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3・偽りの学園生活
3-13・諦めるしかない
しおりを挟む少し時間をさかのぼる。
ティール、否、ティアリィ達がここ、ファルエスタに着いたその日の翌日まで。
ポータルの設置自体は、実はそれほど難しくはない。
場所さえ決まっていれば、魔法陣のような、魔力を流しさえすれば発動する装置をそこに固定するだけ。
それら全てに魔術の行使は必要だったし、魔力そのものも大量に要る。しかし、もとよりそういったことを得意とするティアリィがいれば造作もないことだった。ほとんど一瞬で済んでしまうのだ。
ちなみに彼以外がこれを成そうとすれば、魔力を注ぐだけで数日を要する場合もあるのだが、それはともかく。
場所は予めファルエスタが選定していた。
だからティアリィがしたのは、予定地付近に結界を張り、設置した装置ごと固定することだけだった。
本当に瞬く間に済んでしまう。
そして、しっかりとポータルが作動しているのかを確認する為に、まずはと、これも予てより決まっていた通り、ティアリィ自身がナウラティスの王宮に設置されているポータルへと飛び……――其処で待ち受けていた、にっこりと笑うミスティを目にして、ああ、やっぱり……と、内心で流れた冷や汗を、自覚せざるを得なかった。
わかっていた、ことだ。
アーディにもさんざん言われていた。
ポータルが設置されるまで。
そうだろうと、思ってはいた。
それでもまさか、こうして待ち構えられているだなんて考えてもみなかったけど、もしここで逃げたとして、おそらくミスティは、今度はポータルを使ってファルエスタまで飛んできてしまうことだろう。
それこそ、国のことを放ってでも、だ。
ティアリィにはわかっている。わかっているからこそ、この場合は……諦めるしかないと、溜め息を吐いた。
「やぁ、おかえり、ティーア」
目の前で敢えてそんな風に愛称で呼んで。にっこりと笑うミスティが、どれほど恐ろしくても。
「え、ええ、お、お久しぶりで、す……ただいま戻りました、ミーシュ……」
思わず返す声は、ひどく小さいものとなってしまった。
一応、ミスティに合わせて普段はあまり呼ばない彼の愛称を口に乗せたけれど、そんなことで彼の機嫌が直るはずもなく、ミスティの笑顔は崩れない。
能面のような固まった笑顔だ。
なんて恐ろしい。
ああ、でもこれはただの起動テストで、だからティアリィはすぐにもファルエスタに戻らなくてはいけなくて、だから、
「ああ、向こうにはすでに伝えてあるから、君は今日は戻らなくて大丈夫だよ。代わりに他の者に試させてみるから」
なんて悪あがきは勿論、通じるはずもなく、言葉にする前に封じたミスティが、傍に控えた騎士の一人に目配せする。
「では、陛下。行ってまいります」
「うん、頼んだよ」
頷いた騎士がさっそく用意されていた馬車ごとポータルを使用してファルエスタへと転移したようだった。
あああああ……ああ、そうだ、馬車ごと転移できるかも試す必要があって、それ自体はやはり予め定められていて、でも本当はそれとともにティアリィ自身も戻るつもりで……だけど。
今のミスティを見て、どうして逃げられると思うのだろうか。
「ティーア」
「…………はい……」
もう一度名を呼ばれ、促され。ティアリィは項垂れ、諦めて。自身にかけたままだった変化の術を解くしかないのだった。
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