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第1話(1)
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結婚1年目の十和子はその日、夫の綾史と4ヶ月になる息子の寿真、綾史の幼馴染でシングルマザーの美舞と7歳になる彼女の娘・礼良の5人で、車で他県のテーマパークまで遊びに行った。
『今週末、美舞とエニコランドに行くことになったから』
今週半ばに綾史から聞かされた予定は、既に決定事項だった。
綾史と美舞は小学生からの付き合いらしく、綾史と交際を始めてすぐの頃に幼馴染の友達だと紹介された。
男友達のいない十和子から見ると、ふたりは仲が良すぎるくらいに仲が良かった。
ふたりの気の置けない関係に嫉妬をすることもあったが、当時は美舞にも彼氏がいたし、十和子よりも先に結婚もしたので、本人たちが言うように友達以上のことはないのだろうと信じていた。
だがその信頼は彼女が2年前に離婚をしてから少しずつ崩れ始めた。
綾史が度々「美舞が(子育てが)大変そうだから手伝いたい」と言ってデートの日をずらしたり、仕事の後に彼女の家へ寄って夜遅く帰宅するようになったのだ。
それは十和子が綾史との子どもを妊娠して、結婚してからも変わらなかった。
浮気をしているのではと不安になることもあったが、やめて欲しいとは言えなかった。
そうすれば綾史を信じ切れずにいることが知られてしまうし、妻に疑われているとわかれば綾史が傷ついてしまうのではないかと思ったからだ。
もしかすると十和子が信じてくれていないことに失望して、気持ちが離れていってしまうかもしれないという恐怖もあった。
十和子は綾史を愛していたし、だからこそ信じたかった。
それなのにこんな気持ちになること自体が後ろ暗く、申し訳ない気持ちが十和子の思考を鈍らせた。
時々家に遊びに来る娘の礼良は綾史によく懐いていた。
それは彼が言うようにちゃんと子守をしているからで、美舞に会う時もきちんと報告をしているのだから疚しいことはないはずだと、十和子は自分自身に言い聞かせていた。
だがこうして―――目の前で笑顔ではしゃぐ3人の姿を見ていると、綾史と家族なのは自分のはずなのに、なんとも言えない疎外感を覚えてしまう。
「どこかへ行くの?」
満足するまで遊び尽くした後、寿真と礼良を後部座席のチャイルドシートに乗せ、その横に乗り込んだ十和子は、綾史と美舞がカーナビを操作しながらなんやかんやと話しているのを聞いて湧きあがった疑問を口にした。
「ああ。この時間だし夕飯食べに行こうと思ってな。帰って飯作るのしんどいだろ?」
礼良をテーマパークに連れて行くこともそうだが、夕食をどこで食べるのかも、綾史は美舞とふたりだけで決めてしまったようだ。
十和子はいつも報告をされるだけ。
「ごめんねー十和子さん。まっすぐ帰りたいよね?」
「え…いえ…」
「十和は寿真を抱っこしてただけだけだからそんなに疲れてないかもだけど、俺達結構へろへろなんだよ。わかってやって」
「……うん」
外食することを不満に思ったわけではないのに、誤解されてしまったらしい。
気の利かない女だと思われたような気がしてもどかしいが、また何かを言ったら思ってもいないことを決めつけられてしまうかも知れないと思うと、言いたいことを飲み込んでしまう。
綾史が美舞を庇って、妻である自分より彼女の希望を優先させた。
その事実がいっそう十和子のこころを虚しくさせた。
*
目的地のショッピングモールに到着すると、眠っていた寿真がぐずり出した。
泣いてエビ反りになっている寿真をやっとの思いでチャイルドシートから出し、抱っこ紐にくくりつける。
「寿真くん起きちゃったね。ここの3階に授乳室あるよー」
「ええ…ちょっと行ってきます」
ちらりと綾史を見やると、彼は礼良と手を繋いでエスカレーターを降りながらお喋りをしていた。
「おなかすいたー!」
「もうすぐだから我慢な」
「れいらアイスクリームも食べたい!」
「食欲旺盛だな。そんなに食べられるか?オムライスも食べるんだろ?」
「食べられるもん!」
自分の息子が泣いているというのに、十和子がいるからなのか気にする素振りもない。
「悪いけど先行ってるね。綾史には言っておくから」
綾史の背中に不満げな視線をぶつけていると、笑顔を浮かべた美舞に肩をぽんと叩かれた。
返事をする前に彼女は少し距離のあいてしまったふたりの背中を追いかけていく。
十和子は今日何度感じたかわからない寂しさを覚えながらも、泣き止む気配のない息子を抱きしめながらその場を離れた。
『今週末、美舞とエニコランドに行くことになったから』
今週半ばに綾史から聞かされた予定は、既に決定事項だった。
綾史と美舞は小学生からの付き合いらしく、綾史と交際を始めてすぐの頃に幼馴染の友達だと紹介された。
男友達のいない十和子から見ると、ふたりは仲が良すぎるくらいに仲が良かった。
ふたりの気の置けない関係に嫉妬をすることもあったが、当時は美舞にも彼氏がいたし、十和子よりも先に結婚もしたので、本人たちが言うように友達以上のことはないのだろうと信じていた。
だがその信頼は彼女が2年前に離婚をしてから少しずつ崩れ始めた。
綾史が度々「美舞が(子育てが)大変そうだから手伝いたい」と言ってデートの日をずらしたり、仕事の後に彼女の家へ寄って夜遅く帰宅するようになったのだ。
それは十和子が綾史との子どもを妊娠して、結婚してからも変わらなかった。
浮気をしているのではと不安になることもあったが、やめて欲しいとは言えなかった。
そうすれば綾史を信じ切れずにいることが知られてしまうし、妻に疑われているとわかれば綾史が傷ついてしまうのではないかと思ったからだ。
もしかすると十和子が信じてくれていないことに失望して、気持ちが離れていってしまうかもしれないという恐怖もあった。
十和子は綾史を愛していたし、だからこそ信じたかった。
それなのにこんな気持ちになること自体が後ろ暗く、申し訳ない気持ちが十和子の思考を鈍らせた。
時々家に遊びに来る娘の礼良は綾史によく懐いていた。
それは彼が言うようにちゃんと子守をしているからで、美舞に会う時もきちんと報告をしているのだから疚しいことはないはずだと、十和子は自分自身に言い聞かせていた。
だがこうして―――目の前で笑顔ではしゃぐ3人の姿を見ていると、綾史と家族なのは自分のはずなのに、なんとも言えない疎外感を覚えてしまう。
「どこかへ行くの?」
満足するまで遊び尽くした後、寿真と礼良を後部座席のチャイルドシートに乗せ、その横に乗り込んだ十和子は、綾史と美舞がカーナビを操作しながらなんやかんやと話しているのを聞いて湧きあがった疑問を口にした。
「ああ。この時間だし夕飯食べに行こうと思ってな。帰って飯作るのしんどいだろ?」
礼良をテーマパークに連れて行くこともそうだが、夕食をどこで食べるのかも、綾史は美舞とふたりだけで決めてしまったようだ。
十和子はいつも報告をされるだけ。
「ごめんねー十和子さん。まっすぐ帰りたいよね?」
「え…いえ…」
「十和は寿真を抱っこしてただけだけだからそんなに疲れてないかもだけど、俺達結構へろへろなんだよ。わかってやって」
「……うん」
外食することを不満に思ったわけではないのに、誤解されてしまったらしい。
気の利かない女だと思われたような気がしてもどかしいが、また何かを言ったら思ってもいないことを決めつけられてしまうかも知れないと思うと、言いたいことを飲み込んでしまう。
綾史が美舞を庇って、妻である自分より彼女の希望を優先させた。
その事実がいっそう十和子のこころを虚しくさせた。
*
目的地のショッピングモールに到着すると、眠っていた寿真がぐずり出した。
泣いてエビ反りになっている寿真をやっとの思いでチャイルドシートから出し、抱っこ紐にくくりつける。
「寿真くん起きちゃったね。ここの3階に授乳室あるよー」
「ええ…ちょっと行ってきます」
ちらりと綾史を見やると、彼は礼良と手を繋いでエスカレーターを降りながらお喋りをしていた。
「おなかすいたー!」
「もうすぐだから我慢な」
「れいらアイスクリームも食べたい!」
「食欲旺盛だな。そんなに食べられるか?オムライスも食べるんだろ?」
「食べられるもん!」
自分の息子が泣いているというのに、十和子がいるからなのか気にする素振りもない。
「悪いけど先行ってるね。綾史には言っておくから」
綾史の背中に不満げな視線をぶつけていると、笑顔を浮かべた美舞に肩をぽんと叩かれた。
返事をする前に彼女は少し距離のあいてしまったふたりの背中を追いかけていく。
十和子は今日何度感じたかわからない寂しさを覚えながらも、泣き止む気配のない息子を抱きしめながらその場を離れた。
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