5 / 47
だから彼女と別れた(4)
しおりを挟む
「なるほど」
アイニスは、もとは男爵家の娘であった。それももっとさかのぼれば商売人の娘だ。一代で財を築き商売を成功させた彼女の父が、爵位をもらった。
その後、十五歳になったアイニスは、ウィンガ侯爵家の養女となった。その理由も、傾きかけた侯爵家に金の援助を言い出したのが男爵であると噂されている。いや、それは噂ではなくもはや事実だろう。
その過程はどうであれ、最終的にアイニスは、未来の王太子妃の座を手に入れたのだ。
「つまり、アイニス様では力不足だと?」
「みなまで言わすな」
キンバリーは顔をあげない。どうやら図星のようだ。
「そういえば、アイニス様のお姿が見えませんね。彼女はどうされたのですか?」
キンバリーと婚約する前は彼にまとわりついていた彼女も、婚約してからというもの姿を見る機会が減ったように感じる。
「今は、王太子妃となる教育を受けている。侯爵令嬢というのも名ばかりだからな。張りぼての令嬢だったのだよ」
「ですが、ラティアーナ様を捨て、アイニス様を選んだのは兄上でしょう?」
「だから、あの張りぼてに騙されたのだ」
ため息をつきたくなったサディアスは、それを堪えた。これ以上キンバリーを責めても、問題は解決しない。むしろ、彼を追い詰めるだけ。
「兄上、一度休みましょう。僕でよければ話を聞きますから」
サディアスの明るい口調で、やっとキンバリーが顔をあげた。
「サディアス……」
キンバリーは机の上の呼び鈴を鳴らして侍従を呼びつけると、二人分のお茶を準備するように言いつける。
言われた通りお茶とお菓子を準備した侍従は、控えの間へと下がる。
二人はソファ席に移動した。お茶とお菓子が置かれているテーブルを挟んで、向かい合って座る。
「それで、兄上はどうしてラティアーナ様との婚約を解消されたのですか?」
紅茶のカップに手を伸ばそうとしていたキンバリーは、一瞬、その手を止めた。だが、すぐにカップを手にすると、一口飲む。
その動作がひどくもどかしく感じる。
「身体が、貧相だからだ……」
やはりそれが理由だったのか。
何をどう言葉にしたらいいのか、サディアスは悩んだ。口元を押さえてみたり、視線を外してみたり、そうやって意味のない動きをした挙句、やはり白磁のカップに手を伸ばした。
あたたかな液体が喉を通り過ぎていく感覚に、頭の中もすっきりとしていく。
「まぁ、兄上も僕も男ですから。そういった女性の容姿に関心を持つのはわからなくもないですが……。ですが、ラティアーナ様の身体が貧相というのは、どういった意味で言っているのですか?」
キンバリーはこめかみを震わせる。
「お前は、あれを見て何も思わなかったのか? あの身体では本当に子が望めるのかと不安になるだろう? 他の女性と比べても、細すぎるだろう? それに、いつも顔色が悪かった……」
てっきり女性の象徴の大きさや柔らかさを強調されるのかと思っていた。だが、キンバリーは違うことを言いたいらしい。
「食事はきちんととっているのか。夜はきちんと休めているのか。神殿ではどのような扱いを受けているのか。それを彼女に聞いたのだ」
わりとまともなことを口にしている彼に、サディアスは驚愕する。だが、それを表情には出さない。
「お前は知っていたか? 神殿でラティアーナがどのように扱われていたか」
彼女と共にした時間が少ないサディアスが、そういった踏み込んだ内容を知るはずもない。
いいえ、と小さく首を横に振る。
「私は、ラティアーナに聞いたのだ。神殿ではどのような物を食べているのかと。彼女はここで出したお茶菓子をけして口にはしなかった」
そう言ったキンバリーの視線は、目の前の焼き菓子を捕らえている。きっと、同じようなものをラティアーナにも出したのだろう。
アイニスは、もとは男爵家の娘であった。それももっとさかのぼれば商売人の娘だ。一代で財を築き商売を成功させた彼女の父が、爵位をもらった。
その後、十五歳になったアイニスは、ウィンガ侯爵家の養女となった。その理由も、傾きかけた侯爵家に金の援助を言い出したのが男爵であると噂されている。いや、それは噂ではなくもはや事実だろう。
その過程はどうであれ、最終的にアイニスは、未来の王太子妃の座を手に入れたのだ。
「つまり、アイニス様では力不足だと?」
「みなまで言わすな」
キンバリーは顔をあげない。どうやら図星のようだ。
「そういえば、アイニス様のお姿が見えませんね。彼女はどうされたのですか?」
キンバリーと婚約する前は彼にまとわりついていた彼女も、婚約してからというもの姿を見る機会が減ったように感じる。
「今は、王太子妃となる教育を受けている。侯爵令嬢というのも名ばかりだからな。張りぼての令嬢だったのだよ」
「ですが、ラティアーナ様を捨て、アイニス様を選んだのは兄上でしょう?」
「だから、あの張りぼてに騙されたのだ」
ため息をつきたくなったサディアスは、それを堪えた。これ以上キンバリーを責めても、問題は解決しない。むしろ、彼を追い詰めるだけ。
「兄上、一度休みましょう。僕でよければ話を聞きますから」
サディアスの明るい口調で、やっとキンバリーが顔をあげた。
「サディアス……」
キンバリーは机の上の呼び鈴を鳴らして侍従を呼びつけると、二人分のお茶を準備するように言いつける。
言われた通りお茶とお菓子を準備した侍従は、控えの間へと下がる。
二人はソファ席に移動した。お茶とお菓子が置かれているテーブルを挟んで、向かい合って座る。
「それで、兄上はどうしてラティアーナ様との婚約を解消されたのですか?」
紅茶のカップに手を伸ばそうとしていたキンバリーは、一瞬、その手を止めた。だが、すぐにカップを手にすると、一口飲む。
その動作がひどくもどかしく感じる。
「身体が、貧相だからだ……」
やはりそれが理由だったのか。
何をどう言葉にしたらいいのか、サディアスは悩んだ。口元を押さえてみたり、視線を外してみたり、そうやって意味のない動きをした挙句、やはり白磁のカップに手を伸ばした。
あたたかな液体が喉を通り過ぎていく感覚に、頭の中もすっきりとしていく。
「まぁ、兄上も僕も男ですから。そういった女性の容姿に関心を持つのはわからなくもないですが……。ですが、ラティアーナ様の身体が貧相というのは、どういった意味で言っているのですか?」
キンバリーはこめかみを震わせる。
「お前は、あれを見て何も思わなかったのか? あの身体では本当に子が望めるのかと不安になるだろう? 他の女性と比べても、細すぎるだろう? それに、いつも顔色が悪かった……」
てっきり女性の象徴の大きさや柔らかさを強調されるのかと思っていた。だが、キンバリーは違うことを言いたいらしい。
「食事はきちんととっているのか。夜はきちんと休めているのか。神殿ではどのような扱いを受けているのか。それを彼女に聞いたのだ」
わりとまともなことを口にしている彼に、サディアスは驚愕する。だが、それを表情には出さない。
「お前は知っていたか? 神殿でラティアーナがどのように扱われていたか」
彼女と共にした時間が少ないサディアスが、そういった踏み込んだ内容を知るはずもない。
いいえ、と小さく首を横に振る。
「私は、ラティアーナに聞いたのだ。神殿ではどのような物を食べているのかと。彼女はここで出したお茶菓子をけして口にはしなかった」
そう言ったキンバリーの視線は、目の前の焼き菓子を捕らえている。きっと、同じようなものをラティアーナにも出したのだろう。
443
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……
【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。
アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。
この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。
生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。
そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが…
両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。
そして時が過ぎて…
私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが…
レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。
これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。
私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。
私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが…
そんな物は存在しないと言われました。
そうですか…それが答えなんですね?
なら、後悔なさって下さいね。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる