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番外編
明けちゃった(1)
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カーン、カーン。カーン、カーン。
新しい年を迎えるための鐘の音が響いた。宿舎のベランダでその手すりに寄り掛かりながら、夜鳴亭の店長からもらったちょっといいお酒を、手酌しながら飲んでいるのは、漆黒騎士団の女性騎士であるシャンテル。年明けの鐘を聞きながら、闇に包まれているこの王都の街を見下ろしていた。だが、年明けというめでたい日であるからか、闇の中にポツポツと灯る光りもいくつか目に入る。
この騎士団の宿舎は王城内にあるため、少し小高い位置に建っていた。そしてシャンテルの部屋は最上階の角部屋。いろんなものを見下ろすにはとっておきの部屋だ。
「うっわ。寂しい女がいた」
聞き慣れた声が聞こえてきた。ベランダのパーティションから顔を覗かせると、やっぱりローガンだ。
「うっわ。新年早々、出会った人物がローだったとは……」
「そっくりそのままお返しするよ。僕も新年早々、シャンの顔を見る羽目になるとは、ね」
「逆に聞くけど、誰だったら良かったのよ。団長? それともタイソンさん? メメルお姉さま? もしかして、副団長とか? いや、ここは大穴で陛下、とか」
「なんで漆黒のメンバーしかいないのさ」
「だって、それくらいしか知らないもん」
そこで、シャンテルは手にしていたグラスを煽った。
「しかもシャン。飲んでるの? 一人で? 手酌? 本当に寂しい女だね。婚約者様はどうしたのさ」
「仕事に決まってるでしょ」
ふん、と言って、シャンテルはまたグラスを煽った。
「あ、ロー。せっかくだからさ、年も明けたことだし、朝までパズルやろうよ。美味しいお酒もあるよ」
と、シャンテルがローガンの前にそのお酒の瓶を差し出した。
「美味しいお菓子もあるよ」
とさらに付け加える。
美味しいお酒と美味しいお菓子と朝までパズル。これは、ローガンの家で年を越した時の定番のようなイベントだった。ローガンの家にいたときは、美味しいお酒ではなく美味しい果実水だったが。
だからローガンも、いつものことだと思ってついついシャンテルのその誘いに乗ってしまったのだ。
数時間後、これに乗ってしまった事を後悔することになるとは、このとき思ってもいなかった。いや、ローガンが後悔するのではない。シャンテルの方だ。なぜこの時にいつものようにローガンを誘ってしまったのか、と。
「失礼しまーすって。何、これ、シャン」
隣のシャンテルの部屋に入ったローガンがいきなりそんなことを口にした。
毛の短い絨毯の上にテーブルが置いてあるのだが、そのテーブルには毛布がかけてある。その両脇には椅子。
「ねえねえ、ここに足、入れてみて。あったかいから」
椅子に座って足を投げ出すと、そのテーブルにかけてある毛布の中にすっぽりと足が入る。
「うわ。あったかい。何、これ」
「うふふふ。シャンテル様が開発した、新しい魔導具です。名付けて、テーブル式暖房魔導具。やっぱりこの時期って、朝晩は寒いじゃない? こうすれば、足もあったかいかなぁと思ってさ」
「うん。これ、すごくいい。ちょっと、今度、僕にも作ってよ」
「そのうちね」
「うわ。シャンのそのうちって、当てにならないんだけど」
「はいはい。文句を言わない」
ドン、とシャンテルがお酒の瓶をテーブルのど真ん中に置いた。そしてグラスを二つ並べる。それから、シャンテルが言っていた美味しいお菓子と、朝までパズルのジグソーパズル。年が明けた夜は、無駄に二人でジグソーパズルを黙々とこなすというわけのわからない定番のイベントだった。新年だから、という特別感が幼い頃の二人をそうさせていたのかもしれない。
「去年はさ。なんか、いろいろあったよねー。はい、かんぱーい」
シャンテルが夜鳴亭で鍛えられたお酒の注ぎ方でそれをグラスに注ぐと、二人はカチンと鳴らした。
「うっわ、シャン。こんな美味しいお酒を一人で飲んでたわけ? これ、どうしたのさ」
「夜鳴亭の店長からもらった」
「もしかして、こっちのお菓子も?」
「そうそう。婚約祝いだって」
ぶほっと、ローガンは吹き出しそうになった。そうだった、彼女は婚約しているのだ。しかも相手はあの黄金騎士団の団長であるグレイク・サニエル。嫉妬深そうな男だ。
「やっぱりさ。僕、帰ろうかな……」
「え、なんで?」
「え、なんでって。殺されそうだし」
「誰に? ローを殺せるような人なんて、そうそういないと思うんだけど」
シャンテルはローガンの空になったグラスにお酒を注ぐ。これを残したままでは帰れないな、と思うローガンは、結局毎年恒例の朝までパズルを行う羽目になり、朝までこの部屋に居座ることになるのだった。
新しい年を迎えるための鐘の音が響いた。宿舎のベランダでその手すりに寄り掛かりながら、夜鳴亭の店長からもらったちょっといいお酒を、手酌しながら飲んでいるのは、漆黒騎士団の女性騎士であるシャンテル。年明けの鐘を聞きながら、闇に包まれているこの王都の街を見下ろしていた。だが、年明けというめでたい日であるからか、闇の中にポツポツと灯る光りもいくつか目に入る。
この騎士団の宿舎は王城内にあるため、少し小高い位置に建っていた。そしてシャンテルの部屋は最上階の角部屋。いろんなものを見下ろすにはとっておきの部屋だ。
「うっわ。寂しい女がいた」
聞き慣れた声が聞こえてきた。ベランダのパーティションから顔を覗かせると、やっぱりローガンだ。
「うっわ。新年早々、出会った人物がローだったとは……」
「そっくりそのままお返しするよ。僕も新年早々、シャンの顔を見る羽目になるとは、ね」
「逆に聞くけど、誰だったら良かったのよ。団長? それともタイソンさん? メメルお姉さま? もしかして、副団長とか? いや、ここは大穴で陛下、とか」
「なんで漆黒のメンバーしかいないのさ」
「だって、それくらいしか知らないもん」
そこで、シャンテルは手にしていたグラスを煽った。
「しかもシャン。飲んでるの? 一人で? 手酌? 本当に寂しい女だね。婚約者様はどうしたのさ」
「仕事に決まってるでしょ」
ふん、と言って、シャンテルはまたグラスを煽った。
「あ、ロー。せっかくだからさ、年も明けたことだし、朝までパズルやろうよ。美味しいお酒もあるよ」
と、シャンテルがローガンの前にそのお酒の瓶を差し出した。
「美味しいお菓子もあるよ」
とさらに付け加える。
美味しいお酒と美味しいお菓子と朝までパズル。これは、ローガンの家で年を越した時の定番のようなイベントだった。ローガンの家にいたときは、美味しいお酒ではなく美味しい果実水だったが。
だからローガンも、いつものことだと思ってついついシャンテルのその誘いに乗ってしまったのだ。
数時間後、これに乗ってしまった事を後悔することになるとは、このとき思ってもいなかった。いや、ローガンが後悔するのではない。シャンテルの方だ。なぜこの時にいつものようにローガンを誘ってしまったのか、と。
「失礼しまーすって。何、これ、シャン」
隣のシャンテルの部屋に入ったローガンがいきなりそんなことを口にした。
毛の短い絨毯の上にテーブルが置いてあるのだが、そのテーブルには毛布がかけてある。その両脇には椅子。
「ねえねえ、ここに足、入れてみて。あったかいから」
椅子に座って足を投げ出すと、そのテーブルにかけてある毛布の中にすっぽりと足が入る。
「うわ。あったかい。何、これ」
「うふふふ。シャンテル様が開発した、新しい魔導具です。名付けて、テーブル式暖房魔導具。やっぱりこの時期って、朝晩は寒いじゃない? こうすれば、足もあったかいかなぁと思ってさ」
「うん。これ、すごくいい。ちょっと、今度、僕にも作ってよ」
「そのうちね」
「うわ。シャンのそのうちって、当てにならないんだけど」
「はいはい。文句を言わない」
ドン、とシャンテルがお酒の瓶をテーブルのど真ん中に置いた。そしてグラスを二つ並べる。それから、シャンテルが言っていた美味しいお菓子と、朝までパズルのジグソーパズル。年が明けた夜は、無駄に二人でジグソーパズルを黙々とこなすというわけのわからない定番のイベントだった。新年だから、という特別感が幼い頃の二人をそうさせていたのかもしれない。
「去年はさ。なんか、いろいろあったよねー。はい、かんぱーい」
シャンテルが夜鳴亭で鍛えられたお酒の注ぎ方でそれをグラスに注ぐと、二人はカチンと鳴らした。
「うっわ、シャン。こんな美味しいお酒を一人で飲んでたわけ? これ、どうしたのさ」
「夜鳴亭の店長からもらった」
「もしかして、こっちのお菓子も?」
「そうそう。婚約祝いだって」
ぶほっと、ローガンは吹き出しそうになった。そうだった、彼女は婚約しているのだ。しかも相手はあの黄金騎士団の団長であるグレイク・サニエル。嫉妬深そうな男だ。
「やっぱりさ。僕、帰ろうかな……」
「え、なんで?」
「え、なんでって。殺されそうだし」
「誰に? ローを殺せるような人なんて、そうそういないと思うんだけど」
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