上げさせたんだって。
 この時点で、コンカツは希望者が一人もいないのではと、懸念を示していたそうなんだけど…。
 何と、開始前の段階で十人も手を上げたそうだよ、コンカツもビックリしてたって。

「泡姫だって、オプションが無ければお客さん一人で稼げるのは銀貨二十枚だ。
 それも一線を越えるサービスをして。
 『純潔の証』を失う心配も、妊娠の心配も無いサービスで銀貨五十枚だものな。
 当時の王都の若い娘さん達の貞操観念は緩々になっていたから。
 素人の娘さんでも飛び付く者は、予想外に多かったよ。」

 十人と言う人数は、にっぽん爺の予想以上に多かったみたいだけど…。
 やっぱり、希望者には病気の知識と『ゴムの実』の正しい使い方を入念に指導してからサービスを始めたんだって。
 これが、新サービスのキモで、競合店に対する特大の罠らしいよ。
 それとこれもやっぱり、新しいオプションサービスOKの娘さんは、お客さんからも分かるようにしたって。
 ここでも、可愛い三頭身の女の子が活躍だね。

 『コッチはOKよ♡』とにっこり微笑んだ、可愛い三頭身の女の子の絵が描いてあるバッチ。

 この国には今まで無かったサービスで、銀貨五十枚もするから、お客さんも戸惑ったみたい。
 それだけのお金を払うなら、風呂屋に行った方が良いと言うお客さんも最初は多かったんだって。
 でも、お財布に余裕のある人の中には物好きな人もいるもので…。
 その頃には、アッチカイ系列のお店にハズレは無いと、評判になっていたことも手伝って。
 オプションを付ける人がチラホラと出始めたそうなの。
 その人達が、お客さんの間に拡散してくれたそうだよ、「素晴らしいサービス」だって。

 この新しいサービスは、あっという間に王都の色街で注目されるようになったんだって。
 連日『コッチはOKよ♡』のバッチを付けた娘さんには指名が殺到したそうだよ。

 『エステ』で働く娘さんの方も、指名殺到の仕事仲間が羨ましかったようで…。
 いつの間にか『コッチはOKよ♡』のバッチを付けた娘さんが殆どになっていたそうだよ。

「今から思えば、王都の娘さん達の貞操観念の緩み方は異常だったよ。
 私とコンカツは取り返しのつかない罪を犯していたのだな…。」

 その頃のことを思い返して、にっぽん爺は深く反省してた。

 新しいサービスは大ヒットで王都の色街に革命を起こしたと言っても良いほどだったらしいよ。
 『エステ』は大繁盛で一気に勢いを取り戻したそうなんだ。

 競合店の方も、『エステ』のサービスをさっそくマネし始めたそうで、まんまと罠にハマったの。
 元々、にっぽん爺が競合店の攻勢を気に留めてなかったのは、競合店が『ゴムの実』を持ってなかったから。
 おいらにはナイショと言っていたけど、『エステ』に最初からあるオプションでも病気になることがあるらしいの。
 だから、『エステ』では『ゴムの実』の使用を徹底して、一人たりとも病気に罹らないように細心の注意を払っていたんだって。

 ところが、競合店は『ゴムの実』なしで『エステ』を模倣して営業を始めたあげく、一線を越えるサービスまでしているからね。
 にっぽん爺は、競合店が早晩病気で自滅すると思っていたんだって、『きゃんぎゃる喫茶』の『連れ出し』と同じだね。
 でも、コンカツが焦っているものだから、競合店をサッサと葬ってしまおうと思って新サービスを仕掛けたそうだよ。

 何が罠かと言うと、にっぽん爺が『にっぽん』で学んだ知識によると…。
 『エステ』の新しいサービスを『ゴムの実』なしですると、病気の罹患率がとんでもなく高くなるらしいの。
 それこそ、『一線を越えるサービス』よりはるかに高く。
 そのために、にっぽん爺は希望者に対して徹底的に病気を予防する指導をしていたんだ。
 にっぽん爺の話では、新しいサービスに関しては『ゴムの実』を正しく使うことで、ほぼ百%病気を防げるんだって。

 『エステ』が新サービスを始めてから三ヶ月目、先ず競合店が一つ潰れたんだって。
 原因は、働いている娘さん達が全員、病気に感染しちゃったから。全員だよ、全員。
 それが、従来からのサービスによるものか、新サービスによるものかはわからないけどね。
 やっぱり娘さん達を脅して、全員に全てのオプションサービスを拒否しないように強要していたんだって。
 ライトなサービスだと募集してたから応募してきたのに酷い話だよね。
 しかも、知識がないから病気になったことにも気付かずに仕事を続けて、お客さんにうつしまくったらしいし。
 にっぽん爺は言ってたよ、せめて強要さえしなければ傷口が小さくて済んだのにって…。

 その後は次々と競合店が自滅で姿を消していき、一年後には『エステ』しか残らなかったらしいの。

 『色街戦争』は、にっぽん爺とコンカツの圧勝で幕を降ろしたらしいよ。

    **********

 にっぽん爺が、コンカツの色街戦争に助力していたある日のこと。
 数人の貴族のおばさんが訪ねて来たんだって。

 全員、にっぽん爺が『実演販売』をしたことがある『訪問販売』のお客さんだったそうなの。
 屋敷に招き入れて、話を聞いてみると…。

 全員が全員、『実演販売』のことがバレて貴族の当主から離縁を申し渡されたらしいの。
 四十歳を過ぎて実家に帰る訳にもいかず、帰る場所を無くしてにっぽん爺を頼って来たそうなんだ。
 ハッキリ言って、にっぽん爺はこのおばさん達に特段愛情を抱いている訳でもないし。
 そもそも、四十過ぎのおばさん達に押し掛けられても嬉しくも何とも無かったって。
 『実演販売』にしても、請われたから渋々していたんで責任を取る筋合いも無いと思ったそうなの。
 若奥さんならともかく、四十過ぎのおばさん相手に『実演販売』しても苦痛なだけだったって。

 でも、そこは根が優しいにっぽん爺のこと。
 四十過ぎのおばさん、しかも長いこと貴族の館でロクに働きもしないで暮らしてきた人達だから。
 手に職も無ければ、雇い入れる人もいないだろうと思ったそうだよ。
 にっぽん爺が放り出したら『立ちんぼ通り』に立つくらいしか、出来ることはないだろうと思ったらしいの。
 そう考えると、自分がした『実演販売』のせいで家を追い出されたおばさん達が気の毒になったんだって。

 その頃のにっぽん爺は、『ゴムの実』の大量生産のために借りた屋敷を買い取って自分の城にしてたそうなの。
 王都の広い屋敷を買い取った後でも、屋敷内にある金蔵には銀貨が溢れている状態らしくてね。
 頼ってきたおばさん達を養うのは容易いたやすいことだったみたい。

「まあ、身から出た錆だと思って、私の屋敷を提供することにしたのさ。
 少しでも『ゴムの実』の栽培を手伝ってもらえれば良いだろうと思ってね。」

 にっぽん爺は、最初、そんな気軽な気持ちでおばさん達を受け入れたんだって。
 ところが…。

「そのことを何処から聞き付けたのか、…。
 その後、ぞろぞろと離縁された元貴族夫人たちが集まってきてしまって。
 気が付いたら姥捨て山のようになっていたよ。」

 そんな風に苦笑いしたにっぽん爺。
 にっぽん爺のもとに身を寄せてきた元貴族夫人は三十人以上になっちゃたらしいよ。
 当時四十歳になっていたにっぽん爺より年上のおばさんばかり。
 にっぽん爺は思ったって、二十年後は老人ホームだなって。

 この頃身を寄せてきた元貴族夫人から聞かされて、やっと知ったそうだよ。
 貴族社会で『ゴムの実』や『お見合い茶屋』が大問題になっていることを。

 その時は、『ゴムの実』の販売が続けられなくなるかも知れないと危惧はしたそうだけど。
 金蔵いっぱいの銀貨があるんで、もう働かなくても一生涯何とかなると思っていたんだって。
 たとえ、三十人のおばさんを養ったとしても。

「悪いことばかりでも無かったのだよ。
 その後、母娘揃って『実演販売』に耽溺してた娘の方も家を勘当されてな。
 母親を頼って、私の家に身を寄せてきたのだ、三人も。
 みんな、二十歳前後の今が旬の娘達でな。
 私はこの三人に、屋敷を継ぐ子供を産んでもらおうと思ったのだ。」

 貴族って、代々美形の娘を選んで嫁に取るので美形な子供が生まれてくることが多いんだって。
 例にもれず、その三人も匂い立つほどの美人さんだったそうなだよ。
 三人の方も、にっぽん爺の『実演販売』にハマっていた娘らしく、喜んで受け入れてくれたらしいの。
 にっぽん爺、まるで自分の娘のような年頃のお嫁さんを三人ももらってんだって。
 タロウが、「何だ爺さん、勝ち組じゃねえか。」って羨ましそうに言ってたよ。

「私は、当時四十を過ぎ下り坂に入っておったが…。
 年甲斐名もなくハッスルしてしまったものだ。
 それこそ、『ゴムの実』なぞ、全く必要としなかったよ。」

 そう言ったにっぽん爺の顔はとても幸せそうだったよ。
 にっぽん爺、頑張った甲斐があって…。
 三ヶ月が過ぎる頃には、三人とも急な吐き気を催すことや、やたら酸っぱいモノを欲しがることが増えたんだって。

「おいちょっと待て、爺さん。
 それはおかしいだろう。
 俺、アルト姐さんから言われたぜ。
 俺はこの世界の人間とは魂の理が違うから、子をなすことが出来ないって。」

 にっぽん爺が子供を作ったと聞いて、タロウがツッコミを入れたんだ。
 おいらもそれは聞いたよ、「タロウは人であって、人じゃない」ってアルトが言ったよね。

「おや、そうなのか?
 でも、三人とも産んだ子供は、私と同じ黒髪だったぞ。
 この世界の住民で黒髪の者は見たこと無いし。
 他の男の子供だと言うことは無いと思うが…。」

 アルトの話を知らないにっぽん爺はそんな言葉を口にして、首を傾げていたんだ。

     **********

「月日の経過と共に魂がこの世界に同化したのよ。
 今のその色事爺いろごとじじいは間違いなく、この世界の人間よ。」

 不意にそんな声がかけられたので振り向くと…。
 そこにアルトがいたんだ、何故だかプンプンと怒った様子で。
 いつもは、「おじいちゃん」と呼ぶにっぽん爺のことを「色事爺いろごとじじい」とか呼んでるし。

「あれ、アルト、いつからそこにいたの?」

「何時からじゃないわよ!
 その色事爺いろごとじじいがコンカツの悪党にいらぬ知恵を付け始めたところから全部聞かせてもらったわ。
 あんたら、八歳児に何て話しを聞かせているの。
 マロンが、シフォンのように育っちゃったらどうするつもりよ。」

 どうやら、にっぽん爺が色街のことをおいらに聞かせたのを怒っているみたい…。
 『エステ』の新しいサービスの内容を詳しく話そうものなら、ビリビリを食らわせようと思ったって。
 おいらにはどんなサービスか全く見当つかなかったけど、アルトには察しがついたんだ…。

「アルト様が、マロンちゃんを捜していたんで。
 ここにいると教えてあげたんだ。」

 シフォン姉ちゃんがアルトをここに連れてきてくれたみたい。
 アルトと一緒ににっぽん爺の話を聞いていたみたいで、目を輝かせていたよ。

「私、色街界隈は良く徘徊してたけど…。
 『お見合い茶屋』も『きゃんぎゃる茶屋』も見たことないわ。
 そんな面白いところがあると知ってたなら、絶対に行ったのに。
 『ゴムの実』だって見たことないよ。
 そんな便利なものがあれば、私だって病気をもらわずに済んだのにね。」

 特に『きゃんぎゃる茶屋』には興味津々って感じで、今でも王都にあるなら働いてみたかったって。
 シフォン姉ちゃんは、『連れ出し』オプションが趣味と実益を兼ねられて良さそうだって言ってたよ。
 
「いったいどんな育ち方をすれば、こんな貞操観念も、オマタも緩々な娘が出来るのかしら…。
 それで、その色事爺は、どうして、こんな辺境でひっそり暮らしているのかしら?」

 アルトは、シフォン姉ちゃんを呆れ顔で見た後、にっぽん爺にここで暮らしている訳を尋ねたんだ。

 前置きが長くなっちゃったけど、にっぽん爺の転落人生が明らかになるよ。
  
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