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2・受け入れる

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 俺はしばし考えてみた。否、考えるまでもない。
 なにせもう婚姻はなっているというのだ。
 つまりこのイケメンはもう俺の旦那なのだ。多分それは覆られないのだろう。
 また、王妃が言うとおり、この城の中に俺の部屋なぞないのは本当で、荷物だってもちろん、今俺自身が手にしている物が全て。
 この城、否、この国には、俺のものなど何一つありはしなかった。
 別にそれは構わないのだけれども。
 それにしても王妃の態度はあまりにもいつも通り過ぎて、有体に言うと悪すぎて、こんなもん目の前で見せられたら印象最悪だと思うのだが、このイケメンはその辺り、いったいどう感じているのだろうかとちらとイケメンの様子を探ってみた。しかし、イケメンはにことさわやかそうな感じのいい笑顔を浮かべるばかりで、腹の底が一切見えてこない。
 俺はきゅっと眉根を寄せた。
 このイケメン、どうも曲者っぽい。
 いや、そもそも、映像媒体でちらと見ただけのあったこともない他国の人間に、求婚してくるようなやつである。初めからまともなはずなどなかった。
 父は父で、相変わらず王妃の随分な態度になど慣れ切ってしまっていて、何も思わないらしく。

「王妃の言い分はともかく、フィリス。彼が大変に情熱的にお前を求めてくれているのは事実なのだ。彼の元へ嫁いだからには、きっとお前は幸せになれるだろう」

 などと言う始末。これがおそらくは善意のみで言っているのだろう所が性質が悪い。
 会ったこともない人間と、いきなり婚姻済みだと言われて、それでなぜ出てくる言葉がそんな言葉なのか。
 もっとも、そんなことを言っても今さらだろう。父はもともとそういう人間・・・・・・なのだから。俺だってはじめから父になど、何も期待はしていない。
 俺は呆れてなんだか全てが面倒になってきてしまった。
 イケメンを見る。イケメンだ。
 名前は何と言ったのだったか。確か、ラギリステ。ラギリステ・リヒディル。隣国、アンセニース大王国の若き公爵。
 俺を娶る為に公爵になった。
 それが本当なら、確かに大変に情熱的だろう。俺はそんなこと、信じていやしないけれども。
 それにしても旦那。旦那か。
 俺は改めて、イケメンの方へと向き直った。

「お初にお目にかかります。コリデュア王国、国王が子息、フィナリスティアと申します、ラギリステ卿」
「こちらこそ。はじめまして、僕はラギリステ・リヒディルです。どうか僕のことはラルと」

 イケメン……――ラルは俺に向かってにこと深くした笑みを向けてくる。
 イケメンだ。全部イケメンだった。やばいな。初めて声を聞いたが、声もいい。
 俺は頷いて、言葉を続けた。

「ならばラル。今の我が父上のお話、貴方は宜しいので?」

 なにせ俺のことは映像媒体でしか知らないというのだ。これが初対面。それですでに婚姻している。
 勿論、そもそもラルからの求婚だというのだからいいのだろうとは思った。思ったが、一応は確認はしておいた方がいいような気がしたのだ。
 案の定、ラルは力強く頷いた。

「宜しいも何も……僕が望んだことですから。ぜひ! すぐにでも。僕と一緒に来て頂きたい。我がアンセニース大王国へと。何も心配は要りません。貴方は身一つで僕の元へといらして下さればいいのです」

 当然、とでも言いたげな口調だった。
 いいのか。
 それも、身一つで、というのなら言うとおりにしよう。そもそも初めから俺に拒否権などはない。
 俺はおとなしく首肯した。

「わかりました。ではそのように致しましょう」

 全てを諾と受け入れた俺に、父はほっと安堵の息を吐きながら、それでもにこやかに祝福していると言わんばかりの顔をしていて、王妃はふんと鼻を鳴らしている。

「はじめから大人しく頷いておけばよかったのよ。余計なことなんて尋ねたりせずにね」

 飛び出す言葉は、やはりどこまでも自分に正直なもの・・・・・・・・だった。
 こうして俺は6年ぶりに祖国へと帰ってきたその足で、今度は旦那の国へと向かうことになったのである。
 俺の育った場所であるはずのその国の王城にいた滞在時間は僅か数時間にしか至らず。初めて見る俺の旦那は、大変に印象のいい笑顔を浮かべたまま、早急に俺を馬車へとエスコートしたのだった。
 それはあたかも逃がさないとでも言わんばかりの素早さで。
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