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第十七話【天井】

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意識が戻ったペルシカは、まだ目を閉じたままでいた。彼女の心は警戒と不安に満ち、周囲の音や動きに耳を傾けていた。彼女は身を隠すように静かに呼吸し、周囲の動向を感じ取ろうとした。

心の中で彼女は、急いでヤードか王子が駆けつけてくるだろうという予感が働いていた。目を開ければ、彼らが彼女の安否を確かめるために駆けつけるのを待っているだろう。しかし、彼女はまだその時を待っていた。

彼女は目を閉じたまま、深呼吸を繰り返し、落ち着いて次の行動を考えた。彼女の心は冷静であり、その状況に対処する準備が整っていた。彼女は時間を待ち、周囲の動きを静かに観察し続けた。

しばらくして、目を開けばそこは見知らぬ天井だった……というのが一般的であろうが、しかし、布団の感触からして自室のベッドの中に近い気がした。彼女は意を決して、恐る恐る目を開く。

まぶたがゆっくりと上がり、明るい光が彼女の視界を満たした。最初は眩しさで目を細めながら、周囲の景色を見渡す。そして、彼女の予想通り、そこは彼女の自室であった。

彼女の視界に入るのは、懐かしい家具や装飾品、そして自身の寝具だった。彼女は安心感を感じ、自分が安全で家にいることを確信した。

-目を見開けばそこは見知った天井だった。-

やっぱりハイドシュバルツ家の自室だと溜息をつくペルシカ。彼女は自身の身の置かれた状況を理解し、懐かしい部屋の様子に安心すると同時に、深いため息をついた。

背後からヤードに眠らされて運ばれたのだと推測して、起き上がりベッドから出ようとすれば勝手に着替えまでさせられていて、やけに体がだるく、視界もかなりボヤけていて、立ち上がろうとしても体が異常に重くて立ち上がれないほどだった。

いったい自分の身に何が起きているのか、眠っている間に何をされたのだろうと焦りを感じた。ペルシカの心は不安と疑問でいっぱいになり、彼女は自分の状況を理解しようと必死に考えた。

しかし、彼女の筋肉はかなり衰えていて、声を出そうとしても掠れてしまい、立ち上がろうとしてもどう踏ん張ってもよろけてしまった。彼女の身体は眠りから覚めると同時に自分の弱さを思い知らされ、その無力感に苦しんでいた。

彼女は何とか頑張って立ち上がってみたが、その試みは失敗に終わった。

目を開いたというのに、ヤードがすぐに部屋へ入ってこないことに気付くと、ペルシカは彼が今自分が起きていることを知っているから、食事の用意をして運んでくるのだろうと推測した。

コンコンと部屋をノックされた後、ペルシカは静かに立っていた。やがて、ドアが静かに開き、そっと中に顔を覗かせると、ヤードが食事がのった銀のトレイを持って部屋に入ってきた。

彼は静かな足取りでトレイを部屋に運び、ペルシカのベッドの横に置いた。そのトレイには、暖かいスープが盛られていた。彼の目にはやさしい笑顔が浮かび、彼女に心地よさを与える。

ヤードはペルシカに静かに微笑みながら、トレイを彼女の前に置いた。

「お目覚めですか?」
「えぇ、とって、も、体が、だ、るい、わ。いったい、何日、寝、かされて、、いたの?」

精一杯頑張って声を出してみるが、一気に喋る事すらできなかった。彼女の喉から漏れるのは、かすれたささやきのような音だけだった。彼女の声は弱く、か細く、ほとんど聞き取れないほどだった。

「さぁ?ですが、明日は学校の卒業式でございますよ。」
「は?数か月……、いや、ヤード、貴方まさか、年単位で、ワタクシを、寝かせ、ましたの?」

そう問えば、ヤードはニコリと笑った。

ペルシカは驚きと恐怖のあまり、ペタンと床に座ってしまった。足の力が完全に抜けてしまい、身体が不安定になった。彼女は自分の弱さと無力感に打ちのめされ、ただ床に座って震えるしかできなかった。

(ここにいては、いつか殺されてしまうのでは?)

ペルシカは恐怖に満ちた目でヤードを見つめた。彼女の瞳には驚きと不安が滲み、その視線はヤードに対する疑念と警戒心を示していた。

「さぁ、お嬢様、お食事の時間でございます。」

ヤードは食事をのせたトレイを机に置いてから、ペルシカをひょいと持ち上げた。彼の腕は彼女を優しく支えた。そして、彼は自分が用意した椅子に座り、その膝の上にペルシカを座らせた。

彼女は少し戸惑いながらも、ヤードの膝の上に座ることに従った。

「ヤー、ド。身分を…わきまえなさい。」
「はい、しかし…危ないところでした。もう少しで王子殿下に捕まってしまうところでしたよ?」

ペルシカは大きく目を見開いた。

(第一王子はヤードではないの?確信をついてたと思うのだけれど。捕まったらどうなるの?卒業してしまえば結婚するしかないじゃない。)

「さぁ、食事が冷めてしまいます。口を開けて下さい。」


スプーンでスープをすくい、それをペルシカの口に運ぶヤード。彼の手は優しく、慎重に彼女に食べさせるように動いた。彼女の口元にスープが運ばれると、ペルシカは一瞬躊躇したが、最終的に受け入れる決断をした。

ヤードの手から受け取ったスープは温かく、優しい味わいが彼女の口の中に広がった。

クインシールの行動や言動、様子から見て、ほぼ間違いなくヤードが王子であるはずだが、ヤードはほぼ毎日自分に付きっきりで公務どころではない。つまり、こんなに怪しいけれど王子は別にいるということなのだろうか?

「お嬢様、覚えていて下さい。」

ヤードの言葉に首を傾げるペルシカ。

「今、ここが…この瞬間こそが、世界のセーブ地点でございます。」
「せー…ブ?ヤード、今、貴方、、、セーブ地点と言ったの?」

喉に何かを通すことで、少し喉が潤い、段々と言葉を喋れるようになるペルシカ。

「はい、覚えていてください。それから、お嬢様はこう願います。私奴わたくしめと結ばれたい…と。」
「驚かせないで。ヤードの勝手な妄想じゃない。」

ジト目でヤードを見るペルシカ。彼女の目は警戒心に満ち、ヤードを睨みつけるように見つめている。

「お嬢様の顔があまりにも不安と恐怖で満ちておりましたので。」と笑顔を見せるヤード。しかし、いつものヤードなら「冗談でございます。」等と言った事を付け加えるのに、それをしなかった。

だけどそれは流石に考えすぎかと、食事を続けるペルシカ。
やはり、この男の元にいては危険だし、ファディールの父親がどうなったのかも気になった。ペルシカは自分が置かれた状況について深く考え、彼女の周囲にはまだ解明されていない謎がたくさんあることを思い出した。

「ヤード、ジェルマンディー公爵はどうなったの?」
「ジェルマンディー公爵でございますか?息災でございますが?」
「そう、ならいいわ。」
「お嬢様が気にされておりましたので、私奴わたくしめが公爵様のお手伝いをさせて頂きましたので、怪我一つ負う事なく、無事に任務を終えられましたよ。」
「…そうね。最初からヤードに頼めばよかったわ。」
「はい、もっと私奴わたくしめを頼って下さい。」
「えぇ。これからはそうするわ。」

そう言ってヤードを安心させるペルシカだが、内心は屋敷を抜け出すのは次が最後だと確信する。彼女はヤードの信用を得るために表面上は落ち着いて振る舞っているが、その一方で彼が狂気的な執事であることを確信していた。これ以上狂ったこの執事を狂わせると、今度は永遠に眠らされて人形のようにされてしまうのではないかという不安しかなかった。

また、やり直しだ。まずは衰えた筋肉を取り戻さないと…。

ペルシカは心の中でそうつぶやきながら、自分の体を鍛え直すことに決意し
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