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恋愛経験値の最下層民vs歴戦の猛者

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 朝起きたら自分のベッドの中で意中の人に抱き枕にされているとか。
 うそでしょ……? そんな事ってある……?
 夢かと思ってほっぺを抓っても、ちゃんと痛い。現実だ。もう一度、カーテンから差し込む光を浴びて輝く秀ちゃんの顔をジッと見つめる。
 こんな超至近距離で見ても本当に綺麗。男らしく太さのあるきりっとした眉、平行二重の大きな目に、高く細く通った鼻と形のいい口許、陶器のような肌。目の前にあるご尊顔を拝しながら思うことは――。

 朝、起きて
 輝くイケメン
 目が痛い  P.N.ペンネームテキーラましろさん

 神々しい……。
 っていうかどうして同じベッドで寝てるの!? っていうかなにこの状況、感謝しかないんだけど! 神様ありがとう!
 っていうか秀ちゃん、寝顔すら凛々しくて素敵。でもちょっと無防備で可愛い、好き。っていうか、私、昨日この色気が溢れる唇とき、きす……を。

「――っ!」

 叫びだしたい気持ちを必死にこらえる。
 っていうか今も当然のように秀ちゃんの逞しい腕に腕枕されてるし、もう片方の腕にも腰をがっちりホールドされてるし、脚も絡まってるし。立派な寝技に身動きができない。なにこれ、夢? なんのボーナスステージなの?
 これが人肌……。好きな人の温もり……! 年齢=彼氏いない歴の自分には有り難みが尊過ぎて死にそう。
 恥ずかしい、どきどきする、はずかしい、嬉しい、吐きそう、しあわせ、むり、なにこれ、すき、死ぬ、無理、死ぬ、死にそう……でも生きる……!
 とりあえず深呼吸。すぅっと息を吸い込んだ瞬間、秀ちゃんの香りが盛大な勢いで肺に入ってきた。

 TaMaRaaaN!

 やばい、死ぬかと思った……。なにやってんだ私。一瞬、綺麗なお花畑が見えた。
 嘘でしょ……私と同じボディシャンプーを使っていてなんでこんないい匂いするの……?
 ちょっ、製薬会社さーんっ! 教えてください、なんか効果に納得できない差が出ていますー!

 えっ、どうしようどうしよう。

 化粧も落としたいし、シャワーも浴びたいけど、ずっとこのままでいたい。秀ちゃんが起きるまではこのままで。いや、折角だからもうちょっとくっつきたい。ち、ちょっとだけ。ちょこっとだけだから――、ドキドキしながら起こさないように慎重に身じろぎしようとして。

「……はよ」

「おはよおぉぉ!」

 動揺してめちゃくちゃ元気な挨拶を返してしまった……。

 そんなどうしようもない私を、目の前の美形がくっくっと笑う。

「いや、お前、朝から元気過ぎるだろ」

 掠れた低音ヴォイスが大変セクシーすぎて、くらくらする。

「いつもこんな感じなのか?」

 私の頭を撫でながら、目の前で最高級の美形が柔らかく微笑む。
 朝日を浴びた蕩けるような笑みの眩しさを、私は網膜と心のアルバムにそっと焼き付けた。

「いつもはもっと普通です」

 そう、いつも通りでもよかったのに。嘘。本当はもっと可愛く……できたら朝ごはんもバッチリ準備して化粧を完璧にしてから、可愛くハニカミつつ、いい女風におはようって言いたかった。びっくりしすぎてお腹の底から元気な声がでてしまった。可愛さゼロだ。
 しゅん、と凹んだ私を秀ちゃんが「へえ」と目を細めて見つめる。
 気まずくて、そのまま目を伏せていると、不意に抱き寄せられた。

「じゃあ俺のせいってわけだ」

 ぎゅっと逞しい身体に抱きしめられながらの甘い囁きに、カチーンと身体が見事に固まった。

「真白」

 うっとりするような声で名前を呼ばれて、顎に指がかけられる。

「キスして」

「ええっ!?」

「おはようってヤツ」

 朝から色気ダダ漏れで微笑む美形を前にもう泣きそうだ。

「ちょっ、昨日から本当に何を言ってるの?」

 ふるふる、と小刻みに首を振るけど、滴るような男の色香に満ちた秀ちゃんは余裕たっぷりの笑みを浮かべて私の唇を親指の腹でくにくにと弄る。

「一応これは命令なんだけど? ほら、早くしろよ」

 ――私は小さな約束でも必ず守るようにしてる。
 だから、幼い頃の自分が軽率に生み出した『なんでもいうことをきくけん』であっても、できる限りやるつもりだ。だから、頑張る。決して、邪な気持ちだけじゃない。邪な気持ちだけじゃない……。邪な気持ちもしっかりあるけども……!
 スッと首を伸ばす。ドキドキと心臓が暴れ出す。苦しい。
 ちゅ、と唇が彼の頬に触れると、すぐに離れる。

「――どこにシてんだよ。ここだろ?」

「ひぇっ」

 頭の後ろに手が回され引き寄せられる。離れた距離があっという間に元に戻って、今にも触れそうな距離に柔らかな唇が迫る。
 でも、そこからは一向に動きが無い。意地悪く細められた漆黒の双眸が愉し気に私を見つめるだけだ。この超絶イケメンの従兄様は、どうあっても、私からキスをさせたいらしい。
 本当に、昨日からどういうつもりなのか。
 自分からなんて恥ずかし過ぎる。でも、秀ちゃんからシて、って口にするのも恥ずかしくて。そのくせ、惚れた弱みでしないという選択肢は選べなくて。恋する自分の心はわがままだ。
 心臓が耳のそばにあるんじゃないかってくらいうるさい。顎を微かに上げる。ただそれだけで唇が秀ちゃんの唇に触れた。甘やかな感覚に頭の芯がジンと痺れる。
 私を抱きしめる手の力が緩められて二人の間に少し距離が生まれると満足そうに秀ちゃんが笑った。どきどきして死にそうになっていると、頭をくしゃっと撫でられる。

「これから毎朝だからな」

「……は? え? ちょ? ま?」

 あまりの事に言葉を失ったのに、的確に私の言いたいことを読み取った秀ちゃんがにこりと微笑む。

「そう、毎朝。あと、行ってきますと、お帰りと、おやすみのキスも忘れるなよ」

 欧米かよ! 
 盛大に脳内でツッコミをいれた私は悪くないと思う。
 おかしい。ニューヨークに行ってから距離感が本当におかしい。そういうのは彼女とか新妻に対する距離感だと思うんだけど。

「自分からって。そんな恥ずかしいことイヤだよ」

「昨日もそうだったけど、キスすること自体は否定しないんだな」

 かっと顔が熱くなる。恥ずかしくてたまらなくて目を泳がすと、熱くなってる耳にちゅっという濡れた感触と共にリップ音が撃ち込まれる。

「へぁっ!?」

「耳まで真っ赤」

 吐息まじりに耳元で色気たっぷりに囁かれて背中がゾクゾクと甘く震える。縋るように見上げると、ニヤニヤとSっ気たっぷりに意地悪く笑う秀ちゃんがいた。

「俺とのキスはイヤじゃないんだろ?」

「~~っ」

 当たり前ですむしろすごく嬉しくてご褒美なんです! なんて、本人に言えるわけもなく黒い双眸から逃げるように俯いた。

「イヤとか、イヤじゃないとかの問題じゃ……」

「じゃないなら、どんな問題なわけ?」

 愉し気に微笑む美形に首を傾げる。
 確かに、どんな問題なんだろう? もうドキドキしすぎて頭が回らない。

「まあ納得できないなら、例のあの券を使うからいいんだけど。ってなわけで、ちゃんと忘れずにキスしろよ」

 くすっと笑った秀ちゃんの指が私の唇をゆっくりと撫ぜる。面白そうに目を眇めて口角を吊り上げる彼の視線と、唇に触れる指の感触に心臓がドキドキして死にそうだ。

「忘れたら、もっと恥ずかしい事させるからな」

 え、と目を見開くと秀ちゃんが楽しそうに笑った。

「じゃないとお仕置きにならないだろ」

 お仕置きという甘い言葉パワーワードにフリーズする。
 お仕置き、秀ちゃんからのお仕置き……。それってすっごい、ご褒美なのでは……? お仕置きだって、お仕置き……。
 願わくば、ちょっとエッチなお仕置きがいい。
 わざと忘れてみようかなと真剣に悩んでいると、耳にとんでもない発言が滑り込んできた。

「そういや、化粧を落とさなくていいのか?」

「ん? え、あ……っ、いやぁ……!」

 顔を両手で隠して、慌ててベッドから飛び降りてパタパタと洗面台に逃げる。

「シャワー浴びるんなら着替えはいらないのか?」

 顔を隠しながらすごすごと再び部屋に戻って、服を適当にひっつかんで洗面台へ逃げた。笑う声が聞こえたけど、気にせずに突っ走る。美形に寝起きの顔、しかも化粧を落とさずに寝たドロドロの顔を間近で見られるなんて、泣きたい!
 洗面台に辿りつくと、一目で分かるほど顔が真っ赤な私が映り込んでいた。

「よかった、そこまで酷い崩れ方はしてなかった……」

 ハァと深いため息をつくと、自分の洗面台に見慣れないごついひげ剃りが置かれていた。
 一応、無いと困るかと思って私も男性用の新品のひげ剃りを買っておいたけど、やっぱり愛用のがあるよね。それよりも……。

「衣服に乱れがない」

 もちろん、ショーツが濡れているなんてこともない。ということは、一線を超えるどころか、えっちな悪戯とかもないということで。

 洗面台に手をついて、鏡の前でがっくりと項垂れた。

 実に紳士に添い寝をしてくれただけ、というよりは、布団が無いから緊急避難的に一緒に寝ただけという悲しい事実が判明してしまった。
 昨日もさっきも、もしかして私の事を異性として見てくれているんじゃないかって期待してしまったけど……いい年して添い寝だけって。お酒も飲んでいたのに、添い寝だけって。やっぱり妹キャラから脱却なんてできてなかったんだ。
 もしかして私のことを……なんて烏滸おこがましい期待をしてしまっていた昨日の自分が恥ずかしすぎる。そりゃそうだよね、だって、相手はあの秀ちゃんなんだから。あのモテの代名詞のような秀ちゃんなんだから。

「私ってば、何度同じ思いをしたら気が済むんだろう」

 はぁぁ~と深い深いため息をつく。
 昔から秀ちゃんは私をお姫様みたいに扱ってくれた。
 家族旅行に行く度に、秀ちゃんは可愛い星砂とか可愛いクッキーとかをお土産に買ってきてくれたり、誕生日には小さい頃から素敵なプレゼントをしてきてくれたり。でも、それは全部、私を好きなんじゃなくって、『妹を想う兄の心』だった。
 例え、誕生日のイベントが年々豪華になっていって、ついにはハイブランドのプレゼント付きの高級レストランでのディナーに変わったとしても。それは、『妹を想う兄の心』なのだ。
 秀ちゃんには常々、声を大にして言いたかった。普通の女子はこんな魅力的なイケメンにそんな風に扱われたら、カン違いする、と。特に恋する乙女は些細な事だって自分の都合のいいように解釈してしまうというのに、こんなことされたら完璧にカン違いするんだと。私だって、秀ちゃんの特別なんじゃないかと過去に数えきれないくらい期待してしまっていたのだと。

「ハァ……」

 なんでキスをしてくれたんだろう。……あれかな、欧米の文化に染まっちゃったのかな。兄弟でもキスするとか聞くし。それか、私の知らない大人の関係でセックスフレンドならぬキスフレンドみたいなものがあるのかな。もしくは、従妹との同棲が微妙に気まずくて距離感を取りづらいから、いっそのこと疑似的に彼女みたいに扱うことにしたとか?
 さっぱり分からないや。でも、秀ちゃんのこの彼女扱いの動きには大いに便乗しよう。秀ちゃんをドキドキさせて、好きになってもらえるように頑張らなきゃ。

 決意を新たにちょっと熱めのシャワーを浴びて部屋に戻ると、ボクサーパンツ一枚のイケメンが目に飛び込んできた。

「わっ、ごめん」

 慌てて洗面所に引っ込む。

 実に――実に、見事な身体だった。一瞬だったけど、しっかりした胸板や割れた腹筋、横腹から斜めに入った腹斜筋、そしてゴツゴツとした両腕の筋肉。惚れ惚れするほど雄の色気に満ちた理想的な身体だった。

「真白?」

「ひゃいっ!」

「ひゃいってお前。着替え終わったからもういいよ」

 白い半そでのTシャツにジーンズ姿の秀ちゃんがくすくすと笑う。

「あ、う、うん。タオル出して置いたから」

 直視できない。俯いて秀ちゃんの隣を通り過ぎると、「真白」と、呼び止められる。
 恐々と視線をあげると色気を纏った美形がニヤリと口端をあげた。

「なかなかいい身体だっただろ?」

 どうしてわざわざそんなことを言ってくるの!

「大丈夫か? 真っ赤だ」

 分かっててワザとこんな事を言ってくるのが本当に意地が悪い。涙目で睨みあげると、秀ちゃんがまた肩を揺らして笑う。

「ごめん、俺、はしゃぎすぎてるな。でも真白との同棲が想像してた以上にずっと楽しくてさ」

 許して、と頭をポンポン、とされる。

「てかほんと、思ってたよりも男慣れしてないんだな」

 秀ちゃんは両目を細めて爽やかな笑みを浮かべてから、洗面台に消えてった。

「無理だ……。あんな百戦錬磨の歴戦の猛者もさを相手にドキドキさせる自信なんて全くない……」

 胸を抑えながら、ズルズルと壁を伝って崩れ落ちた。

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