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第六章

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「ん……」

 体が重だるい。特に下半身にいつもと違う違和感を感じる。それに、何か聞こえる。スースーという呼吸する音だ。自分のではない。誰の?

 ゆっくりと意識が覚醒する中で、ジゼルは瞼を閉じながら考えた。

 微かに髪を引っ張られる感覚がある。誰かがジゼルの髪を弄っている。  

「だ…れ?」

 未だ瞼を閉じたまま、ジゼルは呟いた。

「誰、とは、俺に尋ねているのか?」

 直ぐ側で声がして、はっとジゼルは目を開けた。

「おはよう」

 すぐ目の前にユリウスの顔があって、赤い瞳が柔らかく見つめてくる。
 そして彼はジゼルの髪をひと房持ち上げ、指に絡めている。

「あ……あの…お、おはよう……ございます」

 一瞬ここがどこなのか、なぜ彼がジゼルの寝台にいるのかわからず、辿々しく挨拶した。
 それから頭を動かして周囲を見渡す。そこは数日間ジゼルが占拠していたユリウスの部屋だ。家具や壁紙に見覚えがある。

「まだ夜明けまでは少しある。もう少し寝ておくか? それとも風呂に入るか?」
「えっ?」

 驚いて再び彼のほうを見るため身動ぎすると、足の間から何かがとろりと流れ落ちた。

(な、なに? あ、もしかして……)

 ようやく晴れてきた頭で、昨夜何があったのかを思い出した。
 ユリウスがジゼルの寝台にいるのではなく、彼女が彼の寝台にいるのだ。

(そうだ、私……昨夜彼と……今のは、彼の……)

「わ、私……いつの間に眠って……」

 蘇った記憶と共に、ユリウスの体の下で開花し、知った新しい感覚が思い出された。
 あんな自分自身では制御できない恍惚とした快楽の波が、この世には存在していたのかと、ジゼルは打ち震えた。

「ほんの一時だ。安心しろ、ちゃんと最後まで頑張っていたよ」
 
 ユリウスはジゼルの体を胸に抱き寄せ、頭のてっぺんにキスを落とす。 
 一番の大きな快楽の波に襲われ、その波が引くと共にジゼルは意識を手放したのだった。

「あの、ごめんなさい。すぐに出ていきます」

 ここまで長居するつもりはなかった。寝てしまったのは不覚だった。
 ジゼルは慌てて起き上がろうとしたが、体のあちこちが痛み思わず「うっ」と唸った。

「待て、なぜ謝る。それに、無理に動く必要はない。体が辛いだろう。部屋に戻るなら風呂に入ってからでいいだろう」

 ユリウスが半身を起こし、ジゼルの腕を掴む。
 彼もジゼルもまだ互いに裸だった。

「でも、いつまでもいてはお邪魔でしょう?」
「邪魔?」

 ジゼルの放った言葉にユリウスは目を細める。

「邪魔とはどういうことだ? 俺は出来ればまだ一緒にいたい。あなたを抱いた後の余韻を噛み締めているというのに、なぜ俺の手からすり抜けようとする」 
「えっ?」

 それを聞いてジゼルは驚いて目を丸くした。

「で、でも、もう事は済んだのですし」
「何か勘違いしていないか。用が済めばさっさと金を払って引き上げる売春宿とは違うぞ」
「ば、売春…」

 ジゼルがまたもや驚愕に目を見開く。

「違う。あなたを娼婦だと言ったのではなくて、今のは」

 ユリウスは、彼がジゼルを娼婦扱いしたと受け取ったと思ったらしく、慌てて否定した。

「わかっています。そうではなくて……ドミニコが……彼は私の部屋に来て私を抱いた後は、すぐに自分の部屋に引き上げていたので。でもここはあなたの部屋ですから、出ていくのは私のほうかと思…」
「何だそれは!」

 ユリウスはジゼルが皆まで言う前に、怒りも顕に怒鳴った。

「え、あ、あの……ドミニコは、人が側にいると眠れないからと……それに、自分の寝台が汚れるのは嫌だと……」

 何が彼の怒りを引き出したのか。何か変なことを言ったかと、ジゼルは焦った。

「すまない。あなたに怒ったのではない。俺は大公に……いや、あなたには申し訳ないが、あなたの元夫のクズ野郎に怒っているのだ」
「ク、クズ……」
「俺はこれ以上ないほどの快楽を、あなたのお陰で味わえた。あなたが眠ってしまわなければ、何度でもやりたかった」
「え、で、でも……ド、ドミニコは……終わったら……」

 そんなひと晩で何回もするものなのか。ドミニコはさっさと済ませて眠いと言って、ジゼルを置き去りにしていた。

「大公はどうかしらないが、それが一般的な基準と思わないことだ。少なくとも俺は事が済んでもあなたを抱きしめて眠りたいし、可能なら体力の続く限りもっとあなたと繋がりたい。言っておくが、俺の知る限り俺のように思うのが標準で、大公が淡白過ぎると思うぞ」
 
 自分の欲だけを吐き出して、事が終わるとジゼルを置き去りにして部屋に戻っていたドミニコが淡白で、ユリウスのように思う人が圧倒的に多いと聞き、ジゼルは呆然とした。

「私……本当に何も知らなくて……」

 もしそれが事実なら、ドミニコを基準に判断していたことの何もかもが、違って見えてくる。

 ユリウスがジゼルの快感を呼び覚ましてくれたような前戯を何ひとつせず、ジゼルが十分に受け入れる準備も出来ない内から、ドミニコは己の陰茎を挿入してきた。
 ジゼルは痛くて苦しいだけだった。
 ユリウスとこうして肌を重ねなければ、ジゼルはずっと男女の交わりを、ただ子作りのためだけの義務的な行為の、苦しいだけのものだとしか思わなかった。
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