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54・選択

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 ああ、デュニナ、もうすぐだ、もう会える。
 デュニナ。



 声が聞こえた、気がした。
 僕の求めていた声だ。
 だから僕は。



「――……ルっ」

 求めるように手を伸ばして目を覚ました。

「デュニナ!」

 と、同時、強い声で名を呼ばれ、びくっと目を見開いて辺りを見渡す。
 薄暗い。
 どうやらホセの腕の中、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 視界の端には変わらない、真っ黒く荒れ果てた大地。
 だけど、僕をのぞき込んでくるホセの顔は、見慣れた見目の良い男性のもので、眠る前に見た耳も、獣のような鼻もどうやら存在していないようだった。

「あ、れ……? ホセ、さん……?」
「ああ、気が付いたの? よかった」

 そう言って、次いで応えるように顔をのぞき込んできたのは赤い瞳。
 ホセではなくフォルだ。
 さらと真っ赤な髪が流れた。
 こちらも、先程までのような赤竜の姿ではない。
 ただし、あの森で見たように、角や耳があるままなようだけれど。
 よく見るとより深い赤となっている瞳孔も縦に長いのだろうか。
 赤竜である時を彷彿とさせるそれだ。

「フォル、さん……」
「うん、そう、フォルだよー。そろそろ着いたから、起こそうかと悩んでいたんだ。目が覚めたのならよかった」
「え、ええ……」

 わからないまま頷いた。
 だが、そう言えば何処か目指している所があると言っていただろうか。その目指しているところとやらに着いたのだろう。
 いつの間に。
 多分、眠っている間に、なのだろう。

「起きた早々申し訳ないのだけれどね、神人殿。君には決めてもらわなければならないことがあるんだ」

 などと、全く何もついていけていない間に、フォルは少し困ったような顔でそう言って、僕に選択を迫ってくる。
 いったい何の。

「決める、というのは……」
「簡単なことだよ。僕達の中で、誰がいい? ああ、違うか、戻るとしたら、どこがいい?」
「え?」

 それは僕にとってはとても唐突なことだった。
 誰が、いいって、いったい。
 選ぶ? 誰を。
 何故。それに、どこ、なんて、そんなの。そんなもの。僕が、戻りたいところなんて。

「僕、は…………」

 僕は探していた。
 そう、探していたんだ。
 ちっとも探せなかった。
 僕はどこにも行けなかった。でも探していた。
 会いたくて、会いたくて。
 どこに、なんて、そんなもの決まっている。
 僕が、会いたいのは、戻りたい場所は、それは僕の……――。

「僕は、僕の、」

 つがいの元へ。戻りたい。つがいに会いたい。
 初めからそんなもの決まっていた。なのに。

「――……本当に?」

 にこやかにフォルが問いかけてきた。

「え?」

 もう、移動はしていないらしい。だけどどうやら僕はホセに抱えられたままだ。
 僕を抱えているホセの腕に力が入る。
 ぎゅっと、放さないとでも言うかのように。どこか、縋るかのように。

「ねぇ、神人殿。言っただろう? 界渡りは落ちるのは難しくなくとも、上がるのはそれよりずっと難しいんだ。大切なのは求める心、そしてイメージ。僕だけの力では足りない。神人殿の協力が要る。何故ならこの中で一番強大な魔力を誇るのは君だから。どうしても君のイメージに左右されてしまう。僕はね、別に君をつがいと引き離したいわけじゃない、君をつがいに、返したくないわけじゃない。でも君は記憶を失くしている。だからそれでは足りないんだ。だって君はつがいの名前さえ分からないんだろう? ああ、でも、そうだな、そろそろ……――」

 フォルの言葉は、責めるという風ではなかった。
 ただ、おそらくは事実を告げていただけ。
 何も間違ってなんていない。
 僕が、つがいの名前さえ思い出せないままなことは本当なのだから。だけど。否、だから。
 僕が何も言えないでいるうちに、他の者も含めて、フォルが、四人ともが何かを警戒したのがわかる。

「やはり来たね。みんな、備えて……――来るよっ!」

 そんなフォルの言葉と同時、ぐわり、気配がたわんだのがわかった。
 庭や、あの森での時と同じ。ぐんにゃりと景色がひずんでいく。

「皆、離れないようにっ、もう落ちる所はない、なら、上がっていくだけだっ、だからっ」

 フォルの言葉を裏付けるように、何か、強大な何かが下から突き上げてくるかのようだった。
 体がバラバラになりそうだ。
 僕は必死に体を縮める。
 この子を守らなければ。
 そう思った。
 ホセがぎゅっと、僕を抱きしめてくれている。
 抱えたまま、ぎゅっと、守るように。
 ああ。
 つがいの匂いがする。
 濃く、蒸せるよう。甘くて。
 ああ。

 待っていた。



『デュニナ』



 ぶわっ、と全てが宙に投げ出されたかのように。
 体が浮き上がるような気がした。

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