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第七章

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「ケーラさん」
「もう少し遅かったら、お部屋に伺うところでした」

 声を潜ませケーラが言う。
 メアリーは待ちくたびれたのか、ソファでウトウトしている。

「無粋なことだ」

 驚くジゼルとは反対に、ケーラもユリウスも落ち着いている。
 
「あの、ユリウス……降ろしてください」

 ユリウスは黙って彼女をその場に降ろした。
 
「それで? お二人の仲は私が思っているとおりで間違いありませんか?」

 今の二人の様子を見て余程鈍い者でなければ、当然気が付くだろう。

「何を想像しているのか予想はつく。ケーラが思ったとおりだ。言い訳も誤魔化しもしない」
「そうですか。では、我々は新たな総領の奥様をお迎えすると、ふれ回ってもよろしいのですね」
「いや、待てそれはまだだ」
「まだ? まだとは? まさか王女様を弄ばれたのですか?」
「ち「違います!」」

 ユリウスが遊びや気まぐれでジゼルに手を出したと誤解されそうになり、ユリウスより先にジゼルが声を張り上げて否定した。

「ふえ……あ、ジゼル様、私、いつの間にか眠ってしまって……申し訳ございません」

 ジゼルの声を聞いてメアリーが目を覚まし、慌てて起き上がった。

「メアリー」
「え、ボルトレフ卿……え、あ……」

 寄り添って立つユリウスとジゼルを見て、メアリーも状況を察したようだ。

「ケーラ、俺は決して気まぐれに彼女を扱ったわけではない。だが、俺の意向とは別に、彼女にも考える時間は必要だ。たから今すぐ言いふらすのはやめてほしい」
「そうです。ケーラさん、ユリウスはちゃんとしてくれようとしました。でも私が、まだそこまで受け止められないのです。皆様にエレトリカの王女としてではなく、ユリウスの伴侶として受け入れてもらえるほどの自信と覚悟が、私にはまだないのです」
「別に私達はユリウス様の相手に多くは求めていません。ユリウス様が望んで決めたことには従いますし、ジゼル様なら反対する理由がありません」
「ですが、今エレトリカにはボルトレフに対して負い目があります。少なくとも、その問題が解決するまでは、そっと伏せておいてほしいのです。それがケジメだと思うのです」 

 ジゼルの言葉を聞いてケーラは考え込んだ。

「ユリウス様はそれでよろしいのですか?」
「彼女が望むなら……」

 それを聞いてケーラはフウとため息を吐いた。

「もうそういう仲になってしまったのなら、お互い大人なのですし、何も申しませんが、それならそれで、ここでのジゼル様の立場と待遇はどうされるおつもりですか?」
 
 ケーラの疑問はもっともだった。
 
「まさかジゼル様をユリウス様の愛人として扱えとは申しませんよね」
「あ、当たり前だ。愛人ではなく俺の妻になる人だと、俺自身はすぐにでも彼女とのことをふれ回りたい」
「ユリウス」
「まあ、それは……先に片付けないといけない問題もありますしね。ジゼル様はエレトリカの王女殿下ですから、気軽にお嫁に来てというわけにいきません。仰るとおり、今回の報酬の件はきちんとしてからでも構いませんでしょう」

 それからケーラはメアリーを振り返った。

「メアリーさん、このことは暫く他言無用です。あなたもジゼル様の侍女として何を弁えるべきか、わかりますね」
「は、はい。ジゼル様の不利益になることは決して致しません。私はジゼル様の味方です」
「結構。では、ユリウス様も節度を持ってジゼル様と対峙してください」
「せ、節度?」
「人前でイチャイチャしない。ジゼル様のことは今までと同じように接する。二人きりになっても過度な接触は控えるように」 
「い、イチャイチャなど……」

 ケーラの言葉にジゼルは顔を赤らめる。
 ドミニコと公の場で一緒になっても、そんなふうに振る舞ったことはない。エスコートやダンスをする時以外で触れ合うことはなかった。
 自室に引き上げる時以外、常に側に人が居たし、必要最低限の会話しかしなかった。
 
「それから……」
「まだあるのか」

 ユリウスは口を尖らせ文句を言う。
 その態度が可愛くて、ジゼルは彼に目を奪われた。

「ジゼル様、そのように蕩けた顔でユリウス様を見ては、勘の良い者でなくても、すぐにお二人の仲を勘ぐられてしまいますよ」
「えっ! あ、あの、とは?」

 ジゼルは自分の顔に手を当て、表情を確かめる。

「無自覚ですか」
 
 自分が今どんな顔をしてユリウスを見ていたのか、ジゼルはまったく自覚がなかった。

「ユリウス様もにやにやしない!」
「に、にやにやとは……う! そ、それは難しい話だ。好いた女を見て可愛いと思えばつい惚けてしまう」

 今さっきの自分に向けたジゼルの表情を見て、ユリウスも蕩けた顔をする。
 それを見て、あんな顔をしていたのかと、ジゼルは俯いてまたさらに顔を赤らめた。

「二人共、いい歳をして何を思春期の子供のような……」

 ケーラは額に手を当て、ため息を吐く。

「すまん」
「すみません」

 二人はシュンと項垂れた。

「それから、節度というのは昨夜のようなことも、含まれますから」
「え!」

 ユリウスが驚いて顔を上げる。

「当然です。いくら再婚同士でも、そこは世間体もあります。ジゼル様もよろしいですね」
「は、はい」
「ジゼル……」

 ユリウスは納得いかない様子だったが、ジゼルは少しほっとした。
 昨夜、ジゼルは初めて異性との体の交わりの快感を知った。
 一度きりではなく二度も。
 正直あれ以上は体が保たないと思った。  
 その上回を重ねれば、もっとはまってしまうかも知れない。
 それほどにユリウスとの時間は、彼女にとって印象深い出来事だった。 
 だから、本当に彼との情事に溺れてしまう前に、ジゼルは暫く間を置きたいと思った。
 そしてちょうどユリウス自身も、翌々日、用があるから二、三日留守にすると言って出掛けて行った。
 ジゼルのここでの暮らしは、表向きは特に何も問題はなさそうだった。
 
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