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29・大領主邸での日々と、そして②
しおりを挟むこんなふうに穏やかに日々を過ごしていると、自分が今どこにいるのかわからなくなっていく。
否、分かっている。
大領主邸、フォルの屋敷。
呆れるほど広いそこで、僕がいるのは僕のためにと用意された、奥まった一室、そして精々が裏庭ぐらいだった。
ここに着いた時にフォルが降り立ったところとはまた別、僕のいる部屋から直接出られる庭である。
小さめの噴水があり、生い茂った花々と木々。ここが砂漠の只中だなんて思えないほど色鮮やかなその庭は陽射しばかりが外の世界を象徴するかのように強く、それでいてそこまでの暑さは感じないように出来ているようなのだった。
おそらく、フォルの背に乗せられている時にそうだったように、なんらかの仕掛けがあるのだろう、それこそ魔法だとかそういう何かなのかもしれないが、僕にはよくわからない。
魔力、という物があることは理解していた。
自分がどうやら、それが多いらしいということも。
ならそれでいったい何が出来るというのか。それはやはり、よくわからなくて。
不安を訴えてみたこともあるけれども、ホセもフォルも気にしなくていいというばかり。
ただ心安らかに過ごせばいいと。
心安らかに。何もせず、ずっとここで。
それはまるで生きながら買われてでもいるかのように感じられた。
そんな僕が神人。
やはりどうにも信じられない。
だって僕はこんなにも、時折、居ても立ってもいられない気持ちになるというのに。
「僕の番を……」
探さなければ。
そうしなければいけない、それだけはわかる。
小さく呟いて。刺していた刺繍の手を止め、膨らんだお腹をふと見降ろし、ゆるく、それを擦った。
「デュニナ?」
気付いたホセが声をかけてくる。
ホセは医療師をしているだけあって、どうやら僕の主治医のつもりでいるらしい。
特に体調については、注意深く見てくれようとしている雰囲気があった。
今のように、少し違う仕草を見せただけで見咎めたりなどしてくるのである。
それらが心配ゆえだということはわかっている。
少し細かいなと思いはすれど、不快なわけでもなく、
「お腹がどうかしたのかい?」
そう訊ねられも、僕は緩く首を横に振った。
「いえ、何も。ただ……このままでは、いけない気がして……」
このまま日々を過ごして。だけど、それだけではいけないのだということが、なんとなくわかるのだ。
ホセの元で目が覚めてから、かれこれひと月近く経つ。だけどお腹の様子は何も変わらない。
大きさも、何もかも。
まるで停滞しているかの如く。
胎動だとかいうものも、ほとんど感じられないに等しかった。
それは、本当に大丈夫なのかと不安になるほどに。だけど。
「デュニナ……そう不安に思わなくても大丈夫だ。その子はしっかり生きているよ。少し大人しすぎるのは確かなようだけどね」
しかし、ホセが診ても、他の医者だという者が観ても見立ては同じ。異常はないということであるらしかった。
本当だろうか。不安でたまらなくなる、だけどそう信じるより他にはなくて。
でも。
「このままでは……ダメだと思うんです」
どうにもならない、進めない。
それだけがなぜだか今、僕にははっきりとわかっていた。
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